エゾミカサリュウ
地質時代
後期白亜紀
分類
学名
Taniwhasaurs 'mikasaensis' Caldwell et al. , 2008
シノニム
Yezosaurus
和名
エゾミカサリュウ (蝦夷三笠竜)
エゾミカサリュウ、蝦夷三笠竜 (Taniwhasaurus ‘mikasaensis’ ) は、中生代 白亜紀 後期に生息した海棲肉食爬虫類 の化石 。有鱗目 - モササウルス科 - タニファサウルス 属に分類されるが、独立した種として分類すべきかは化石の不完全性を理由として疑問視される場合がある[ 1] 。
北海道 空知管内 三笠市 の幾春別川上流で頭部の化石が発見された。エゾミカサリュウの化石が発見された付近一帯はアンモナイト の化石の宝庫[ 2] で、これらを食糧としていたと考えられている。
標本
上顎と下顎を含む頭骨断片が発見されており、吻部の先端や後頭部は欠損している。長さ30センチメートル、高さ22センチメートル、幅は18センチメートルに及ぶ。標本には左の眼窩が残されているほか、上下合わせて左側に10本、右側に7本の歯が確認されている[ 3] 。
研究の歴史
エゾミカサリュウの化石は1976年 6月21日 に村本喜久雄 が発見した[ 4] 。当時国立科学博物館 の研究員であった小畠郁生 によってティラノサウルス科 の肉食恐竜である可能性が指摘され、同年11月30日にエゾサウルス(Yezosaurus )・ミカサエンシスとしてプレスリリース で命名された[ 5] 。
エゾミカサリュウの化石は上記の通り後頭部と吻 の先端を欠いた状態で発見された。そのため、頭部を短く復元すればティラノサウルス型の恐竜の頭部にも見え、長い口吻を復元すれば、モササウルス類のような海棲爬虫類 にも見えた。化石のクリーニングが進むにつれ、陸上肉食恐竜の歯に特有のセレーション(ステーキナイフにあるような刃部分のギザギザ)がないことなどが明らかになり、研究者の中では、エゾミカサリュウが海棲の爬虫類 であり、恐竜ではない 可能性が高いこと(恐竜は陸棲爬虫類)が認識され、1985年に国立科学博物館で開催された恐竜展でも、エゾミカサリュウは日本で発見された恐竜のリストから外された。
三笠市教育委員会の学芸員の手で研究された結果、それまでゴンドワナ大陸 南部でしか発見されていなかったタニファサウルス の一種であることが判明した。南半球にのみ分布すると考えられていたタニファサウルスがローラシア大陸 沿海にも生息していたことを証明する発見となり、2008年に上記2名にMichael W. Caldwell らを加えた計4名によりタニファサウルス・ミカサエンシス として正式な記載論文が発表された[ 6] 。
2016年の研究では、頭蓋骨の一部、いくつかの胴部の要素などの化石が本種に属するという可能性が指摘された[ 7] 。
しかしながら、2019年のティロサウルス類に関する研究では、化石からは少なくともこの化石がタニファサウルス属に属しているということは確実ではあるものの、別個の種としてみなすのに十分な診断的特徴を持っていないとして、単にタニファサウルス属の不確定種の標本(Taniwhasaurus Indet 1. – “Taniwhasaurus mikasaensis” )としてみなされることとなった[ 1] 。
2018年 4月28日 からは三笠市立博物館で約120センチメートルのエゾミカサリュウの復元模型が展示されている。海洋堂 の古田悟郎 が造形に携わり、監修は記載論文の共著者である小西卓哉 が担った[ 8] 。
国の天然記念物
当時、肉食恐竜の化石としては日本で初めての発見とされ、発見の翌年1977年 7月16日 には国の天然記念物 に指定された(「エゾミカサリュウ化石 」)[ 9] 。1979年 には三笠市立博物館 が完成し、エゾミカサリュウの化石の展示が行われた。エゾミカサリュウの化石は当初、特に貴重な岩石、鉱物及び化石の標本として天然記念物に指定されたが、後になりモササウルス類の化石は旧穂別町 などでより完全なもの(フォスフォロサウルス・ポンペテレガンス )が発掘され[ 10] 、エゾミカサリュウだけが特に貴重と言える状況ではなくなった。しかし2019年現在、天然記念物指定についての変更点はない[ 9] 。
文化利用
エゾミカサリュウは上述のとおり恐竜ではない可能性が高まったものの、地元の三笠市ではティラノサウルス 型肉食恐竜の復元イメージ[ 11] が強く残り、町おこしの目玉として観光振興に利用された。三笠市立博物館前と桂沢湖畔の道立自然公園入口には、高さ3m近くの復元像が飾られただけでなく、毎年夏には三笠恐竜まつり が開催され、エゾミカサリュウをかたどった恐竜みこしが町を練り歩いた。さらに、マスコット の『リュウちゃん』のイラストが市内の観光地各所に飾られ、恐竜ではないという訂正はしづらい状況となった。[ 13] しかし、最初の鑑定者である小畠も含め、学界がエゾミカサリュウを恐竜として認識していないことは、地元新聞にも次第に報じられるようになり[ 14] 、地元の落胆が広がった。以後、エゾミカサリュウがどのような生物だったのか に言及される機会は減少し、また海棲生物であることを伏せられたかたちで大型肉食爬虫類 と紹介されることもある[ 15] 。
