ルイス・ゴンサレス
Luis Gonzalezボルチモア・オリオールズ(マイナー) |
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基本情報 |
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国籍 |
ドミニカ共和国 |
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出身地 |
バルベルデ州マオ(英語版) |
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生年月日 |
(1992-01-17) 1992年1月17日(32歳) |
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身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 170 lb =約77.1 kg |
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選手情報 |
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投球・打席 |
左投右打 |
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ポジション |
投手 |
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プロ入り |
2010年 アマチュア・フリーエージェント |
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初出場 |
NPB / 2020年6月20日 |
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経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) |
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ルイス・ウンベルト・ゴンサレス(Luis Humberto Gonzalez、1992年1月17日 - )は、ドミニカ共和国バルベルデ州マオ(英語版)出身のプロ野球選手(投手)。左投右打。MLBのボルチモア・オリオールズ傘下所属。愛称はエル・ゴンジー[1]。
NPB初の「ゴンサレス」表記の選手である。
経歴
プロ入りとフィリーズ傘下時代
2010年2月にフィラデルフィア・フィリーズと契約しプロ入り。
2013年3月16日に自由契約となった[2]。
オリオールズ傘下時代
2013年7月18日にボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ[2]。
2014年はA級デルマーバ・ショアバーズ(英語版)で17試合に登板して6勝4敗、防御率4.83という成績を残した[2]。
2015年から2017年まではA+級フレデリック・キーズ(英語版)に所属し、2015年は6勝11敗、防御率6.88、2016年は1勝2敗、防御率3.13、2017年は6勝2敗、防御率2.47という成績を挙げた[2]。
2018年はAA級ボウイ・ベイソックスに昇格。リーグのオールスターにも選出されるなど活躍し、後半はAAA級ノーフォーク・タイズに昇格。14試合に登板して防御率5.04の成績を残した[2]。
2019年はAA級ボウイとAAA級ノーフォークでプレーしたが、合計38試合に登板して、3勝5敗、防御率6.89と苦戦し、メジャーには届かぬまま、オフの11月4日にFAとなり退団した[2]。
中日時代
2019年12月6日に中日ドラゴンズと契約を結んだ[3]。球団から前年度セットアッパーとして活躍し、MLBに移籍したジョエリー・ロドリゲスの後任を期待され、背番号もロドリゲスが着けていた「57」に一度決まるも、その後自ら希望して「53」に変更した。ゴンサレスはその理由を「マイナー時代にロドリゲスの48番を引き継いだので、今回は自分の番号にしたかった」と明かしている[1]。
2020年は開幕一軍入りを果たし、中継ぎとして28試合に登板した。ナゴヤドームでは13試合に登板して防御率0.75と安定感を見せたが、ビジターゲームでの登板では投球に精彩を欠いた。オフの11月8日にソイロ・アルモンテ、エンニー・ロメロ、サンディ・ブリトー、モイセ・シエラと共に翌年の契約を結ばない事が球団より発表された[4][5]。
ジャイアンツ傘下時代
2021年1月20日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ[6]。AAA級サクラメント・リバーキャッツで20試合に登板したが、防御率7.36と結果を残せず、8月7日に自由契約となった[2]。
イタリア球界時代
2022年はイタリア・セリエAのウニポルサイ・フォルティトゥード・ボローニャでプレー。10試合に登板して防御率2.01、40奪三振を記録した[7]。
メキシカンリーグ時代
2023年4月24日にメキシカンリーグのモンテレイ・サルタンズと契約した[8]。39試合に登板して2勝0敗、防御率1.69という好成績を挙げた[7]。
オリオールズ傘下時代
2023年10月6日にボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ[2]。
選手としての特徴・人物
最速156km/hの速球と高速スライダーが特徴[1]。
詳細情報
年度別投手成績
年度別守備成績
年 度 |
球 団 |
投手
|
試
合 |
刺
殺 |
補
殺 |
失
策 |
併
殺 |
守 備 率
|
2020
|
中日
|
28 |
0 |
2 |
0 |
0 |
1.000
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通算
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28 |
0 |
2 |
0 |
0 |
1.000
|
記録
- 投手記録
背番号
脚注
注釈
- ^ 当初は、背番号は57の予定だったが、本人の希望で53に変更した[1]。
出典
関連項目
外部リンク