柳沢 時憲(やなぎさわ ときのり)は、江戸時代前期の旗本。通称は時縄、のち孫之丞。
柳沢信安の長男。母は太田吉宗の娘。初め父・信安の家督を継ぐが、祖父・安吉が致仕した際には既に信安が亡くなっていたため、それまでの家禄は幕府に返上し、新たに安吉の家督を継いだ。
時憲には男子がいなかったため、死後は養子の時附(山高信吉の四男)が家督を継いだ。
年表
※日付は旧暦
- 寛文10年(1670年)7月8日 - 父・信安の家督を継ぐ(250俵)。小普請入り
- 天和3年(1683年)閏5月21日 - 大番となる
- 貞享2年(1685年)7月11日 - 祖父・安吉が致仕。新たに安吉の家督を継ぐ(430俵)
- 元禄2年(1689年)10月11日 - 大番を辞職し、小普請入りとなる
- 元禄10年(1697年)12月19日 - 死去。享年38。月桂寺に葬られる。法名は朝宗。
参考文献
柳沢宗家3代当主(1685年 - 1697年) |
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- 信興????-????
- 貞興????-????
- 信房????-????
- 信兼????-1580
- 信俊1580-1614
- 安吉1614-1685
- 時憲1685-1697
- 時附1698-1740
- 安弘1740-1765
- 安長1765-1797
- 政位1797-1808
- 政倚1808-????
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