別海駅
別海駅(べっかいえき)は、かつて北海道野付郡別海町(べつかいちょう)別海旭町に設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)標津線の駅(廃駅)である。電報略号はヘカ。事務管理コードは▲111723[2]。 歴史
駅名の由来→「別海町 § 町名の由来」も参照
旧称である西別は旧地区名であり、現在の西別川のアイヌ語名「ヌウㇱペッ(nu-us-pet)」(豊漁の・川)に由来する[5][6][7][8]。 その後1976年(昭和51年)の駅舎改築に際して、町名に合わせる形で改名されている[3]。この改名に際し、別海町は各種表記の修正や乗車券類の廃棄費用として、456,516円を負担している[3]。 なお、駅名は「べっかい」であるが、のちに町名の読みは公的には「べつかい」に統一されている。また「別海」の地名自体は本来、同町海岸沿いの本別海地区のアイヌ語名を発祥とするが、1934年(昭和9年)に村役場が西別に移ったことで地名も移動した[5][9]。 駅構造貨物及び荷物取り扱い廃止までは、駅舎に接する単式ホームと島式ホームからなる国鉄型配線の2面3線を有する列車行き違い可能駅であった。このうち島式ホームの外側の線は副本線として主に貨物の留置き、あるいは構内東側からの貨物の積降用に使用された。駅舎は構内の西側(中標津方面に向かって左側)にあり、駅舎横の中標津側には貨物積降場が設けられ、中標津側から駅舎横まで貨物積降線が1本引き込まれていた。このため駅舎前のホームは厚床寄り、島式ホームは中標津寄りにずれて置かれ、駅舎側ホームの駅舎正面から島式ホームの厚床側端へ線路を横切る形で連絡通路があった。 貨物及び荷物取り扱い廃止後は副本線と貨物積降線が撤去され、廃駅となるまで相対式(※単式と島式の片面使用)ホーム2面2線を有する列車行き違い可能駅であった。 廃止時点での駅舎は1976年(昭和51年)に落成した鉄骨造平屋のものであった[3]。駅の近くには、この線が完成する以前の1929年(昭和4年)から1956年(昭和31年)まで、最盛期の1939年(昭和14年)から1949年(昭和24年)には別海町上春別の春日停車場を経て同線本線の西春別駅前(新西春別停車場)まで繋がる、殖民軌道西別線の停車場が置かれていた。 利用状況乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。
駅周辺現況隣の駅脚注
関連項目 |