『モナ・リザ』(伊: La Gioconda, 英: The Mona Lisa)は、ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵画『モナ・リザ』の複製である。クルミ材のパネルに油彩。1666年に「Mujerde la mano de Dabinci」としてスペイン王室のコレクションに記録され、19世紀以降、マドリードのプラド美術館に所蔵されている[1][2]。
『モナ・リザ』の複製は数多く存在しているが、プラド美術館のイタリア・ルネサンス絵画の主任学芸員であるミゲル・ファロミール・ファウス(スペイン語版)によれば、王室コレクションに由来し、美術館の開館以来より所蔵されているプラド美術館版は「おそらく『モナ・リザ』の最初の既知の複製」であり[4]、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子の1人によってオリジナルと同時期に同じ工房で描かれた特殊性を示している[5]。ルーヴル美術館が『聖アンナ レオナルド・ダ・ヴィンチの究極の傑作』(La Sainte Anne, l'ultime chef-d'œuvre de Léonard de Vinci)と題する展覧会のために本作品の借し出しを求めた後、プラド美術館は2010年から実施した絵画の分析と修復作業の最中にこの特殊性を発見した[6]。絵画は標準的な科学的調査を受けており(赤外線リフレクトグラフィー、X線撮影、紫外線蛍光撮影、実体顕微鏡検査)、保存状態の調査から支持体がクルミ材であることが判明し、赤外線リフレクトグラフィーとかすめ光検査による絵画表面の検査からは、暗い背景の下に風景が存在することが明らかになった[7]。プラド美術館は赤外線リフレクトグラフィーで撮影された画像を2004年にルーヴル美術館の『モナ・リザ』から撮影したものと比較した結果、2つの作品の絵具層の下にある素描が同一であり、女性像のサイズと形が実質的に同じであることを発見した[1][7]。さらにレオナルド・ダ・ヴィンチがオリジナルに加えた修正はマドリード版の複製においても1つずつ再現されていた[7][8]。それにもかかわらず、ミゲル・ファロミール・ファウスはレオナルド・ダ・ヴィンチが複製の制作に関わった可能性を完全に否定している。その一方で、オリジナルと同時に複製が制作された理由は謎のままである。
クラウス=クリスティアン・カーボン(英語版)とヴェラ・M・ヘスリンガー(Vera M Hesslinger)の2人の研究者は、ルーヴル美術館とプラド美術館のバージョンを並べると両作品はわずかに視点が異なっており、2つの絵画の間に5センチのギャップが生じることを発見した。彼らは比較の結果から、レオナルド・ダ・ヴィンチによって行われた最初の立体画像の試みであると主張した。しかしレオナルド・ダ・ヴィンチがそれを意図的に行ったと推論することは不可能である[9]。
風景を覆い隠した黒い絵具のために、16世紀の第1四半期に制作されたレオナルド・ダ・ヴィンチの環境にある外国の複製であると信じられていた。2011年までは、北方ヨーロッパ(フランドル、オランダ、ドイツ)の絵画と関連する支持体のオーク材のパネルで制作されたと考えられていたが、イタリアではオーク材は用いられていなかった。しかし実施された調査では、実際にはイタリアで使用され、レオナルド・ダ・ヴィンチが『白貂を抱く貴婦人』、『ラ・ベル・フェロニエール』、『洗礼者聖ヨハネ』などの様々な絵画に使用したクルミ材であることが判明した。この調査結果は混乱をもたらし、美術史家ホセ・マリア・ルイス・マネロ(José María Ruiz Manero)でさえ、1992年に「スペインの16世紀のイタリア絵画」(Pintura italiana del siglo XVI en España)と題した論文で、16世紀にフランドルの画家によってフランスで制作された可能性が非常に高いと信じるようになった[14]。一方、フアン・J・ルナ(Juan J. Luna)はハンス・ホルバインに帰することが可能であると考えた[15]。