学力低下学力低下(がくりょくていか)とは、基礎学力などの学力の低下を社会問題として指摘した概念。 日本日本では特に1980年代以降から2010年代において学力が低下したとする教育問題をいう[1]。ここでは、主に2010年代に起こった学力低下について取り上げる。 試験・調査の結果国際的機関による調査
2019年12月に発表されたPISA2018は、15歳(高校1年生)でゆとり教育(移行期間)と脱ゆとり教育を受けた世代として結果が注目されたが、読解力は72か国中8位→79か国中15位(信頼区間は499~509点、有意差のない順位は11位~20位)20位。数学的リテラシーは72か国中5位→79か国中8位へ(信頼区間は6位〜8位)8位、科学的リテラシーは72か国中2位→79か国中5位へ(信頼区間4~5位)5位へ、と全分野で順位を下げ、過去最低となった。また、同一問題による正答率の比較でも、前回を下回る問題の方が多かった[2]。 PISA2015では、日本は読解力でECD加盟国において、平均で20%近い生徒が、実生活で効果的、生産的に読解の能力を発揮し始めるレベルである基礎的習熟度レベル(レベル2)に達していない。日本の場合、13%の生徒が読解力でレベル2を下回っているが、これは2009年の割合と同程度である。さらにPISA2018では、日本は、「数学的リテラシー」が今回各国中6番目で、平均得点は2003年から2018年まで安定して推移している。「科学的リテラシー」は各国中5番目となっており、前回の調査(2015年)同様、世界トップレベルを維持している[3]。 PISAで読解力を測定する3つの能力(情報を探し出す、理解する、評価し熟考する)について、平均得点が比較可能(読解力が中心分野)である2000年、2009年、2018年の結果を踏まえると、「理解する」能力は平均得点が安定的に高かった。一方、「情報を探し出す」と「評価し、熟考する」能力は、2009年調査結果から平均得点が低下した。小学校3年から中学校3年までゆとり教育を7年間受けたPISA2009世代と、小学校1・2年時に移行措置中のゆとり教育を、以降の7年間は脱ゆとり教育を受けたPISA2018世代を比較すると、PISA2009世代が全分野の得点で上回っており、読解力については有意な得点差となっている。
2003年に国際教育到達度評価学会(IEA)が行った国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2003)では、小学4年生の算数の平均得点は1995年より3点低くなったが統計上の誤差を考慮すると有意差はなかった[4]。小数第2位までのひき算「4.03-1.15」では、正答率が95年の87.3%から03年の72.3%へと15.0ポイントも下げている。中学2年生の数学同一問題全79題の平均正答率は、1999年より4%低くなっていて、前回より上がった問題が7問、下がった問題が72問となっている。 同時に行われた調査では、「数学の勉強が楽しい」かについて「強くそう思う」割合は9%(前回は6%)と若干増えたものの、国際平均29%と比べると依然低いままであった。また「そう思う」割合は30%(前回33%)、「そう思わない」「まったくそう思わない」割合は61%(前回61%)、前々回(1995年)の54%より7%増えた。 国内機関による調査
2003年に国立教育政策研究所が行った平成15年度 小・中学校教育課程実施状況調査 (無作為抽出により、1学年1教科1問題冊子当たり、1万6千人対象 小学校 1万6千人×4教科×3冊子÷2(1人2教科)×1.1×2学年 中学校 1万6千人×5教科×3冊子÷3(1人3教科)×1.1×3学年) では、多くの学年、教科で前回調査と同一の問題については、正答率が有意に上昇した設問が、正答率が有意に下降した問題よりも多かった。特に、小学生と中学3年生の上昇が顕著で、理科では前回より正答率が上昇した。また、アンケートで「勉強が好き」「どちらかというと好きだ」と答えた子の割合は増加傾向にあった。
2007年4月13日に文部科学省が発表した教育課程実施状況調査 (6教科12科目。1科目1問題冊子当たり 1万6千人対象。各教科問題冊子は二種類のうち一つ)国内においてのみの調査なので、国際比較はできない。 では、平成10年以降の指導要領で学んだ高校生はそれ以前の指導要領で学んだ高校生に比べ、同じ内容の問題181問(総数657問中)において、145問は正答率が前回並、26問は前回を上回り、10問は前回を下回るという結果になった。内訳は、国語(上1、同4、下5)、数学(上0、同11、下0)、英語(上4、同16、下1)、地歴公民(上10、同58、下0)、理科(上11、同56、下4)で、前回を有意に上回る問題の多くは、地歴公民と理科に見られた。同時に学習についての意識面でも「勉強は大切」と答えた生徒の割合は増加するなど、学力に関する肯定的な傾向もみられた。 民間による調査結果
苅谷他が行った学力調査では、89年と01年の同一問題との比較では、小学国語で78.9%→70.9%(-8.0%)、小学算数で80.6%→68.3%(-12.3%)、中学国語で71.4%→67.0%(-4.4%)、中学数学で69.6%→63.9%(-5.7%)へと下がっていることがわかっている(調査報告「学力低下」の実態(岩波ブックレット))。 13年に志水宏吉が実施した後継調査ではこの傾向に歯止めがかかっており、「一九八九年から二〇〇一年にかけて、子どもたちの基礎学力の水準は大きく低下したが、そこから二〇一三年にかけては、ある程度の回復傾向が見られる」としている[5]。また、3回の調査結果をそれぞれ「第一回調査(89年)はゆとり教育の前の状況を、第二回調査(01年)はゆとり教育の影響を、そして今回(第三回)の調査はゆとり教育以降の「確かな学力向上路線」の影響をそれぞれ反映していると見ることができる」とまとめている[6]。
