バランシーン (Balanchine) とはアメリカ合衆国で生産され、イギリスおよびアラブ首長国連邦で調教を受けた競走馬である。イギリス、アイルランド、フランスで走り、通算8戦4勝。ゴドルフィン所有馬で初のクラシックホースとなった[1]。1994年にカルティエ賞最優秀3歳牝馬に選出された。競走馬を引退したあと繁殖牝馬となった。半姉にイギリスG2サンチャリオットステークス優勝馬レッドスリッパーズ、半弟にイギリスG2ジョッキークラブステークスなど重賞2勝のロマノフ(ともに父ヌレイエフ)がいる。
名前はロシア(グルジア)の男性バレエ振付師ジョージ・バランシンに由来する。
経歴
1993年、ホワイトマズルなどを管理するイギリスのピーター・チャップルハイアム調教師の管理馬として、2歳9月にデビューし、初戦から2連勝したがその後休養に入る。この間に管理がドバイのヒラール・イブラヒムに移る。
翌1994年はプレップレース(前哨戦)を使わないままG1・1000ギニーに出走。7か月ぶりの実戦とあって低評価だったが、このレースより手綱を取ったランフランコ・デットーリを背に、勝ったラスメニーナスから短頭差の2着に入る。続いてオークスに出走し、ウインドインハーヘア(ディープインパクトの母)に2馬身半差をつけて勝利[2]。
さらに、牡馬相手のアイリッシュダービーに出走。並み居る強豪を相手に、ダービーステークス2着馬キングスシアターに4馬身半差を付けて圧勝するが、故障のためそのまま休養に入った。このレースで2着のキングスシアターがその年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに優勝、5着のティッカネンがその年のブリーダーズカップ・ターフに優勝し、バランシーンの評価はさらに高まった。この活躍が評価されて、休養中の秋にカルティエ賞最優秀 3歳牝馬を受賞。また、この間にサイード・ビン・スルール厩舎に再移籍した。
古馬になってからは3つの競走に出走したが、凱旋門賞へのプレップレース・フォワ賞で僅差の2着となったものの、本番の凱旋門賞では優勝したラムタラから12馬身離された10着に敗れ、この競走を最後に競走馬を引退した。その後は繁殖牝馬となったが、自身を上回るような活躍馬は登場していない。
ドバイ・メイダン競馬場で行われるドバイワールドカップカーニバル中に行われる重賞競走に、本馬の名が冠された牝馬限定競走「バランシーンステークス」が2004年に創設されている。
2021年2月12日、余生を過ごしていたアメリカのゲインズボローファームで死亡した[1]。
競走成績
- 1993年 (2戦2勝)
- 1994年 (3戦2勝)
- エプソムオークス (G1) 、アイリッシュダービー (G1) 、1000ギニー (G1) 2着
- 1995年 (3戦0勝)
血統表
脚注
外部リンク