吉村 哲三(よしむら てつぞう、1887年(明治20年)3月10日[1] - 1967年(昭和42年)3月1日[2])は、日本の内務官僚、実業家。政友会系官選県知事、鳥取市長、鳥取銀行頭取。
経歴
現在の鳥取市立川町出身[1]。第一高等学校を卒業。1911年、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。日本銀行に入るが三カ月で退職。1912年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1913年、内務省に入省し東京府属となる[1][3]。
以後、鳥取県八頭郡長、宮城県理事官、内務事務官・大臣官房都市計画課勤務、同都市計課長兼鉄道書記官、兼土木局河川課長などを歴任し、1924年、大阪府書記官・内務部長に就任[1]。
1927年11月、青森県知事に就任。老朽化した県会議事堂の建築に着手。県内の政友会の内紛の調停を行うが最終的に分裂し、これにより1929年1月、佐賀県知事に転任した[4]。佐賀県では警察官の大異動を実施し、これに反対する民政党支部が県庁に押し掛ける騒動が起こった。同年9月、復興局経理部長に転じたが、1930年4月に復興局が廃止され退官した[1][3]。1943年から1946年まで鳥取市長を務めた[1]。その後、公職追放となる[3]。
1949年10月、鳥取銀行頭取に就任し、1951年、同行相談役となる[1]。
栄典
脚注
- ^ a b c d e f g 『新編日本の歴代知事』997頁。
- ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』1362頁。
- ^ a b c 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』202頁。
- ^ 『新編日本の歴代知事』107頁。
- ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。
参考文献
- 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
- 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
- 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年。