Share to: share facebook share twitter share wa share telegram print page

 

国見トンネル (鹿児島県)

国見トンネル
旧内之浦町側坑口
概要
位置 日本・鹿児島県肝付町
現況 供用中
所属路線名 鹿児島県道561号神之川内之浦線
起点 鹿児島県肝付町新富(旧高山町)
終点 鹿児島県肝付町北方(旧内之浦町)
運用
開通 2002年12月18日15時
管理 鹿児島県
日平均通行量 2,990台[1](2010年)
技術情報
全長 3,300 m
道路車線数 2車線
テンプレートを表示
旧高山町側坑口

国見トンネル(くにみトンネル)は、鹿児島県肝属郡肝付町内を通り、肝属山地(国見山系)を貫く鹿児島県道561号神之川内之浦線の道路トンネルである。全長3,300 m。2002年12月18日15時に、当時の高山町内之浦町間を結ぶトンネルとして開通した。1日あたりの交通量は2,990台(2010年)である[1]

概要

1986年よりトンネル建設運動を続け、1996年12月に建設省(現在の国土交通省)の「交流ふれあいトンネル・橋梁整備事業」に選定されたことで建設が決定される[2]。1998年3月30日に国見山頂で起工式を開催し[3]、2000年3月29日に貫通した[4]。開通直前の2002年12月15日(日曜日)には国見トンネル内でウォーキング大会が、内之浦町側の入口では特産品の即売やフリーマーケットが開催され、約3千人の人出で賑わった[5]

国見トンネルの開通以前は内之浦町 - 鹿屋市間は海沿いの国道448号経由で36 km掛かっていたが、トンネル開通により距離は27 kmに、所要時間は20分短縮され35分となった[6]。その一方で、買い物客が旧内之浦町の中心商店街から鹿屋市や旧高山町へ流出するストロー効果も発生した[7][8]

脚注

  1. ^ a b 参考文献『平成22年度道路交通センサス』のリンク先から、「3 交通量図」をクリック。
  2. ^ 「内之浦町で南日本新聞移動編集局・下 国見トンネル "辺境"脱却の救世主」『南日本新聞』1998年6月3日朝刊13面。
  3. ^ 「国見トンネルが起工」『南日本新聞』1998年4月2日朝刊16面。
  4. ^ 「高山と内之浦を結ぶ 国見トンネル貫通 3年後に開通予定」『南日本新聞』2000年3月30日朝刊24面。
  5. ^ 「国見トンネル開通記念 ふれあいフェスティバル 高山-内之浦」『南日本新聞』2002年12月16日朝刊23面(新聞紙面には左下に「消しゴム」として掲載)
  6. ^ 「鹿屋-内之浦間20分短縮 国見トンネル開通」『南日本新聞』2002年12月19日朝刊1面。
  7. ^ 「故郷 かごしま地域再生 第2部 自立遠のく・5」『南日本新聞』2007年7月4日朝刊3面。
  8. ^ 「リレー検証 平成の大合併 肝付町・上 消えた地名 内之浦復活に温度差」『南日本新聞』2010年3月8日15面。

参考文献

  • 内之浦町誌編纂委員会・編『内之浦町誌』内之浦町長 高橋鐵男、2003年 pp.1094-1099
  • 平成22年度道路交通センサス 鹿児島県公式ウェブサイト内。
  • 高山町役場企画課「長年にわたる悲願がかなった記念すべき日 国見トンネル開通」『こうやま 町政の広場』平成15年1月号(第620号)、2003年。
Prefix: a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9

Portal di Ensiklopedia Dunia

Kembali kehalaman sebelumnya