当初、ヴェルディもピアーヴェも新作の題材に関して特定の目論見があったわけではなく、大デュマの『キーン』Kean(1836年)なども候補として真剣に検討がなされたようだが、同月28日のヴェルディ発ピアーヴェ宛の書簡で、彼は初めてヴィクトル・ユーゴー作『王は愉しむ(フランス語版、英語版)』Le Roi s'amuseに言及し、ピアーヴェに即座に戯曲を入手し、同時に市当局の有力者にオペラ化に問題がないかどうか打診するように指令している。ヴェルディは、同戯曲の主人公である道化師トリブレ(Triboulet)を「全ての劇場、全ての時代が望みうる最高の登場人物」とまで高く評価していた。
この段階ではピアーヴェは有力者の誰かから何らかの好感触を得たものとみえ、1850年6月には2人は戯曲をどのようにオペラ化していくかの相談を行っている。ヴェルディの希望はユーゴーの原作にできるだけ忠実に従うというもので、ピアーヴェはその通りに作業を進めている。ただし彼らも『王は愉しむ』という刺激的な題名は許可されないだろうと考えていたようで、タイトルは『サン=ヴァリエの呪い』La Maledizione di Saint-Vallierあるいはもっと単純に『呪い』が有力候補となり、主人公の道化師は原作でのトリブレのイタリア語トゥリボレット(Triboletto)となっていた。
ピアーヴェは、国王フランソワ1世をその時代の単なる一貴族に変更する、トゥリボレットを不具者としない、などいくつかの改変を施した別稿『ヴァンドーム公爵』Il Duca di Vendomeを作成、それがヴェネツィアの検閲当局を満足させることを確認の上ブッセートのヴェルディに送付した。しかし今度はヴェルディが納得しなかった。彼は、好色な君主が放恣の限りを尽くすこと、道化師に醜悪な外見と誇り高い内面の二面性があること、に価値を見出していたからである。ヴェルディの返答を受けて、ピアーヴェ、マルザーリらは改めて精力的に当局と折衝し、「物語の場所と時代を変更すること」を唯一の許可条件とするまでの譲歩を引き出した。
第1場、幕が開くと公爵邸の大広間。舞踏会が催され、舞台裏のバンドが賑やかに音楽を奏でている。マントヴァ公爵は最近日曜日の度に教会で見かける美しく若い娘のことが気になっているが、まずはチェプラーノ伯爵夫人を今夜の獲物と定め、次から次へと女性を手玉に取る愉しみを軽快なバッラータ『あれかこれか』Questa o quellaに歌う。やがて伯爵夫人が現れ、公爵は言葉巧みに口説き落とし別室へと連れて行く。夫人の行方を捜し歩くチェプラーノ伯爵はリゴレットによって笑いものにされる。一方、リゴレットの娘ジルダの存在を嗅ぎ付け、それがせむし男リゴレットの情婦だと勘違いした廷臣たちは噂話を続けている。そこへ老人モンテローネ伯爵が娘の名誉が傷つけられたとして抗議に現れる。リゴレットは彼もまた嘲笑の的にしようとするが、モンテローネは公爵とリゴレットに痛烈な呪いの言葉をかけ、リゴレットは内心恐怖に打ち震える。
ジルダが行方不明になったとの報は公爵にも伝わり、いつもは単に好色な彼も、珍しく殊勝にもその身を案じるアリア『あの娘の涙が見えるようだ』Parmi veder le lagrimeを歌う。しかし廷臣たちが、若い娘を誘拐し、殿下の寝室に待たせております、と自慢話を始めると、それがジルダであると悟り浮き浮きと寝室に去る。入れ替わりにリゴレット登場、道化話で態度を取り繕いながら娘の所在を探し回る。公爵夫人の小姓と廷臣たちの会話を小耳にはさみ、ジルダが公爵と共に寝室にいると確信したリゴレットは、娘の返還を訴える劇的なアリア『悪魔め、鬼め』Cortigiani, vil razza dannataを歌う。ジルダが寝室を飛び出してきてリゴレットと再会する。彼女は、貧しい学生と名乗る男には教会で初めて出会ったこと、裏切られたと知った今でも、彼への愛情は変わらないことを父親に切々と訴える。一方リゴレットは、モンテローネに替わって自分こそが公爵に復讐するのだと天に誓う。
第3幕
ミンチョ河畔のいかがわしい居酒屋兼旅荘。中にはスパラフチーレと、騎兵士官の身なりをした公爵、外にはリゴレットとジルダ。公爵に対する未練を捨て切れないジルダに、リゴレットは「では真実を見るのだ」と壁穴から中を覗かせる。公爵は、女はみな気まぐれ、と、有名なカンツォーネ『女は気まぐれ(女心の歌)』La donna è mobileを歌う。スパラフチーレの妹マッダレーナが現れ、公爵の気を惹く。マッダレーナを口説く公爵、色目を遣ってその気にさせるマッダレーナ、外から覗いて嘆き悲しむジルダ、娘の名誉のため改めて復讐を誓うリゴレットの4人が、これも有名な4重唱『美しい愛らしい娘よ』Bella figlia dell'amoreを繰り広げる。リゴレットは娘に、この街を去りヴェローナに向けて出発せよと命令する。
Bella figlia dell'amore,
Schiavo son dei vezzi tuoi;
Con un detto sol tu puoi
Le mie pene consolar.
Vieni e senti del mio core
Il frequente palpitar.
MADDALENA rispondendo al duca:
Ah! ah! rido ben di core,
Che tai baie costan poco
Quanto valga il vostro gioco,
Mel credete, so apprezzar.
Son avvezza, bel signore,
Ad un simile scherzar.
GILDA a sé stessa:
Ah, così parlar d'amore
A me pur l'infame ho udito!
Infelice cor tradito,
Per angoscia non scoppiar.
RIGOLETTO a Gilda:
Taci, il piangere non vale...
Ch'ei mentiva sei sicura.
Taci, e mia sarà la cura
La vendetta d'affrettar.
Sì, pronta fia, sarà fatale,
Io saprollo fulminar.
マントヴァ公爵の役名はイタリア語台本でもIl Duca di Mantovaとのみ記されているが、この時代設定からすると、作曲家モンテヴェルディや画家ルーベンスなどの庇護者として知られたヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガのはずである。当初はその本名に言及する台本が作成されていたが、最終的には1851年2月24日前後の検閲で単に「マントヴァ公爵」とさせられた。もっとも台本作家ピアーヴェによれば「これは大したことではない。この時代誰がマントヴァを統治していたかは皆知っているのだから」。確かにヴィンチェンツォに金銭的には浪費家の一面はあったが、ヴェネツィア検閲当局によって彼は不当にも好色家・放蕩家の汚名をも着せられることとなった。
^公爵の台詞 le mie pene は la mia pena (私の痛み)の複数形であり、公爵の生殖器(私の生殖器 il mio pene)ではない。モーツァルトのアリア『Cara, se le mie pene いとしい人、もしも私の痛みが』(1769年)と同様である。Le mie pene が男性器を意味する場合は、例えばある特定の男性の生殖器の写真が複数枚あるような状態である。