液性免疫 (えきせいめんえき、英 : humoral immunity )は、体液性免疫 とも呼ばれ、分泌された抗体 、補体タンパク質 、あるいは特定の抗菌ペプチド など、細胞外液 に含まれる高分子 によって媒介される免疫 の1つの側面である。液性免疫は、体液 (英 : humors, or body fluids )に含まれる物質が関与することから、このような名前が付けられた。 これは、抗体を介さない細胞性免疫 とは対照的である。液性免疫は、抗体媒介性免疫 (こうたいばいかいせいめんえき、英 : antibody-mediated immunity )とも呼ばれる。
免疫学 における中心的な科学は、免疫系 を構成する分子 や細胞成分 を、その機能や相互作用を含めて研究することである。免疫系は、より原始的な自然免疫系 (英語版 ) と、脊椎動物 の獲得免疫または適応免疫系 (英語版 ) に分けられ、それぞれに液性免疫と細胞 性免疫の要素が含まれている。
液性免疫とは、抗体産生とそれに付随する次のような同時発生プロセスを指す: Th2細胞 活性化とサイトカイン 産生、胚中心 形成とアイソタイプ スイッチング 、親和性成熟 とメモリー細胞 生成。抗体のエフェクター 機能として、病原体 や毒素 の中和 、古典的補体 の活性化、オプソニン による食作用 や病原体排除の促進がある[ 1] 。
歴史
液性免疫の概念は、血清成分の抗菌 活性の分析を基に発展した。体液性理論の発展において、ハンス・ブフナー (英語版 ) がその功績を認められている[ 2] 。1890年、ブフナーは、血清 などの体液 中に存在し、微生物 を死滅すること能力を持つ「保護物質」を「アレキシン」と表現した。アレキシンは、後にパウル・エールリヒ によって「補体」と再定義され、細胞性免疫 と液性免疫の組み合わせにつながる自然応答の可溶性 成分であることが示された。この発見によって、自然免疫 と獲得免疫 の機能を橋渡しをすることができた[ 2] 。
1888年にジフテリア や破傷風 の原因となる細菌が発見された後、エミール・フォン・ベーリング と北里柴三郎 は、病気の原因が微生物そのものではないことを示した。彼らは、病気を引き起こすのには、細胞を含まない濾液 (ろえき)で十分であることを発見した。1890年、後にジフテリア毒素 と命名されたジフテリアの濾液を動物のワクチン接種 に使用し、免疫血清に毒素の活性を中和する抗毒素 が含まれており、免疫を持たない動物にも免疫を移すことができることを実証しようとした[ 3] 。1897年、パウル・エールリヒは、植物の毒素 であるリシン とアブリン (英語版 ) に対して抗体 ができることを示し、これらの抗体が免疫の主体であると提案した[ 2] 。エールリヒは同僚のフォン・ベーリングとともにジフテリア抗毒素 の開発を続け、これが現代の免疫療法 の最初の大きな成功となった[ 3] 。特定の適合性がある抗体の発見は、免疫の標準化と長引く感染症 の特定のための主要なツールになった[ 3] 。
抗体
免疫グロブリン は、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する糖タンパク質 で、抗体 として機能する。抗体(antibody )と免疫グロブリン(immunoglobulin )という言葉は、しばしば同じ意味で使われる。これらは、血液や組織液 、また多くの分泌物に含まれている。構造的には、大きなY字型の球状タンパク質 である。哺乳類には、IgA 、IgD 、IgE 、IgG 、IgM の5種類の抗体がある。それぞれの免疫グロブリンクラスは、その生物学的特性が異なり、異なる抗原に対処するために進化してきた[ 5] 。抗体は、免疫系のB細胞 に由来する形質細胞 によって合成され分泌される。