学業達成の構造と変容(2002より)では、児童数7998人を対象に、算数129題で82年と02年で正答率の比較をする調査を行っている。その結果、小学1年で85.6%→81.0%(-4.6%)、小学2年81.7%→73.3%(-8.4%)、小学3年84.9%→73.5%(-11.4%)、小学4年84.4%→77.9%(-6.5%)、小学5年84.5%→76.8%(-7.7%)、小学6年85.5%→79.9%(-5.6%)とすべての学年において正答率が下がっていることがわかっている。 学力低下に対する議論試験・調査結果からの議論
調査を行った国立教育政策研究所は、「(学力は)改善の方向に向かっている」と分析したが、同じ内容の問題で正答率が前回より上回った問題は26問しかなくしかも化学(理科)など特定の科目に偏っていたこと、文部科学省が設定した想定正答率を下回る問題が多いなどの課題もみられた。
神永正博は苅谷の挙げたデータは「別の見方もできる」と主張し「落ちこぼれが減り」、「理解度の格差が収縮している」と指摘、そして言葉を選びつつ「(主観的な)理解度は平均的にみて少なくとも悪化していないのではないだろうか」と述べている[7]。 学力低下はあるとする主張苅谷剛彦らは2002年に『「学力低下」の実態』で、1989年と2001年とで同じ問題を小中学生に答えさせる学力に関する調査を比較し、基礎学力の低下を指摘した(学習指導要領は、1991年に「知識詰め込み型」から「自ら学び、主体的に考える型」に改訂されている)。また、苅谷調査のメンバーあった志水宏吉は、2013年に池田調査、苅谷調査に続く3回目の調査を実施しており、学力の回復傾向を確認している。 同調査では
苅谷は、こうした現状を見ずに「ゆとり教育」と「詰め込み教育」という2つの立場でしか状況を把握しない振り子理論や、「学力とは何か」という水掛け論を非難している。また、学力調査に付随する家庭環境に関する調査が、欧米では当たり前に行われているのに、日本では行われておらず、学力低下の原因を把握できない現状を指摘した[8]。そして不平等が拡大する中で、義務教育が果たすべきセイフティーネットとしての役割を議論すべきとしている。 学力の低下そのものに疑問を呈する議論
「ゆとり教育」との関連性についての議論→「ゆとり教育」を参照
ゆとり教育とは1980年度から実施された教育方法である。
他国との比較による議論
このようにG8のほとんどの先進国は日本よりも順位が低いため、日本としては昔のように「先進国に追いつき追い越せ」というスタイルを再現するよりも、先進国としての新しいスタイルで子ども達に意欲をもたせるかを国民全体で考えることが重要であるとの指摘がある[10]。 保護者の意識学力低下への不安から、子供を塾に通わせる意識は高くなっており、塾費用は増加している[11]。そのため、ゆとり教育の導入後、教育費を得るために母親が仕事をせざるを得なくなり、親子の接触が減り、かえって家庭のゆとりがなくなることもある。 学力低下の要因としては、ゲームや漫画[12]、ゆとり教育、教師の質の低下を挙げている。
PISAにおける日本の成績左側の数字は平均を500とした時の点数。()内の数字は順位。 上位10位までの結果についてはOECD生徒の学習到達度調査を参照。
TIMSSにおける日本の成績左側の数字は点数。()内の数字は順位。 上位10位までの結果については国際数学・理科教育調査を参照。
学力回復2008年12月に発表されたTIMSS2007の結果などから学力低下に歯止めがかかったのではないかという議論が現れた。All Aboutの伊藤敏雄はTIMSS2007の結果を楽観視はできないが下がってはいないと主張している[14]。文部科学省はTIMSS2007の結果について、TIMSS2003以上の点数を取っており、TIMSS1995やTIMSS1999に比べると、小学校4年生の理科や中学校2年生の数学は有意に低くなっているが、小学校4年生の算数や中学校2年生の理科については有意な変化はないと分析している[15]。 また、2010年12月に発表されたPISA2009の結果では、全ての科目で順位が上がり、さらに読解力に関しては有意に上昇していると分析されており[16]、同一の問題に関しても正答率が上昇していると分析されている[17]。さらに、PISA2012でも、全ての科目の順位、平均得点が上昇した[18]。 しかし、学力が回復する一方で、昔の詰め込み教育に戻っただけだという評価する人もおり、新興国と争う日本として、このまま詰め込み教育でいいのかという以前の課題に逆戻りしたのではと指摘する人もいる[19]。 欧米アメリカ、イギリス、フランスなどでも学力の低下や基礎学力の不足が社会問題になったことがある[20]。 アメリカアメリカでは1983年に連邦教育長官諮問委員会報告書「危機に立つ国家」が発表され、学校の荒廃や高等教育の財政難などとともに学力低下が問題になった[20]。 1994年には連邦の教育改革法「2000年の目標」が制定された[20]。また、2002年には教育改革法(No Child left Behind Act of 2001)が制定された[20]。 イギリスイギリスでは1980年代に学力低下が問題になり、1988年に教育改革法が成立した[20]。 1998年には教育の内容や学力に関する共通の目標として「2002年の全国教育・訓練目標」が打ち出された[20]。 フランスフランスでは大学第1期課程での高い中退率や職業資格未取得のままでの離学とともに基礎学力の不足が指摘されていた[20]。 1988年には第2次ミッテラン政権が成立し、1989年に新教育基本法(ジョスパン法)が制定された[20]。 脚注
参考文献
関連項目
外部リンク |