抽象代数学において、付値環(ふちかん、英: valuation ring)とは、整域D であって、その分数体F のすべての元 x に対して、x か x −1 の少なくとも一方が D に属するようなものである。
体F が与えられたとき、D が F の部分環であって、F のすべての 0 でない元 x に対して x か x −1 が D に属しているとき、D を 体 F の付値環(a valuation ring for the field F)または座 (place of F) という。この場合 F は確かに D の分数体であるので、体の付値環は付値環である。体 F の付値環を特徴づける別の方法は、F の付値環 D は F をその分数体としてもち、そのイデアルは包含関係で全順序づけられている、あるいは同じことだが、その単項イデアルが包含関係で全順序付けられていることである。とくに、すべての付値環は局所環である。
k を順序体とする。k の元は、2つの整数の間にある n<x<m とき、有限である(finite)という。そうでないときは無限大である(infinite)という。k の有限な元全体の集合 D は付値環である。x ∈ D かつ x−1∉D であるような元 x 全体の集合は無限小である元全体の集合である。x∉D かつ x−1∈D であるような元 x は無限大である(infinite)という。
超実数体 *R(これは実数を含む順序体である)の有限超実数からなる部分環 F は *R の付値環である。F は普通の実数から無限小異なるすべての超実数(これはある普通の整数 n に対して −n < x < n であるような超実数 x と言っても同じである)からなる。有限超実数を無限小超実数のイデアルで割った剰余体は実数体と同型である。
定義
付値環のいくつかの同値な定義が存在する(dominance の言葉での特徴づけは下記参照)。環 D とその分数体K について、以下は同値である。
与えられた全順序アーベル群 Γ と剰余体 k に対し、K = k((Γ)) をベキが Γ から来る形式的ベキ級数環と定義する。つまり、K の元は、各関数の台(関数の値が k の 0 でないような Γ の元全体)が G の整列部分集合であるような、Γ から k への関数である。加法は点ごとの和で、乗法はコーシー積あるいは畳み込み積、すなわちベキ級数
with
として関数を見たときに自然な演算である。
f の K における付値 ν(f) は f の台の最小の元、すなわち f(g) が 0 でないような最小の Γ の元 g であると定義される。ν(f)≥0 であるような f は(K の 0 とともに)値群 Γ、付値ν、剰余体 k であるような K の部分環 D をなす。この構成は(Fuchs & Salce 2001, pp. 66–67)に詳しい。また、ベキ級数の代わりに多項式の商を使っている(Krull 1939)の構成に従っている。
支配と整閉包
付値環の単元すなわち可逆元は、x −1 が再び D の元であるような元 x である。D の他の元は、非単元と呼ばれるが、逆元をもたず、イデアル M をなす。このイデアルは D の(全順序な)イデアルの中で極大である。M は極大イデアルであるので、商環D/M は体であり、D の剰余体(residue field)と呼ばれる。
一般に、次のとき局所環 は局所環 を支配すると言う。 かつ 。言い換えれば、包含 は局所射(英語版)である。体 K におけるすべての局所環 はある K の付値環によって支配される。実際、A を含み であるような K のすべての部分環 R からなる集合は空でなく帰納的なので、ツォルンの補題によって極大元 をもつ。R は付値環であると主張する。R は極大性によってを含む極大イデアルをもった局所環である。再び極大性によって整閉でもある。さて、 であれば、極大性によって、 でありしたがって次のように書ける。
.
は単元であるので、このことは は R 上整であることを示しており、したがって R の元である。このことは R が付値環であることを示している。(構成によって極大イデアルは を含むので R は A を支配する。)
体 K の局所環 R が付値環であることとそれが支配で順序を入れた K に含まれるすべての局所環からなる集合の極大元であることは同値である。これは上記から容易に従う[6]。
A を体 K の部分環とし、 を代数的閉体k の中への環準同型とする。このとき f は、D を A を含む K のある付値環として、環準同型 に拡張する。(証明: を極大な拡張とする。これはツォルンの補題によって明らかに存在する。極大性によって、R は f の核を含む極大イデアルをもった局所環である。S が R を支配する局所環であれば、S は R 上代数的である。もしそうでないとすれば、 は g が拡張する多項式環 を含み、極大性に反する。 は の代数的な体拡大であることが従う。したがって、 は g を拡張する。ゆえに S = R。)
体 K の部分環 R が K の付値環 D を含めば、定義 1 を確認することによって、R もまた K の付値環である。とくに、R は局所環であり、その極大イデアルは D のある素イデアルと交わる。 としよう。すると である、なぜならば は を支配し、これはイデアルが全順序付けられているから付値環である。この考察は以下に含まれている[7]。全単射な対応 D を含む K のすべての部分環の集合、が存在する。とくに、D は整閉であり[8][9]、D のクルル次元は D を含む K の真の部分環たちの濃度である。
実は、整域 A の A の分数体 K における整閉包は A を含む K のすべての付値環の共通部分である[10]。実際、付値環は整閉なので整閉包はその共通部分に含まれる。逆に、x を K の元だが A 上整でないとしよう。イデアル は でないので[11]、それはある極大イデアル に含まれる。すると の における局所化を支配する付値環 R が存在する。 であるので、。
支配は代数幾何学において使われる。X を体 k 上の代数多様体とする。このとき の付値環 R は、 が構造層の x における局所環 を支配するときに、"X 上に中心 x"をもつと言う[12]。
素点 p の付値環が素点 p' の付値環を含むとき、 p は p' に特殊化する(p specializes to p' )と言い、と記す。代数幾何学においては、素イデアル が の部分集合であるときに、 は に特殊化すると言う。この2つの概念は一致する。 であることと p に対応する素イデアルがある付値環において p' に対応する素イデアルに特殊化することは同値である( が同じ体の付値環であれば、D は の素イデアルに対応することを思い出そう)。
次のことを証明できる。 であれば、p の剰余体 のある素点 q に対して である。( は の付値環であることを確認し、q を対応する素点とすれば、あとは機械的である。)D が p の付値環であれば、そのクルル次元は p の p への特殊化以外の特殊化の濃度である。したがって、体 k 上の体 K の付値環 D をもった任意の素点 p に対し、以下が成り立つ。
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p が素点で A が p の付値環の部分環であれば、 は A における p の中心(center)と呼ばれる。
^証明:R が極大元であれば、ある付値環によって支配される。したがって、それはそれ自身付値環でなければならない。逆に、R を付値環とし S を R を支配するが R ではない局所環とする。S の元であるが R の元ではない x が存在する。このとき は R の元であり実は R の極大イデアルの元である。しかしこのとき なので矛盾である。したがって、そのような S は存在しえない。
Matsumura, Hideyuki (1989), Commutative ring theory, Cambridge Studies in Advanced Mathematics, 8, Translated from the Japanese by Miles Reid (Second edition ed.), ISBN0-521-36764-6, Zbl0666.13002