抗体は、細菌やウイルスなどの異物を識別して中和 するために、獲得免疫系によって使用される。それぞれの抗体は、その標的に固有の特異的抗原を認識する。抗体は、特定的抗原と結合することによって、抗体-抗原産物の凝集 や沈殿を引き起こしたり、マクロファージ や他の細胞による食作用を促したり、ウイルス受容体を遮断したり、補体経路などの他の免疫応答を刺激するなど、さまざまな働きを持つ。
不適合な輸血 を行うと、液性免疫応答を介した輸血反応 が起こる。急性溶血 反応と呼ばれるこの種類の反応は、宿主の抗体によってドナーの赤血球が急速に破壊(溶血 )される。その原因は通常、間違った患者に間違った血液単位を投与してしまうなどの誤記である。症状は発熱と悪寒で、時には背部痛と、ピンクまたは赤色の尿(血色素尿症 )を伴う。主な合併症は、赤血球の破壊によって放出されるヘモグロビン によって引き起こされる急性腎不全 である。
抗体の産生
液性免疫応答では、まずB細胞 が骨髄 で成熟し、B細胞受容体 (BCR)を細胞表面に多数提示 する[ 6] 。
BCRは膜貫通型タンパク質 複合体で、抗原の検出に特異的な抗体を含んでいる。ゆえに、それぞれのB細胞は、ある抗原 と結合する固有の抗体 を持っている。その後、成熟したB細胞は、骨髄からリンパ節 やその他のリンパ器官 に移動し、そこで病原体との遭遇が始まる。
液性免疫応答では活性化したB細胞 がその多くで関わっている。
B細胞の活性化
B細胞が抗原に遭遇すると、抗原はその受容体に結合し、エンドサイトーシス によってB細胞の内部に取り込まれる。抗原はリソソーム によって分解され、断片はMHCクラスIIタンパク質 によって再びB細胞の表面に提示される。
B細胞の増殖
このB細胞は、ヘルパーT細胞 (Th2)がこの複合体に結合するのを待つ。この結合によりTh2細胞が活性化され、サイトカイン を放出してB細胞を急速に分裂するよう誘導し、何千ものまったく同じB細胞のクローンが作られる。これらの娘細胞は、形質細胞 かメモリーB細胞 のいずれかになる。メモリーB細胞はここでは活動しないままであり、その後、これらのメモリーB細胞が再感染により同じ抗原に遭遇すると、分裂して形質細胞を形成する。一方、形質細胞は大量の抗体を産生し、循環系 に自由に放出される。
抗体-抗原反応
これらの抗体は、抗原に遭遇すると、結合して抗体-抗原複合体を形成する。これにより、宿主細胞と異物細胞の間における化学的な相互作用が阻害されたり、あるいは抗原部位の間にブリッジを形成して、正常な機能を阻害する。また、抗体-抗原複合体の存在がマクロファージまたはキラー細胞を引き寄せて、それらを攻撃させたり貪食 させたりする。
補体系
補体系 は、自然免疫系 の生化学的カスケード (英語版 ) であり、生体から病原体を排除することを助ける仕組みである。補体系は、血液中の多くの小さな血漿 タンパク質に由来しており、これらのタンパク質がともに働いて標的細胞の細胞膜 を破壊し、細胞溶解 (英語版 ) に至らせる。補体系は35種類以上の可溶性および細胞結合タンパク質で構成されており、そのうち12種類のタンパク質は補体経路に直接関与している[ 1] 。補体系は、自然免疫と獲得免疫の両方の活動に関与している。
このシステムが活性化されると、細胞溶解 (英語版 ) 、走化作用 、オプソニン化 、免疫除去、および炎症 につながり、同様に病原体を貪食 するためのマーキングにもつながる。このタンパク質は、血清 グロブリン 分画の5%を占めている。これらのタンパク質のほとんどは、タンパク質切断 されるまで不活性な酵素前駆体 (チモーゲン)として循環している[ 1] 。
補体系を活性化する生化学的経路には、古典的補体経路 (英語版 ) 、代替補体経路 (英語版 ) 、マンノース結合レクチン補体経路 (英語版 ) の3つがある。古典的補体経路は通常、活性化に抗体を必要とし、特異的免疫応答であるのに対し、代替経路は抗体の存在なしに活性化することができ、非特異的免疫応答であると考えられている。抗体、特にIgG1 クラスの抗体は、補体を「固定」することもできる。
参照項目
脚注
推薦文献