2009年頃にゆるキャラ ブームに乗じてマスコット「りゅうちゃん」も復活し、着ぐるみ も作成された。プロフィールには水泳が得意で好物がアンモナイト であるとPRされている[ 16] 。
2016年に近隣の芦別市 で発掘され、2018年に北海道大学 の研究グループによってティラノサウルス類の尾椎骨の一部と判明した化石(道内初のティラノサウルス類化石)が三笠市立博物館で展示されるようになり、幻に終わったはずの「ティラノサウルスの仲間の肉食恐竜」が三笠市周辺にも確かに存在していたことが証明された。
脚注
^ a b Jiménez-Huidobro, Paulina; Caldwell, Michael W. (2019). “A New Hypothesis of the Phylogenetic Relationships of the Tylosaurinae (Squamata: Mosasauroidea)” . Frontiers in Earth Science 7 . doi :10.3389/feart.2019.00047/full . ISSN 2296-6463 . https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/feart.2019.00047 .
^ “アンモナイトが生きていた海 ”. 三笠ジオパーク. 2019年10月20日 閲覧。
^ “エゾミカサリュウ化石 ”. 文化遺産オンライン. 2019年10月20日 閲覧。
^ 『展示室1【白亜紀の世界と化石】 』(プレスリリース)三笠市立博物館 。https://www.city.mikasa.hokkaido.jp/museum/detail/00001351.html 。2019年10月20日 閲覧 。
^ Kikuwo Muramoto、Ikuwo Obata「A way to dinosaur –discovery of Yezosaurus –」『Hokuensya』1977年、115頁。
^ Caldwell MW, Konishi T, Obata I, Muramoto K. 2008. New species of Taniwhasaurus (Mosasauridae, Tylosaurinae) from the upper Santonian-lower Campanian (Upper Cretaceous) of Hokkaido, Japan. Journal of Vertebrate Paleontology 28 (2): 339-348.
^ Huidobro, Jimenez (Fall 2016). “Phylogenetic and Palaeobiogeographical Analysis of Tylosaurinae (Squamata: Mosasauroidea) ” (英語). ERA . 2023年8月30日 閲覧。
^ “世界初のエゾミカサリュウ全身復元模型の展示が始まりました! ”. 三笠市立博物館 . 2019年10月20日 閲覧。
^ a b “エゾミカサリュウ化石 ”. 国指定文化財等データベース. 2019年10月20日 閲覧。
^ 『日本産モササウルス類 初の全身復元骨格製作 』(プレスリリース)穂別博物館 、2019年4月24日。http://pomu.town.mukawa.lg.jp/secure/5664/phosphorosaurus_ponpetelegans_press_release201904.pdf 。2019年5月23日 閲覧 。
^ 化石発見から1年足らずの1977年3月当時、円谷プロ が制作した特撮テレビ番組『恐竜探険隊ボーンフリー 』第24話の劇中、「日本で最初に発見された肉食恐竜」という解説でティラノサウルス によく似た姿のエゾミカサリュウが登場したが、これも発見当初に流布したイメージそのままに造型されたものであり、現在では「間違った復元像」といえる。
^ 山本直樹 、山田正巳「新ゴジラのひみつ」『決定版ゴジラブックス』別巻第2号、小学館 、1985年、9頁、ISBN 9784091121127 、OCLC 673018062 、国立国会図書館書誌ID :000001717226 。
^ ただし、当時は研究者以外、海棲爬虫類も翼竜 も含め中生代 の大型爬虫類はすべて『恐竜』と呼んでいた時代でもあった。1985年のゴジラ に関する書籍では、ゴジラ (初代) を恐竜の仲間から進化したものとした上で、上陸した海棲爬虫類であるとしてエゾミカサリュウの仲間である可能性を挙げている[ 12]
^ 1989年3月14日北海道新聞 「恐竜、実は『トカゲ』」「鑑定ミスが判明」「シンボル『リュウちゃん』困ったナ」
^ 講談社 『日本の天然記念物』
^ “りゅうちゃん ”. 自治体ドットコム. 2015年6月10日時点のオリジナル よりアーカイブ。2019年10月20日 閲覧。
関連項目
外部リンク