ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64, MWV O 14 は、フェリックス・メンデルスゾーン が1844年 に作曲したヴァイオリン と管弦楽 のための協奏曲 である。
明るい華やかさ、幸福感と憂愁の両面を併せもち、穏やかな情緒とバランスのとれた形式、そして何より美しい旋律でメンデルスゾーンのみならず、ドイツ・ロマン派音楽 を代表する名作であり、本作品はベートーヴェンの作品61 やブラームスの作品77 と並んで「3大ヴァイオリン協奏曲 」と称される。また、単に「メンデルスゾーンのコンチェルト(協奏曲 )」と言う場合、本作品以外の協奏曲を指すことがほとんどないため、日本の音楽愛好家はこれを短縮した『メンコン 』の愛称で本作品を呼び習わしている。
作曲の経緯
本作について最初に言及されているのは、1838年 、メンデルスゾーンがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 の常任指揮者の地位にあった時、そのコンサート・マスター であったフェルディナント・ダヴィッド に送った手紙で、「翌年の冬までにはホ短調の協奏曲を贈る」との内容が書かれている。しかし、実際に翌年には完成せず、演奏上の技術的な助言をダヴィッドから得ながら作曲は進められ、結局この作品が完成したのは、最初の手紙から6年後の1844年 9月16日 のことであった。
メンデルスゾーンは本作品以前にもう1曲、『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 』(MWV O 3)を作曲しているが、こちらは1951年 にヴァイオリニスト のユーディ・メニューイン が再発見するまで永い間忘れられており、本作品とは知名度に大きな差がある。また、それぞれ2曲ずつあるピアノ協奏曲(第1番 と第2番 )や2台のピアノのための協奏曲(ホ長調 と変イ長調 )、『ヴァイオリンとピアノのための協奏曲 ニ短調 』(MWV O 4)など、メンデルスゾーンのその他の協奏曲は、いずれも本作品のような知名度はない。
初演は1845年 3月13日 にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 の演奏会にて行われ、フェルディナント・ダヴィッド のソロヴァイオリン、指揮は副指揮者のニルス・ゲーゼ (当初はメンデルスゾーン自身が指揮を執る予定であったが、体調を崩していたため初演の際にはフランクフルト に滞在していた)が行った。
ピアノ協奏曲 ホ短調 MWV O 13
メンデルスゾーンは1842年から44年ごろにかけて、ホ短調のピアノ協奏曲の作曲を試みたが、2楽章までのピアノスコアと、第1楽章冒頭のオーケストレーションに手を染めたところで中断してしまう。この曲は本作と調性が同じであり、類似点が多く指摘されていることから、メンデルスゾーンは同曲作曲の途中でヴァイオリン協奏曲に移行したのではないかと考えられている。アメリカ のメンデルスゾーン研究家であるR. ラリー・トッド(R. Larry Todd)はこの考えに基づき、第1・2楽章のオーケストレーションと共に本作の第3楽章を転用した補筆版を発表しており、こちらはCDもリリースされている。
楽器編成
独奏ヴァイオリン、フルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 2、トランペット 2、ティンパニ 、弦五部 。
曲の構成
ヴァイオリン:スジン・ハン 指揮:ホン・ソグォン 演奏:ハンギョン・アルテ・フィルハーモニック 録音:2022年
全3楽章、演奏時間は約30分。全ての楽章を中断なく続けて演奏するよう指示されている[ 2] が、これは後年シベリウス の交響曲 に見られるような有機的なつながりによるものではなく、各楽章の楽想はむしろ独立性が強い。したがって、連続して演奏するようにという指定は、作品の持つ流動感や漸進性を中断させないための配慮であると考えられている[ 注 1] 。これは『ピアノ協奏曲第1番 ト短調 』(作品25, MWV O 7)にも応用されている。
