ポスコ
株式会社ポスコ (POSCO) は、大韓民国(韓国)最大の鉄鋼メーカー。 日韓基本条約に伴う対日請求権資金などによる資本をもとに、朴正煕大統領の肝いりで1968年に設立、1973年に浦項市にて操業開始。八幡製鐵と富士製鐵、日本鋼管の技術供与で急速に発展して、設立当時1人あたりの国民所得が200ドル程度だった韓国の経済発展に大きく貢献した[2]。 設立当初は浦項総合製鉄株式会社(ポハンそうごうせいてつ、포항종합제철)という社名だったが、2002年に英文社名の「Pohang Iron and Steel Company」から取った略称を正式社名とした。 概要韓国政府は製鉄所建設のため1968年3月に浦項製鉄を創立[3] 。出資比率は韓国政府75%、大韓重石(韓国国営企業)25% [4]。これに先立つ1966年12月に韓国政府は外国民間企業8社(日本からは2社)からなる「対韓国際製鉄借款団(KISA: Korea International Steel Associates)」を発足し、外国借款調達を委託[5]。しかしKISAからの楽観的な報告とは異なり実際にはKISAは各国から借款調達ができず、1969年2月までには世界銀行やアメリカ輸出入銀行からも計画に経済性がないなどとして借款はできないことが明確となった[5](この危機に朴泰俊社長は側近に「会社の清算計画」を準備しておくよう極秘の指示を出した[2])。そのため韓国政府はKISAとの協定を破棄。日韓基本条約にともなう対日請求権を流用することにし、対日請求権5億ドル(無償3億ドル、有償2億ドル)のうち約7723万ドル、さらに日本輸出入銀行から商業借款5450万ドルを受けた[6]。これにより慶尚北道浦項市に国営の浦項総合製鉄所第一期設備が1970年から建造され1973年[7]に竣工した。 1998年、会社自体は民間企業となったものの(後述)、トップの人事は時々の政権の意向に大きく左右され、政権が変わるたびに歴代会長も変わり続けてきた歴史がある[8]。 日本の資金援助と技術供与浦項総合製鉄第1期工事(1973年)の総額は外国資本約1億6800万ドル、韓国国内資産463億3000万ウォンにのぼり、外国資本が約60パーセントを占めた。国際協力銀行の文書[6]によると、外国資本の内訳は次の通り。
八幡製鐵及び富士製鐵(両社は1970年に合併し新日本製鐵となった後、現在は日本製鉄)と日本鋼管(現・JFEスチール)の3社からの技術導入を受けた。 拡大浦項製鉄所は韓国の基幹産業を軽工業から重化学工業へ転換させた[9]。 日本からの技術導入後、ベトナム戦争への参戦を契機とした急激な経済成長の中で、日本の援助により3回に亘る拡張事業の末、1983年、粗鋼生産能力910万トン規模の浦項製鉄所を完成させた。 1985年からは全羅南道光陽市に最新鋭の製鉄所である光陽製鉄所第一期設備着工。1992年には、四半世紀に亘る製鉄所建設の総合竣工。現在は光陽の製鉄所が主要拠点になっている。 民営化当初国有企業(1983年時点で韓国政府所有比率92%[10])だったが、韓国政府は1998年7月3日に韓国政府と韓国産業銀行の保有株26.7%を、1人当り3%を限度として私人や外国人に分散売却する案を発表した。以後、韓国政府と韓国産業銀行の保有株が数回に分割して売却された。2000年10月に韓国産業銀行が保有していた株式36%を売却して、完全に'民営化'された。[要出典] 新日鐵住金・ポスコ技術流出訴訟新日鐵住金(現:日本製鉄)が、ポスコなどを相手取り高級鋼板の製造技術を不正に取得したとして損害賠償の支払いなどを求めた訴訟である。 ポスコの製鉄技術は2004年頃から急激に向上し、新日本製鐵の高品位製品のシェアを奪っていったが、これは1990年代に新日鐵を退職した技術者が、新日鐵が数十年と数百億円をかけて開発した門外不出の「方向性電磁鋼板」の技術をポスコに流出させたことが関連したとされる[11][12]。 