推し(おし)とは、主にアイドルや俳優について用いられる日本語の俗語であり、人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人物のことをいう[2]。
語句・用法
『デジタル大辞泉』においては、「推しの主演ドラマ」という用例が挙げられている[2]。この他、「推ししか勝たん」(「推しだけが最高」の意味)のように使われる[1]。元々は、アイドルグループの中で最も好感を持っている人物である推しメン(おしメン)を由来とする言葉である[2]。「推しメン」という言葉は、1980年代のアイドルブームの際に登場し、その後、2000年ごろになると2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)でモーニング娘。のファンによって使われるようになった[3]。その後、AKB48の台頭によって広まり[4][5]、2011年にユーキャンの新語・流行語大賞にノミネート(No.09)された[6]。この点について、AKB48選抜総選挙のテレビ中継により、「推し」という言葉を知る人が多くなり、さらに、推しとは、「好きなもののことである」とマスメディアが広い意味で推しという言葉を定義したため、一般の人も「推し」という言葉を使いやすくなったことが理由にあると、ニッセイ基礎研究所研究員の廣瀨涼は指摘する[3]。その後、「推し」という語句は2019年9月刊行の『大辞林』第4版、2020年12月刊行の『明鏡国語辞典』第3版といった国語辞典に収録されている[7]。また、推しが活躍することを祈り、推しを周りに広めることを推し活(おしかつ)という[8]。「推し活」という語句は、2021年に新語・流行語大賞にノミネート(No.07)された[9]。2021年8月に毎日新聞社が行ったアンケートによると、「推し」という言葉を使うと答えたのは過半数となり、「使わないが、意味は分かる」と答えた人を含めると96%を超えた[7]。
派生語
以下に述べた語句は一部であり、推しの概念の広まりとともに、派生語は増えている[10]。
- 神推し(かみおし)[11][5][12]・激推し(げきおし)[11][10][12] - 熱心に特定のメンバーを推していることまたは、最大級の推しを意味する。ここでいう「神」とは、「とても」を意味する接頭語。その推しは単推しである場合が多いが、必ずそうであるわけではない。
- 箱推し(はこおし)[11][10][5][13][14][12]・全推し(ぜんおし)[12][13][10]・推しグル(おしグル)[10][15] - グループ全体を推すことを意味する。「箱推し」の名称は、ライブハウスを人を入れる容器に見立てて「箱」ということに由来する。箱推しという呼称は、全推しより使われる頻度が高い。
- 推し変(おしへん)[11][10][5][12] - 推しを替えることを意味する。同じグループ内で推すアイドルを替える場合にも、別のグループのアイドルに推しを替える場合にも用いられるが、後者の場合の方が多い。
- 推しピ[11][16]・推しぴ(おしぴ)[10][5][12] - 推しの対象となる人を意味する。「ぴ」とは英語のpeople(ピープル)の頭文字を取ったものである。本来peopleは複数形だが、この場合は1人の場合でも使う。
- 推し事(おしごと)[10][11][12] - 「推し活」と同義で、推しに対する行動を全て指す。毎日仕事をするのと同様に、あたかも義務であるかのように、毎日推しについての情報を確認するなどの応援をしていることから、「お仕事」との洒落になっている。
- 単推し(たんおし)[10][5][12] - 「神推し」の類義語。推しがただ1人しかいない場合に、その推しを意味する。その推しがソロで活動することを熱望している場合もある。
- 二推し(におし)[10][5][12] - 2番目に推している推しを意味する。
- 三推し(さんおし)[5][12] - 3番目に推している推しを意味する。
- 最推し(さいおし・もおし)[10][12]・一推し(いちおし)[12][5] - 推しが2人以上いる場合に、最も推している推しを意味する。
- 推し様(おしさま)[10][17] - 特に素晴らしいと感じている推しについて、「様」を付けることで敬意を表した表現。
- 推し被り(おしかぶり)[10][5][12] - 仲間との推しと自分の推しが同一であること。推し被りが発生した場合、共感し仲良くする場合と、ライバルとして敵対する場合とがある。「推し被り敵視」などと使われることもある。
- 推し仲間(おしなかま)[10][18] - 同じ人物・事物を推しとしている仲間をいう。
- 推し色(おしいろ)[4][19] - 推しのイメージカラー。服や髪の色、メンバーカラーなどがこれにあたる。
- 推し色コーデ(おしいろコーデ)[4][20] - 推し色を取り入れたコーディネート。
- 推し増し(おしまし)[5][21][12] - 元々の推しを維持したまま、新しく推しを増やすこと。続けた場合、経済的負担が大きくなることになる。
