第98親衛空挺師団(だい98しんえいくうていしだん、ロシア語: 98-я гвардейская воздушно-десантная дивизия、略称98 гв.ВДД)は、ロシア空挺軍の師団。空挺軍司令部隷下。イヴァノヴォに駐屯。ソ連軍時代はウクライナに駐屯しており、ウクライナ空中機動軍の母体となっている。
沿革
ソ連軍時代
- 1944年5月3日:独立親衛空挺旅団に基づき、師団編成。
- 1944年6月:カレリア戦線に派遣。事後、南カレリアの解放に参加。
- 1944年7月:スヴィリ川渡河の功績に対して、「親衛隊」、「スヴィリ」の称号を授与。
- 1945年3月:第3ウクライナ戦線第37空挺軍団の編成下において、バラトン湖(ハンガリー)北方でドイツSS装甲師団「アドルフ・ヒトラー」を撃破。
- 1945年4月26日:師団に対して、「戦闘赤旗勲章」授与。
- 1945年5月:5月1日、オーストリア領内に進出。5月10日、チェコスロバキアのピルゼン市、グラデツ・クラエフ市地区において、アメリカ軍と会合。
- 1945年6月:戦勝式典に参加。
- 1945年5月~1946年1月:ハンガリー、キシュテレグ市に駐屯。
- 1946年初め:モスクワ軍管区、ムーロム市に配置転換。
- 1946年7月:沿海軍管区、モロトフ地区ポクロフカ村に移動。
- 1951年6月:極東軍管区、アムール州ベロゴルスク市に配置転換。
- 1968年2月:師団に対して、「2等クトゥーゾフ勲章」授与。
- 1969年7月:極東軍管区軍事会議の持ち回り赤旗が、師団に永久保管。
ウクライナ駐屯時代
- 1969年:ウクライナ・ソビエト社会主義共和国オデッサ軍管区、ベルグラド市に配置転換。
- 1987年11月:名誉称号「大十月70周年」を授与(この称号は、ソ連軍全体で3部隊しか有していない)。
- 1979~1989年:アフガニスタンでの戦闘行動に参加。
- 1980年代末~1990年代初め:ザカフカーズ及び中央アジアにおいて、特殊任務遂行。
ロシア連邦軍時代
編制
- 師団司令部(イヴァノヴォ)
- 第217親衛落下傘連隊
- 第299落下傘連隊
- 第331親衛落下傘連隊
- 第1065砲兵連隊
- 第318独立高射ミサイル大隊
- 第661独立工兵大隊
- 第674独立通信大隊
- 第15独立修理大隊
- 第243独立軍事輸送航空飛行隊
歴代師団長
職名 |
就任年 |
氏名 |
階級
|
師団長 |
1944年 - 1944年 |
コンスタンチン・ヴィンドゥシェフ |
親衛大佐
|
師団長 |
1944年 - 1946年 |
ワシーリー・ラリン |
親衛少将
|
師団長 |
1946年 - 1950年 |
ミハイル・アリモフ |
親衛少将
|
師団長 |
1950年 - 1952年 |
ワレーリー・サフチュク |
親衛少将
|
師団長 |
1952年 - 1954年 |
ピョートル・リャボフ |
親衛少将
|
師団長 |
1954年 - 1956年 |
イワン・ジェドフ |
親衛大佐
|
師団長 |
1956年 - 1962年 |
アンドレイ・エヴダン |
親衛少将
|
師団長 |
1962年 - 1962年 |
ミハイル・ソロキン |
親衛少将
|
師団長 |
1962年 - 1966年 |
ドミトリー・スホルコエ |
親衛少将
|
師団長 |
1966年 - 1967年 |
ニコライ・バラノフ |
親衛少将
|
師団長 |
1967年 - 1973年 |
ゲンナジー・サモイレンコ |
親衛少将
|
師団長 |
1973年 - 1977年 |
アレクセイ・ソコロフ |
親衛少将
|
師団長 |
1977年 - 1982年 |
ヴィターリー・レベジェフ |
親衛少将
|
師団長 |
1982年 - 1985年 |
オスワリダス・ピカウスカス |
親衛少将
|
師団長 |
1985年 - 1989年 |
アレクサンドル・チンダロフ |
親衛少将
|
師団長 |
1989年 - 1993年 |
ワレーリー・ヴォストロチン |
親衛少将
|
師団長 |
1993年 - 1996年 |
アレクサンドル・ベスパロフ |
親衛少将
|
師団長 |
1996年 - |
アレクサンドル・レンツォフ |
親衛少将
|
脚注
外部リンク