断尾 (だんび)とは、動物の尻尾 をヒト の手によって全部または一部切断する行為である。動物 の種類や飼育環境によって、ナイフなど鋭利な刃物を用いた切断 、ガスや電気によって加熱したコテなどの器具を用いた炙 ( あぶ ) り 、ゴムリングなどで尻尾を締めつけて壊死させる結紮 、といった方法により行われる[ 1] 。
豚
米国 アイオワ州 の養豚処理業者によって行われた子豚の断尾(2011年 撮影)。 麻酔をせずに断尾された子豚は、激しい痛みを感じ、多大なトラウマ を抱えることとなる[ 2] [ 3] 。
豚 の断尾は通常、生後2–4日の時点で麻酔なしで行われる。豚の尻尾には先端まで末梢神経 が伸びているため、尻尾を切断された子豚は激しい痛みを感じ、多大なトラウマ を抱える[ 2] [ 3] 。
家畜の豚の多くは、狭い空間で高密度多頭飼育されている(集約畜産 )。そのような飼育環境で多大なストレスを抱えた豚は、豚ストレス症候群 (英語版 ) (PSS) (人間でいうPTSD に相当)を発症し、別の豚の尻尾をかじるなど神経症による問題行動を起こすことがある[ 3] 。この「尾かじり」を防ぐために行われているのが断尾である。ただし、適切なスペースを確保し、一定量の水と藁 ( わら ) を提供するなど、適切な環境が保たれている場合には、豚は他の豚の尻尾をかじることはないと報告されている[ 6] 。
なお、ブラジル やタイ 、リトアニア 、スウェーデン 、フィンランド 、アイスランド などでは、動物福祉 (アニマル・ウェルフェア)上の理由から豚の断尾は一切行われていない[ 3] [ 7] 。また、EU 諸国やカナダ においては、麻酔なしで断尾を日常的に行うことは違法とされている[ 3] 。フランス では、日常的に豚の尻尾を切断していた養豚業者に対して、動物虐待 の罪で有罪判決が下された事例もある[ 8] 。
しかし、米国 や日本 では、麻酔なしの断尾という慣行がいまだに広く残っている。日本養豚協会の調査(2016年 )によれば、日本では、実に91.3%の農家が麻酔を使わずに断尾している[ 9] 。
羊
断尾される子羊(1920年 撮影)
現在、多くの品種の羊 が断尾されているが、これは糞が尻尾に付着することでハエ が集 ( たか ) るのを防ぐためとされる[ 1] [ 10] 。なお、同じ理由から、尻 の皮膚を切り取られたり皮を剥がれたりすることもある(ミュールシング )。
断尾は、正しく行われないと、成長障害 [ 11] や肛門脱 などの問題を引き起こす可能性がある。尻尾を切断された子羊は、血漿コルチゾール濃度の上昇に見舞われたり、立ったり歩いたりするときに異常な姿勢を示すことも報告されている[ 12] 。
硬いゴムリングを尻尾に付けられている子羊。 尻尾の血行を止めることで尻尾は数週間かけて壊死 し、最終的に脱落する。ゴムリングを装着された子羊は、しばらく痛みを感じるが、尻尾が壊死してくるに伴い感覚は麻痺していき、次第に痛みを感じなくなる。
断尾されていない羊。 羊は本来、この写真にあるように長い尻尾を持つ。しかし、多くの現場で断尾が行われているため、羊の尻尾は本来短いと勘違いする者も少なくない。
犬
一部の尻尾を切断され、使役 (トリュフ 探し)に利用されている犬
断尾されていないウェルシュ・コーギー・ペンブローク コーギーは本来、この写真のように長い尻尾を持つ犬種であるが、ケネルクラブが正統な犬種の尻尾の長さを定めていることもあり、長らく慣行としてコーギーに対する断尾が行われ続けてきた(例えばジャパンケネルクラブ はコーギーの尻尾を「2インチ(5.1cm)まで」と定めている[ 13] )。 しかし近年では「できるだけ動物に苦痛を与えるべきでない」という動物福祉 (アニマル・ウェルフェア)の考えが主流となってきており、多くの国で断尾は犯罪(動物虐待 )とみなされ、違法とされている。
犬 の断尾は通常、生後14日未満の子犬に対して、麻酔なしで行われている[ 14] [ 15] 。子犬の断尾について、かつては「生後まもないうちは痛みを感じにくい」とされてきたが、実際は「痛みを感じていないのではなく表現しにくいだけ」と考えられている[ 16] 。
断尾の最も一般的な理由は「使役犬 の怪我を防ぐため」とされる。例えば猟犬 の場合、「草むらに入るとき尻尾に切り傷を負ってしまうことを防ぐ」などという名目で、断尾が施される。また、牧畜犬 の場合には、「牛や羊に尻尾を踏まれてしまうリスクを減らす」などという名目で行われる。他方で、愛玩犬(ペット )については断尾を行う合理的理由はないものの、「尻尾が短いとお尻がかわいく見える」など見た目の理由から断尾が行われることも多い。
しかし、米国 最大の獣医師 団体である米国獣医学協会 (英語版 ) は、「使役犬の断尾の正当化には十分な科学的根拠がない。犬の尾部損傷に関する大多数の研究によれば、尾の損傷が起こる確率は〔わずか〕0.23%である」として、使役犬に対する断尾行為を批判している[ 15] 。米国獣医学協会[ 17] 以外にも、米国動物病院協会 (英語版 ) [ 18] やカナダ獣医学協会 (英語版 ) など様々な団体[ 19] が断尾行為を非難している。また、これら団体は、ケネルクラブ が正統な犬種の基準として尻尾の長さを定めていること(右画像も参照 )についても非難している。なお、ケネルクラブのなかにはドイツ・ケネルクラブ (ドイツ語版 ) (VDH) やスイス犬学クラブ (ドイツ語版 ) (SKG) のように、断尾された犬の展示を禁止するところもある。