- 推しマーク - XなどSNSアカウントのプロフィール欄等に特定のマーク・絵文字を記載することで界隈内の特定メンバーを押していることを示す文化。Xの仕様上プロフィールに直接推しの名前を記載するとすべての投稿が検索にかかり検索妨害となるため、推しマークが使用される。
類義語
- 自担(じたん)[22][23] - 「自分が担当するメンバー」を意味する。元来、ジャニーズファンの間で広まった語句であり、ジャニーズのメンバーに対してのみ用いられるとされる場合もある。「推し」は、他人に薦めたいという意味を含むのに対し、「自担」は、単に大好きであるという意味のみを表す。
- 贔屓(ひいき)[23] - 歌舞伎や宝塚歌劇団ではこの語句が「推し」の代わりに用いられるが、「贔屓」と比べると「推し」は重みが小さい語句である。
- 尊い(とうとい) - 「推し」と組で使われる場合が多い。推しに信仰心を抱くまでに熱情が強まった場合に用いられる[5]。ただし、言葉の普及に伴いよりライトなニュアンスや特定のシーンに対して使用されることも増えている。特にシーンに対して使用される場合、普段からの推しではなくとも使用される。(「今日街で見かけた子供の行動が尊い」など)
- DD(でぃーでぃー) - 「誰でも大好き(Daredemo Daisuki)」を意味する。[24]グループにおいて複数の推しがいる状態を指す。
実態
「推し」という語は、元来の意味を超えて、食品、鉄道、歴史など、あらゆる対象に広がっており[4]、そもそも「オタク」への偏見がなかったという事情も背景に[3]、若い世代では広く使われている[1]。また、小説や漫画など、推しを題材とした作品も多く作られるようになっている[4]。推し活は、推しに対する積極的な消費を行い、喜びを覚えるという能動的なものであり、この点が、受動的だった、2021年時点での「大人世代」のファン活動とは異なる[25]。このような消費が積極的に行われるのは、自身の消費が推しへの貢献になっていると実感しているためだと、電通の秋田ゆかりは指摘している[26]。Z総研の道満綾香は、テレビ離れが進むジェネレーションZであっても、推しのためであればリアルタイムでテレビを見ていると指摘した[27]。芸能人以外の例として、東京工業大学准教授の西田亮介は、推しの政治家や政党があることによって、若者が選挙に行きやすくなると指摘している[28]。
推しに関するアンケート調査
2021年8月にRooMooNが女子高校生・女子大学生合計439名を対象にインターネット上で実施したアンケート調査では、回答者の98%以上が「推しがいる」と回答し、推しの人数については、2人と回答した人が最も多かったが、100人以上と回答した人もいた。推しの対象については、半数近くがアイドルとなり、推している期間は12か月から23か月との回答が最多だった。推しを持つメリットは「生きる糧になる」、デメリットは「お金がかかる」がそれぞれ最多になった[29]。また、2020年6月にMERYが女性425人を対象に自社のアプリ内で行った調査によると、7割以上が推しがいると回答し、また、低年齢層ほど推しがいる割合が高いことも明らかになった[30]。CCCマーケティングとSHIBUYA109 lab.の共同調査によれば、15歳から24歳の女性は平均して可処分所得の1割以上をヲタ活(出典では推し活と同一視している)に費やしている[25][31]。
新型コロナウイルス感染症の影響
新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、推しにも大きな影響を与えた。多くのイベントが中止になったため、推し活はソーシャル・ネットワーキング・サービスを活用したものが中心となった[1]。一方で、感染症流行下での憂鬱な気分を和らげたり、感染拡大に伴うテレワークやオンライン授業で自由な時間が増えたことにより、新たな推しができた者も多かった[32][33]。株式会社クロス・マーケティングによる2020年11月の調査では、新型コロナウイルス感染症の影響で新たに推しができたと答えた人の割合は約4分の1となり、20代では4割を超えた[34]。
また、首都圏や関西圏の駅構内などでは新型コロナウイルス感染症の影響により、企業からの広告出稿が減少したために発生した空き枠を埋める形で個人が広告主になってアイドルグループなどを応援する「応援広告」が急増した。この「応援広告」は元々「センイル広告」とも呼ばれる韓国発祥の文化であったが、同時期に流行したK-POPブームや同国の人気オーディション番組の日本版である『PRODUCE 101 JAPAN』(TBSテレビ)が放映されたのを機に日本国内でも浸透したとしている。ジェイアール東日本企画によると、この応援広告の市場規模は2023年度で推計377億円としており、これは屋外・交通広告費の約1割を占めているとしている[35][36][37]。
「推し」を題材にした作品
脚注
関連項目