現在は、初めて自分の名前を冠したソロ・プロジェクト、アンドリュー・マクマホン・イン・ザ・ウィルダネスとして音楽活動をしており、2013年にEP『The Pop Underground』(Left Here Music)、2014年にファースト・アルバム『アンドリュー・マクマホン・イン・ザ・ウィルダネス』(Vanguard Records)をインディー・レーベルから発表。2017年には、ソロ名義でのメジャー・デビュー・アルバム『ファイヤー・エスケイプ (原題:Zombies On Broadway)』のリリースが発表された。
マクマホンは、グループの他のメンバーたちと高校生のときに出会っており、その後、冗談のつもりでサムシング・コーポレイトという名前を決めている。[2] マクマホンをフロントマンにしたサムシング・コーポレイトは、10曲入りのデモ・アルバム『Ready... Break』を2000年にレコーディングし、同アルバムがきっかけとなりインディ・レーベルDrive-Thru Recordsと契約に至り、翌年に全米デビューEP『Audioboxer』をリリースした。マクマホンの歌声、作曲スキル、そしてピアノ・サウンドが合わさった同アルバムの音楽性は絶賛され、Drive-Thru RecordsのディストリビューターであったMCA(現在のGeffen)との契約にまで発展し、2002年5月にはサムシング・コーポレイトのメジャー・デビュー・アルバム『Leaving Through the Window』のリリースが実現した。
その後、サムシング・コーポレイトは全米でのライヴ活動を始め、 Vans Warped Tourのメイン・ステージやNew Found Gloryのヨーロッパ・ツアーのオープニング・アクト等を経験し、2003年にはGeffen Recordsからセカンド・フル・アルバム『North』をリリースした。しかし、レーベルとの契約が終了した2004年にメンバー3人が脱退し、事実上の解散状態となった。
しかし、2009年12月4日、サムシング・コーポレイトは音楽フェスティバルBamboozle Left 2010と、Bamboozle Chicago 2010にて再結成ライヴを行うことを発表した。そしてBamboozleでの再結成ライヴを終えたバンドは、2010年秋に再結成ツアーを開催した。
そしてジャックス・マネキンとしての最初のアルバム『Everything in Transit』は2005年にリリースされた。同作のリリースとその成功によって、マクマホンはセカンド・アルバム『The Glass Passenger』を2008年9月にリリースした。そしてジャックス・マネキンの3枚目にして最後のアルバム『People and Things』が、2011年10月にリリースされた際にマクマホンは「(『The Glass Passenger』とは違って)このアルバムは少しだけ自由な作品になったかもしれない」と語っている。[4]
2012年2月2日、マクマホンはジャックス・マネキンとしての活動の終りを暗示し、「僕はこの名前を使うことが終わるであろうと感じている。ジャックス・マネキンが何かから本質的に解放されてしまっているという意味で、僕には自分のために何をすべきかが分からない。そして、今、何かを作るための本当に自由なアプローチが、沢山の混乱と騒ぎを含んだ人生でとても難しい時間のなかに包まれてしまっているんだ。だからそれを振り払うような方法を探すきっかけを考えていて、それはつまりジャックス・マネキンという名前からリタイアすることなのかもしれないとある程度思っているんだ。」[5] 2012年11月11日と12日、ジャックス・マネキンは、アンドリューが設立したディア・ジャック基金のイベントで彼らの最後のライヴを披露した。
2013年6月、最後のショーを記念したライヴ・アルバム『Live From The El Rey Theatre』がリリースされた。
2013年4月30日にマクマホンは、プロデューサーにMark Williamsと、Tony Hofferを迎えたEP『The Pop Underground』を自主レーベルLeft Here Musicからリリース。収録曲「Synesthesia」は、ソロとなってから最初のシングル曲となった。
アンドリュー・マクマホン・イン・ザ・ウィルダネス(2014年–現在)
2014年11月、マクマホンはアンドリュー・マクマホン・イン・ザ・ウィルダネスという名前の下、音源のリリースとツアーを行うことを自身のウェブサイトにて発表。[7] 2014年7月16日には、新しいソロ・プロジェクト初のシングル「セシリア・アンド・ザ・サテライト」をリリースした。同曲は生まれたばかりであった彼の娘セシリアへ送った楽曲であり[8] 、スマッシュヒットを記録した。2014年には、同アルバムの発売を記念する北米ツアーを行い、2015年9月には東京 渋谷CLUB QUATTROと大阪 心斎橋SOMAにて来日公演を開催した。
また2016年夏には、Weezer&Panic! at the Disco のツアーにサポート・アクトとして参加した。[9]