そのほか、断尾は犬のコミュニケーションに問題をきたすという指摘もある。犬は社会的動物 であり、尻尾を使って他の犬とコミュニケーションをとる。研究では、尻尾のない犬はコミュニケーション上の大きなハンディキャップを負っていることが明らかとなっている[ 20] 。別の研究では、尻尾の動きによって合図を伝えるには、短い尻尾よりも長い尻尾のほうが効果的であることが発見されている[ 21] 。さらに、ヴィクトリア大学 のトム・ライムヘンは、社会的な合図を他の犬にうまく伝えることができないまま成長した犬は、より反社会的になり、その結果、より攻撃的になる可能性があると推論している[ 22] 。
コミュニケーションのほかに、健康問題も指摘されている。断尾された犬は尻尾の欠損を補うためにより懸命に体を動かす必要があり、その結果、関節などに余分なストレスが蓄積し、長期的にはそれが健康被害をもたらす可能性があるとされている。
断尾は動物虐待 とみなされることも多い[ 23] 。また、多くの国では断尾は犯罪とされ、違法化されている。さらに、なかには犬を猟犬や牧畜犬など使役犬に用いることも禁止する国もある。
アイスランド 、アイルランド 、イギリス [ 24] 、イタリア 、ヴァージン諸島 、エストニア 、オーストラリア [ 25] 、オーストリア 、オランダ 、キプロス 、ギリシア 、クロアチア 、コロンビア 、スイス 、スウェーデン 、スロヴァキア 、スロヴェニア 、チリ 、トルコ 、ニュージーランド 、ノルウェー [ 26] 、フィンランド 、ベルギー 、ポーランド 、ラトヴィア 、リトアニア 、ルクセンブルク では犬の断尾は違法とされ、イスラエル 、スペイン 、ドイツ 、ブラジル でも一部の例外を除いて違法とされている。他方で、アフガニスタン 、アメリカ合衆国 、インドネシア 、エジプト 、クウェート 、コスタリカ 、スリランカ 、タイ 、チュニジア 、日本 、ネパール 、フィリピン 、ペルー 、ボリビア 、マレーシア 、メキシコ 、モーリシャス 、レバノン では一切の制限がない。
イギリスにおける犬の断尾
18世紀 のイギリス では、尻尾のある犬に対して税金が課されるようになってから、断尾が慣例化した[ 27] 。
1991年 に獣医外科医法 (英語版 ) が改正されると、1993年 7月1日 以降は断尾は獣医師のみが行えることとされ、一般人による断尾が禁止された[ 28] 。1992年 、王立獣医外科学会 (英語版 ) は、断尾は「治療上または予防上の理由がない限り」倫理に反する行為であるとの見解を示した。現在、断尾を行っている獣医師は懲戒処分を受けたり獣医師登録を抹消される可能性がある。断尾は、イングランド とウェールズ では動物福祉法 (英語版 ) によって、スコットランド では動物健康福祉法 (英語版 ) によって禁止されており、違法な断尾行為により有罪となった場合は、最高2万ポンド(約370万円)の罰金か最長51週間の禁固刑、またはその両方が科される。
その他ヨーロッパにおける犬の断尾
1987年 に欧州評議会 によって制定された愛玩動物の保護に関する欧州条約 (英語版 ) では、医療以外の理由による断尾は禁止されている。
馬
歴史的には、馬 の断尾は実用的な目的から行われることがほとんどであった。例えば、大きな荷物の運搬に使役される輓馬 の場合、尻尾が牽引ロープや農機具などに絡まるのを防ぐために断尾が行われることもあった。しかし現代では、馬に断尾は不要であると考えられており、アイルランド 、イギリス 、ノルウェー 、オーストラリア の一部、アメリカ合衆国 の11の州では馬の断尾が禁止されている。しかし、そのほかの地域では現在でも断尾が行われている場所がある[ 29] 。
馬の断尾に関しては、馬に苦痛や不快感を与えると指摘され、また尻尾を使ってハエ を叩くことができなくなるという問題もある。
牛
かつては、乳牛 に対して断尾を施すことで「牛 の体や乳房、乳頭が汚れにくくなり、その結果体細胞 (SCC) が減少し乳房炎 になりにくくなる」と考えられており、断尾が広く行われていた時代もあった。しかし、現在では、この説は否定されている。調査によれば、断尾の有無と体細胞数、乳房炎の頻度、牛の清潔度のあいだに有意な効果は認められず、断尾は乳の質に影響を及ぼさないことが明らかとなっている[ 30] 。それどころか、断尾によって牛は尻尾を使ってハエやアブ、蚊などの害虫を追い払うことができなくなり、心理的ストレスを抱えることにより摂食や休息行動時間が短縮するという問題も発生する。そのため、畜産技術協会 は、牛の断尾は「害虫を追い払うことができなくなり、牛がストレスを感じることから、実施しないことが望ましい」との指針を示している。また、「糞尿を撒き散らかさなくなる」など衛生上の理由から断尾を行う事例も見られる。しかし、畜産技術協会は、「牛床の改善や糞尿の適切な処理により飼養環境の改善を図ることが重要」としており、尻尾の衛生に関しては、断尾ではなく尾房のトリミングと洗浄が効果的であるとして、これを推奨している。それでもなお、牛に対して断尾を行っている農家はいまだ存在する。信州大学 の竹田謙一 准教授らは、そのような農家を調査した上で、いずれの農家も麻酔を用いずに乳牛に対して断尾を行っていることから、「断尾農家の乳牛に対する倫理的配慮は低い」と推察している。また、「断尾農家の多くは明確な根拠もなく断尾を実施している」ことも指摘している。