また、それまでは奏者の自由に任されることが多かったカデンツァ 部分も全て作曲し、音を書き込んでいる。これはベートーヴェン の『ピアノ協奏曲第5番《皇帝》 』と同様、曲の統一性のためである。
また、3大ヴァイオリン協奏曲の中では演奏時間が最も短く、オーケストラが活躍する場面が多くない一方で、独奏ヴァイオリンが休みなく弾きっぱなしになっている。
第1楽章 アレグロ ・モルト ・アパッショナート
ホ短調 、2分の2拍子 (アラ・ブレーヴェ )、ソナタ形式 。
オーケストラによる序奏が無く、上述の通りほぼ休むことなく独奏ヴァイオリンが主題を提示している。弦楽器の分散和音に載って独奏ヴァイオリンが奏でる流麗優美な第1主題は、大変有名な旋律で、商業放送などで親しまれている。旋律に続いて独奏ヴァイオリンが技巧的なパッセージを奏で、オーケストラが第1主題を確保する。続いて力強い経過主題が表れ、独奏ヴァイオリンが技巧を誇示する。第2主題は木管楽器群で穏やかに提示される。これを独奏ヴァイオリンが引き継ぎ、展開部となる。
展開部の終わりにカデンツァが置かれていることもこの作品の特徴であり、その音符が全て書き込まれているのも、この時代としては画期的なことであった。しかもアルペッジョ が多用され、パガニーニ の『24の奇想曲 』の第1番に強く類似していて華々しい。
カデンツァの後で再現部となり、最後に長いコーダが置かれている。ここで独奏ヴァイオリンが華やかな技巧的な音楽を繰り広げ、最後は情熱的なフラジオレット で高潮して終わる。
演奏時間は約13~14分。
第2楽章 アンダンテ
ハ長調 、8分の6拍子、三部形式 。
第1楽章からファゴット が持続音を吹いて第2楽章へと導く。主部主題は独奏ヴァイオリンが提示する優美な主題。中間部はやや重々しい主題をオーケストラが奏で、これを独奏ヴァイオリンが引き継ぐ。その後はしばらく重音 が続き、第2楽章の主部に戻る。
演奏時間は約8~9分。
第3楽章 アレグレット ・ノン・トロッポ - アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
ホ短調 - ホ長調 、4分の4拍子、ソナタ形式。
楽章の始めに第2楽章の中間部の主題に基づく序奏が置かれている。主部に入るとホ長調に転じて管楽器とティンパニ が静寂を破り独奏ヴァイオリンが第1主題の断片となる軽快な動機を繰り返すが、5度目に第1主題として演奏を始める。技巧的な経過句を軽やかに抜け力強い第2主題へ至る。初めオーケストラにより提示された第2主題はオーケストラがそれを変形する上で独奏ヴァイオリンによって確保される。
展開部では独奏ヴァイオリンによる第1主題の後、新たな荘重な主題が提示される。展開部はこの2つの主題を軸に音楽が進んでゆく。再現部はホ長調による型通りのもの。最後に華々しいコーダ が置かれ全曲の幕を閉じる。
演奏時間は約6~7分。
エピソード
作曲家の諸井誠 は、本作を収録したLP「これがメンデルスゾーンだ!」(1974年 、CBSソニー)の解説で、高名な海外ヴァイオリニスト(名は伏せてある)が来日して学生たちと「史上最高のヴァイオリン協奏曲は?」の話題になった際、ベートーヴェンを「最高の音楽だが最高の協奏曲ではない」、ブラームスを「ヴァイオリン独奏付の交響曲でしかない」、チャイコフスキーを「メンデルスゾーンに酷似しすぎている」と退けたあげくに同曲を押したエピソードを紹介、独奏パートがとりわけ奏者から愛されていることを示唆している。
その他
脚注
注釈
^ 作曲当時、演奏会に於ける普通の習慣となっていた楽章間の拍手をメンデルスゾーン自身が嫌い、全曲をひとつの作品として聴かせるための工作だった、との指摘も存在する[ 2] 。
出典
外部リンク