Hodge's home at 1 Church Hill Place, Edinburgh
サー・ウィリアム・ヴァーランス・ダグラス・ホッジ FRS FRSE [ 2] (Sir William Vallance Douglas Hodge 、1903年 6月17日 - 1975年 7月7日 )はイギリス の数学者、特に幾何学者である[ 3] [ 4] 。
代数幾何学 と微分幾何学 の間の広範囲にわたる位相幾何学 的関係(現在ホッジ理論 と呼ばれ、より一般にケーラー多様体 に関連する)に対するホッジの発見は、幾何学におけるその後の発展に大きな影響を及ぼした。
生涯と経歴
ホッジは1903年にエディンバラ に、公記録の検査官であるアーチバルド・ジェームズ・ホッジ(Archibald James Hodge)とその妻ジェーン・ヴァランス(Jane Vallance)との息子として生まれた[ 5] 。一家は、モーニングサイド地区のワンチャーチヒル街に住んだ[ 6] 。
ホッジはジョージ・ワトソン大学 (英語版 ) に入学し、エディンバラ大学 で学び、1923年に修士号を得た。E. T. ホイッテーカー (その息子のJ. M. ホイッテーカー (英語版 ) は大学時代の友人)からの助力により、ホッジはケンブリッジ数学優等卒業試験 (英語版 ) を受けた。ケンブリッジでは、幾何学者H.F. ベイカー (英語版 ) の影響下にあった。1925年に2つ目の修士号を得た。
1926年ホッジはブリストル大学 にて教員の地位につき、代数幾何学のイタリア学派 (英語版 ) 、特にフランチェスコ・セヴェリ (英語版 ) により提出された問題と、ソロモン・レフシェッツ の位相幾何学的手法の間の境界領域について研究を始めた。アティヤの回想によれば、1931年レフシェッツとホッジはケンブリッジのマックス・ニューマンの部屋で会議をし、問題を解決しようとしていた。最後にはレフシェッツは納得した[ 2] 。1928年、ホッジはエディンバラ王立協会 のフェローに選出された。推薦人はエドマンド・テイラー・ホイッテーカー 卿とラルフ・サムプソン 、チャールズ・バークラ 、チャールズ・ゴールトン・ダーウィン だった。ホッジは1964年から1968年の期間、Gunning Victoria Jubilee賞を授与された[ 5] 。
1930年ホッジはケンブリッジのセントジョンズカレッジ にて研究奨学金を授与された。レフシェッツがいたプリンストン大学 で1931年から1932年までの1年間を過ごし、ジョンズ・ホプキンズ大学 でオスカー・ザリスキ も訪問した。この時、ホッジはド・ラームの定理 を理解し、ホッジスター作用 を定義した。それにより、ホッジは調和形式 を定義し、そしてド・ラーム理論を洗練することができた。
ケンブリッジに帰ると、1933年大学講師の地位を与えられた。ホッジはケンブリッジで天文学と幾何学のロウンディーン教授となり、1936年から1970年までその地位に就いた。ホッジはDPMMS (英語版 ) (純粋数学・数理統計学部門)の最初の部門長となった。1938年ロンドン王立協会 のフェローに選出される。
ホッジは1958年から1970年までケンブリッジのペンブルック・カレッジ の学長であり、1959年から1965年まで王立協会 の副会長だった。ホッジは1959年ナイト爵位を授けられた。その他の栄誉としては、1937年Adams賞 (英語版 ) を、1974年王立協コプリメダル を受け取った。
ホッジは1975年7月7日ケンブリッジ にて死去した。
業績
ホッジの指数定理 (英語版 ) は、代数曲面 上の曲線に対する交点数 理論の結果である。定理は、対応する二次形式 の符号を決定する。この結果は、代数幾何学のイタリア学派 (英語版 ) により追求されたが、レフシェッツ の位相幾何学的手法により証明された。
調和積分の理論と応用[ 7] は1930年代のホッジの一般理論の開発を要約したものである。これは、ラプラシアン 理論の一つのケーラー計量 の存在と共に始まる。それは、射影空間 自体がそのような計量を伴うため、(複素、射影、非特異を仮定した)代数多様体 Vに応用される。ド・ラームコホモロジー の用語では、次数kのコホモロジー類はあるk -form α on V(C )により表現される。唯一の代表系はないが、調和形式のアイデアを導入することにより(ホッジはそれにもかかわらずそれらを「integrals」と呼んだ)、それらはラプラス方程式 の解となり、唯一のαが得られる。これは、(正則微分 dzi とその複素共役により張られた余接空間である)αを組み立てるために固定したdzi の数字p によれば、
H k (V(C ), C )
を部分空間
H p ,q
に分裂させる重要で即座に従う結果である。その部分空間の次元はホッジ数 である。
このホッジ分解 は基本的なツールである。次元hp ,q は、識別可能な幾何学的意味を持った部分に細分することにより、ベッチ数 を洗練させるだけでなく、ホッジ分解それ自身が複素ベクトル空間における変化する「フラグ」として、モジュライ問題 に関連した意味を持つ。広い言い方をすれば、ホッジ理論は代数多様体の離散的・連続的双方の分類に貢献するのである。
他の人々によるさらなる発展は、特異多様体上の混合ホッジ構造 (英語版 ) のアイデアと、エタールコホモロジー との深いアナロジーに到った。
ホッジ予想
「中間の」空間Hp ,p に関するホッジ予想 は一般の場合、まだ未解決である。この予想は、クレイ数学研究所 により提起された七つのミレニアム問題 の一つである。
解説
ホッジは、ダニエル・ペドウ (英語版 ) と共に、多くの具体的な内容をもつ古典的な代数幾何学についての3巻からなる著作『代数幾何学の方法』を執筆した。この本はしかし、エリ・カルタン が「指数のらんちき騒ぎ(the debauch of indices)」と呼んだ事柄を描写している。アティヤ によれば、これはH.F. ベイカー (英語版 ) の『幾何学原理』をアップデートし、置き換えることが意図されている。
家族
1929年ホッジは、キャスリーン・アン・キャメロンと結婚した[ 5] 。
著作物
