ホーランエンヤ (島根県)ホーランエンヤは、島根県松江市の松江城内に鎮座する城山稲荷神社の御神霊を松江市東出雲町出雲郷(あだかえ)の阿太加夜神社に船でお運びし、一週間にわたって豊作や繁栄などのお祈りを行い、再び松江城稲荷神社に返ることを願う船渡御祭。この船神事を正式には「式年神幸祭」(式年祭)と呼ぶが、一般的にはホーランエンヤ(宝来遠弥・豊来栄弥)と呼ばれている。[1] 城山稲荷神社の御神体を載せた船団が大橋川から意宇川を通って阿太加夜神社に渡る渡御祭、阿太加夜神社において櫂伝馬奉納などが行われる中日祭、再び御神体を載せた船団が城山稲荷神社に還る還御祭の三つの祭礼から構成される。櫂伝馬船での「櫂伝馬踊り」は松江市指定無形民俗文化財に指定されている。大阪天満宮(大阪市)の天神祭、厳島神社(広島県廿日市市)の管絃祭とともに日本三大船神事のひとつとされている。 由来ホーランエンヤの名称は、櫂をこぐ者の「ソーラ」「エンヤ」という掛け合いに起源を持つといわれている[3]。残っている資料の中で「ホーランエンヤ」の文字が出てくるのは明治期で、小泉八雲の頃には市民に親しまれていたことがうかがえる。 歴史慶安元年(1648年)出雲国で大規模な凶作となったことを受けて、当時の松江藩主の松平直政が城山稲荷神社の御神体を船に載せて阿太加夜神社まで運び、五穀豊穣を祈願する祭礼を行ったのが起源とされる。当初は10年周期で行われ、途中で12年周期に変わった。これは、数えで12年で、現代的には11年毎であった。不況や戦争などで周期通りに執り行われないことも多く、正確な回数は不明である[4]。 2009年に行われたホーランエンヤは、2007年から2011年にかけて松江市で開催された「松江開府400年祭」のメインイベントの一つとなっていた。 2010年に関係者が協議し、開催周期を当初の10年周期に戻すことを決定した[5]。 2012年10月28日、松江ホーランエンヤ伝承館(島根県松江市殿町250番地)が開館。 式年神幸祭式年とは一定の周期で繰り返されることであり、神事とは神様がお出かけになることを表す。しかし、実際には行う間隔は一定ではなく、元は「十年目毎」であったが時代や社会事情によって、十一年目毎とか十二年目毎などに行われることもあった。また、十年ないし十数年目毎の式年を定めたのは、もとは出雲国松江藩の藩主であった。現在では、奉賛会や協賛会をはじめ、地域住民が協議をして定めている。[1] 開催リスト※記録が残る明治以降
日程開催年の5月中旬頃から9日間で執り行われる。期間中には「渡御祭」、「中日祭」、「還御祭」の3つの祭礼が行われる。
船団の構成→「櫂伝馬船」を参照
ホーランエンヤの櫂伝馬船には地区ごとに一番船から五番船までがある(これは船行列の順序とは異なる。神輿船に近い順番である)。
このほかに神輿船をはじめ、複数の神器船・神能船・神楽船など、100隻以上の船が船団を構成する。 御神輿を載せる御座船は、当時荷物を運搬するために造られた甲板のない小さな和船だった。 先頭から、大海崎-福富-大井-矢田-馬潟の順となっている。五番船の大海崎地区は「先頭船」の旗を掲げている。 見どころ①唄:ホーランエンヤと称する唄であり、漕ぐ櫂の調子を合わせるために唄われる。五大地それぞれに独自の唄・節回しがある。各地区を代表する音頭取りの喉の競い合いを聞けるのも注目するところだ。 ②踊り:唄と同様に踊りも五大地によって少しずつ異なる。踊り手の美しい姿は人々を魅了する。踊る喜びや確かな誇りがある。剣櫂、采振りの二人の呼吸が渾然一体となる踊りこそが見どころである。 ③船:船は大橋川河畔から船出している。約100隻の船が連なり、1㎞にも及ぶ大船団となって進む。宍道湖大橋からくにびき大橋の四橋間では櫂伝馬船が櫂伝馬踊りを奉納・披露しながら、回っている。 注意事項
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脚注
参考文献
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