ドウモイ酸 (ドウモイさん、ドーモイ酸、domoic acid、略称DA)は、天然由来のアミノ酸 (正確にはイミノ酸 )の一種で記憶喪失性貝毒 の原因物質。神経毒 であり、短期記憶の喪失や、脳障害を引き起こし、死に至る場合もある。
プセウドニッチア属 (Pseudo-nitzschia ) やNitzschia navis-varingica [ 2] の珪藻 が生産することが明らかになっている。
分子式は C15 H21 NO6 、分子量 は 311.33。IUPAC名 [2''S''-[2a,3b,4b(1''Z'',3''E'',5''R'')]]-2-カルボキシ-4-(5-カルボキシ-1-メチル-1,3-ヘキサジエニル)-3-ピロロリジン酢酸。CAS登録番号 は 14277-97-5。プロリン の誘導体でもある。構造的には神経伝達物質 のL -グルタミン酸 の固定アナログである。
単体は融点 213–217 °C で、無色の結晶性粉末。水 によく溶け、有機溶媒 に不溶。
解説
1958年、徳之島 で駆虫薬として用いられていた紅藻 ハナヤナギ (Chondria armata [ 3] 、現地名ドウモイ )から分離・命名され[ 4] 、1966年に構造決定された[ 5] 。発見者は醍醐皓二 。カイニン酸 と似た性質を示し、グルタミン酸 のアゴニスト としてグルタミン酸受容体 と強く結合して駆虫作用を示す。煮沸消毒を行っても毒性がなくならない特性を持つ。
ドウモイ酸は、異常繁殖した珪藻 が活動を停止する際に作り出される。
生物濃縮 によって貝類 やカニ 、アンチョビ などに取り込まれるため、現在では魚介類 の輸出入において検査が行われるようになって来ている。カナダのドウモイ酸規制値は 20 ppm である[ 6] 。日本の厚生労働省 のサイトに記載されている説明では、記憶喪失性貝毒(ドウモイ酸)については監視体制や規制値を定めていない。輸出する場合には外国の規制値(20 ppm)を準用している。
問題となった事例
1987年 の11月から12月にかけて、カナダ のプリンスエドワード島 で養殖のムラサキイガイ (ムール貝)による食中毒 が発生した[ 6] 。被害者107人中4人が死亡、12人が重度の記憶障害に陥った。中毒を起こしたムラサキイガイを調べたところ、貝 100 g 当たり 31–128 mg のドウモイ酸が検出され、中毒者の摂取量は 60–290 mg と推定された(駆虫薬として用いられる量は 30 mg 程度である)。検死解剖などから、海馬 に大量のドウモイ酸が取り込まれてグルタミン酸受容体と結合したために脳細胞 が興奮・死滅し、中枢神経 が侵されたことが分かった。その後、人の致死量は 300 mg/60 kg と割り出された。特に子供や高齢者は注意が必要。赤潮からも検出される。
2010年代 後半にはアメリカ合衆国 の沖合では潮流 の変化で珪藻が大量発生。カリフォルニア州 の主力水産資源の一つであるアメリカイチョウガニ からも高濃度のドウモイ酸が検出されるようになった。国によりドウモイ酸の濃度に応じた漁業規制が行われるようになり、州の漁業は不振を極めた[ 7] 。
カイニン酸 の構造
脚注
^ Grimmelt B, Nijjar MS, Brown J, Macnair N, Wagner S, Johnson GR, Amend JF (1990). “Relationship between domoic acid levels in the blue mussel (Mytilus edulis ) and toxicity in mice”. Toxicon 28 (5): 501-508. doi :10.1016/0041-0101(90)90294-H . PMID 2389251 .
^ Lundholm, N.; Moestrup, Ø. (2000). “Morphology of the marine diatom Nitzschia navis-varingica sp. nov., (Bacillariophyceae), another producer of the neurotoxin domoic acid”. J. Phycol. 36 (6): 1162-1174. doi :10.1046/j.1529-8817.2000.99210.x .
^ Algaebase. “Chondria armata (Kützing) Okamura ”. 2010年10月28日 閲覧。
^ Takemoto, T.; Daigo, K. (1958). “Constituents of Chondria armata and their pharmacological effects”. Chem. Pharma. Bull. 6 : 578-580.
^ 竹本常松、醍醐皓二、近藤嘉和、近藤一恵 (1966). “ハナヤナギの成分研究(第8報) : Domoic Acidの構造論 その1” . 藥學雜誌 86 (10): 874-877. NAID 110003653083 . https://cir.nii.ac.jp/crid/1520572357384909952 .
^ a b 厚生労働省. “二枚貝:記憶喪失性貝毒 ”. 2010年10月28日 閲覧。
^ “名物カニに異変、船も家も家族も失った 周期的な変化か、それとも… ”. 西日本新聞 (2022年1月12日). 2022年1月25日 閲覧。