2012年5月に新日鐵は、ポスコと新日鐵の元技術者らを、不正競争防止法の「営業秘密の不正取得行為」にあたるとして、1000億円の損害賠償と高性能鋼板の製造・販売差し止めを求めて、東京地裁に提訴した[12][13][14]。この裁判において、ポスコ本社の社長の意思決定により日本から機密情報が盗用されており、同社東京研究所の実態については、「研究所とは名ばかりで実験設備は何もなく、もっぱら日本の鉄鋼メーカーの情報を収集し韓国の本社に送っていた」とする同社元社員の陳述書を、新日鐵住金(提訴後に合併により社名変更)が提出した[15][16][17]。 2015年9月30日、ポスコから300億円の支払いを受けることで和解したと発表した[18]。これに伴い両社は日本と韓国、アメリカで起こした訴訟3件を取り下げた。元従業員らに対する訴訟についても、元従業員らが謝罪を行い、解決金を支払うことで和解し、2017年3月27日付で訴訟を取り下げ終結した[19][20][21]。 新素材部門への進出ポスコは、リチウムの精製を通じて新素材分野への進出を模索。2018年にオーストラリアのリチウム鉱山会社であるピルバラ社の株式4.7%を取得したほか、アルゼンチンのオンブレムエルト塩湖の権益も取得した。稼働中の光陽工場を拡大するとともに新たにアルゼンチンに精製工場を建設することで、2022年までに6万5000トンの高純度リチウムの生産体制を確立するとしている[22]。 2022年 台風による被害2022年、台風11号が韓国を通過。この台風による豪雨で浦項製鉄所が冠水する被害を受け、全高炉が停止する事態となった。同月中に一部で生産が開始されたが、被害は数か月に影響が及ぶ規模となった[23]。 資本関係ニューヨーク証券取引所、ロンドン証券取引所、韓国取引所に上場している。日本製鉄とは、互いの株を持ち合っている。 2005年11月22日には東京証券取引所第一部に上場した(証券コード:5412)。日本の株式市場に上場するのは韓国企業で初めてであったが[24]、2015年に系列会社の赤字の影響により、創設以来初の赤字に陥り[2]、同年12月14日に上場廃止した。 2016年5月16日、新日鐵住金(現:日本製鉄)が保有するポスコの株式の約3分の1を売却すると発表した。保有する約439万株のうち150万株を売却する。ポスコへの出資比率は5.04%から3.32%に下がる。直近のポスコの株価で計算すると300億円規模になるという[25]。 子会社としては韓国最大のシステムインテグレータ会社のポスデータ(2010年、POSCONと合併しPOSCO ICTに社名変更)や建設会社などを抱える。2002年SKテレコムに吸収合併された、新世紀通信という携帯電話事業者の筆頭株主だった。出資する財団で浦項工科大学校や光陽製鉄高校などの学校を運営している。スポーツではKリーグの浦項スティーラース、全南ドラゴンズのメインスポンサーになっている。 納品先自動車用鋼板分野では、1982年にヒュンダイの「ポニー」用に納品を始め、1994年からはホンダ、日産、スズキなど日本の自動車メーカーに輸出した。 2000年代に入ってGM、フォルクスワーゲン、FCA、シトロエン、ダイムラー・クライスラー(現ダイムラー並びにFCA US)など世界主要13社の自動車メーカーに納品している。 世界で最も厳しい品質基準を持つといわれるトヨタには、日本の代表的な鉄鋼メーカーである新日鐵と関係が深いことを理由に納品を断られてきたが、数十回という交渉の末に2005年から輸出が開始された。 沿革
脚注出典
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