Hodge, W. V. D. (1941), The Theory and Applications of Harmonic Integrals , Cambridge University Press , ISBN 978-0-521-35881-1 , MR 0003947 , https://books.google.com/books?id=-8k8AAAAIAAJ
Hodge, W. V. D.; Pedoe, D. (1994) [1947], Methods of Algebraic Geometry, Volume I (Book II) , Cambridge University Press , ISBN 978-0-521-46900-5 [ 8]
Hodge, W. V. D.; Pedoe, Daniel (1994) [1952], Methods of Algebraic Geometry: Volume 2 Book III: General theory of algebraic varieties in projective space. Book IV: Quadrics and Grassmann varieties. , Cambridge Mathematical Library, Cambridge University Press , ISBN 978-0-521-46901-2 , MR 0048065 , https://books.google.com/books?id=bJwbn3RSWhwC [ 9]
Hodge, W. V. D.; Pedoe, Daniel (1994) [1954], Methods of Algebraic Geometry: Volume 3 , Cambridge University Press , ISBN 978-0-521-46775-9 , https://books.google.com/books?id=XeX_p8pHCAIC [ 10]
関連項目
脚注
^ Hodge biography - University of St Andrews
^ a b Atiyah, M. F. (1976). “William Vallance Douglas Hodge. 17 June 1903 -- 7 July 1975”. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society 22 : 169–192. doi :10.1098/rsbm.1976.0007 .
^ O'Connor, John J.; Robertson, Edmund F. , “ウィリアム・ホッジ” , MacTutor History of Mathematics archive , University of St Andrews , https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Hodge/ .
^ ウィリアム・ホッジ - Mathematics Genealogy Project
^ a b c Biographical Index of Former Fellows of the Royal Society of Edinburgh 1783–2002 . The Royal Society of Edinburgh. (July 2006). ISBN 0-902-198-84-X . https://www.royalsoced.org.uk/cms/files/fellows/biographical_index/fells_indexp1.pdf
^ Edinburgh and Leith Post Office Directory 1903-4
^ Struik, D. J. (1944). “Review: W. V. D. Hodge, The theory and applications of harmonic integrals ” . Bull. Amer. Math. Soc. 50 (1): 43–45. doi :10.1090/s0002-9904-1944-08054-3 . http://projecteuclid.org/euclid.bams/1183505582 .
^ Coxeter, H. S. M. (1949). “Review: Methods of algebraic geometry . By W. V. D. Hodge and D. Pedoe” . Bull. Amer. Math. Soc. 55 (3, Part 1): 315–316. doi :10.1090/s0002-9904-1949-09193-0 . http://www.ams.org/journals/bull/1949-55-03/S0002-9904-1949-09193-0/S0002-9904-1949-09193-0.pdf .
^ Coxeter, H. S. M. (1952). “Review: Methods of algebraic geometry. Vol. 2. By W. V. D. Hodge and D. Pedoe” . Bull. Amer. Math. Soc. 58 (6): 678–679. doi :10.1090/s0002-9904-1952-09661-0 . http://www.ams.org/journals/bull/1952-58-06/S0002-9904-1952-09661-0/S0002-9904-1952-09661-0.pdf .
^ Samuel, P. (1955). “Review: Methods of algebraic geometry . Vol. III. Birational geometry . By W. V. D. Hodge and D. Pedoe” . Bull. Amer. Math. Soc. 61 (3, Part 1): 254–257. doi :10.1090/s0002-9904-1955-09910-5 . http://www.ams.org/journals/bull/1955-61-03/S0002-9904-1955-09910-5/S0002-9904-1955-09910-5.pdf .