坊つちやん (映画)『坊つちやん』(ぼっちゃん)は、夏目漱石の中編小説『坊つちやん』を原作とした映画化作品。これまでに5度映画化され、1935年版、1953年版、1958年版、1966年版、1977年版がある。 1935年版P.C.L.映画製作所(現在の東宝)制作。1935年3月14日公開。82分。白黒。 キャスト
スタッフ1953年版キャスト
スタッフ
1953年版キャスト
スタッフ
製作池部良が佐藤一郎東宝プロデューサーに「藤本(真澄)プロデューサーも、悪くない人だと思うけど、何か、便所へ入ったときの思いつきで(映画を)製作しているようだし(池部)良ちゃんのためにという作品を作る情熱はまるでないみたい。そんなものばかりに出演されている没個性な良ちゃんが、僕、悲しいのよ、僕も良ちゃんも、文学青年。僕、良ちゃんをバックアップして、良ちゃんに、ばっちりハマった文芸映画を作ってみたいと思ってるんだ」などと口説かれ[1]、同じ江戸っ子の心意気に池部は感激し、佐藤は「良ちゃんは三船君みたいに、ただ怒鳴りまくってればいいという俳優さんじゃないです。知性と理性に包まれた馨しい人で、言うなれば、ジェラール・フィリップみたいな役者だと思うよ」「差し当たって、どんな作家のものを演ってみたい?」と聞かれたが、何も頭に浮かばなかった池部は、薄暗い畳の毳立つその部屋から『坊つちやん』の一場面を思い浮かび、「夏目漱石の『坊つちやん』はどう?」と思い付きで言ったら佐藤が「『坊つちやん』、いいんじゃない。僕達、江戸っ子だからピンと来るよね。広島だか岡山出身の藤本(藤本真澄)の抵抗に遭うかも知れないけど、森さん(森岩雄製作本部長)を拝み倒して、何とかいい文芸作品にしてみせましょう」と言った[1]。ところがその後一向に佐藤から連絡もなく、忘れかけていたころ、佐藤から電話があり、「八田尚之に書いてもらって、丸山誠治監督、マドンナに岡田茉莉子さん、清が浦辺粂子さん、小沢栄の山嵐、赤シャツは森繁久弥さん、東京映画で撮ります」と言った。池部は「東京映画って何ですか?」「僕は東宝専属ですから、そんな、訳の解らないところで撮影するのは、勘弁して頂きたい」と言ったら、佐藤は「東宝も年間の製作本数、全部丸抱えで作ると、客の入りが悪くて損しちまうと、穴埋めが上手くいかないから、外注の形式の会社を作ったんだよ。興行成績が良ければ東宝が載く。悪けりゃ東京映画や新東宝が、足出し分背負わされちまう、てなことにしたわけよ。ケチな商法で、映画会社を経営しようって、これの推進役が、森本部長で、その尻馬に乗っているのが藤本よ。経営から言えば、それでいいんだろうけど、映画が好きだからという、熱き血潮が失くなっちまってるというのは困るよね。森先生も森先生だ。藤本と、どう関係しているのか、どう利用しているかは知らないけど、冷たいよ、映画人じゃないね」などと上司と同僚をボロカスに批判し、「東京映画って、どこにあるんですか?」と池部が聞いたら「国電の目黒駅を降りて、白金の方へ4、5分歩いたとこ。戦争中、海軍大学の机上作戦演習室の大きな格納庫みたいな建物を使ってんだ」と言った[1]。 1958年版キャスト
スタッフ1966年版キャスト
スタッフ同時上映『スチャラカ社員』 1977年版
キャストスタッフ
同時上映脚注参考文献
外部リンク
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