断尾された牛は、切断時だけでなく切断後もずっと痛みやストレスに悩まされる。さらに、切断部の感覚器官が過敏になり、神経線維が異常に増殖し、暑さや寒さに対して過敏になり、クロストリジウム感染症を発症しやすくなる、といった問題もある。動物福祉 (アニマル・ウェルフェア)の観点から牛の断尾が問題であることは証明されており、米国獣医学協会 (英語版 ) およびカナダ獣医学協会 (英語版 ) は、牛に対する断尾に反対している。また、イギリス [ 36] 、オランダ [ 36] 、スウェーデン [ 36] 、デンマーク [ 36] 、アメリカ合衆国 の一部の州[ 36] 、オーストラリア の一部の州[ 37] では酪農業における断尾が禁止されている。また、カナダ でも、医学的に必要でない場合には断尾を行ってはならないとされている[ 38] 。他方で、日本 では断尾に関する規制はなく、全国で飼育されている乳牛約137万頭のうち約10万頭(約7.5%)が断尾されている(2014年調査)[ 39] 。
脚注
^ a b Primary Industries Ministerial Council (2006). The Sheep – Second Edition . CSIRO Publishing. ISBN 0-643-09357-5 . http://www.publish.csiro.au/nid/22/pid/5389.htm 2007年1月9日 閲覧。
^ a b “The curse of tail-docking: the painful truth about Italy's pigs | Cecilia Ferrara and Catherine Nelson ” (英語). the Guardian (2019年1月19日). 2021年1月28日 閲覧。
^ a b c d e “子豚の尻尾を麻酔なしで切断 ”. HOPE for ANIMALS . NPO法人アニマルライツセンター (2015年12月31日). 2023年11月15日 閲覧。
^ Valros, Anna; Heinonen, Mari (2015). “Save the pig tail”. Porcine Health Management (BMC) 1 (2). doi :10.1186/2055-5660-1-2 .
^ foodnavigator-asia.com. “CPF to further promote natural behaviours of livestock to avoid pain and injury ” (英語). foodnavigator-asia.com . 2021年1月28日 閲覧。
^ “Wegen Schwanzkupierens als Tierquäler verurteilt ” (ドイツ語). Schweizer Bauer (2022年4月10日). 2023年11月15日 閲覧。
^ “養豚業業界のアニマルウェルフェアの意識-妊娠ストール使用率に変化なし。だが群飼育への切替や麻酔を検討する会社も。 ”. HOPE for ANIMALS . NPO法人アニマルライツセンター (2019年12月8日). 2023年11月15日 閲覧。
^ French, N. P., R. Wall and K. L. Morgan. 1994. Lamb tail docking: a controlled field study of the effects of tail amputation on health and productivity. Vet. Rec. 124: 463-467.
^ Giadinis, N. D., Loukopoulos, P., Tsakos, P., Kritsepi-Konstantinou, M., Kaldrymidou, E., and Karatzias, H. Illthrift in suckling lambs attributed to lung pyogranuloma formation. Veterinary Record, 165: 348–350, 2009.http://veterinaryrecord.bvapublications.com/cgi/content/full/165/12/348?view=long&pmid=19767640
^ “EFECTOS DE LA CASTRACIÓN Y EL CORTE DE COLA SOBRE EL BIENESTAR DEL GANADO OVINO” (スペイン語). FICHA TÉCNICA SOBRE BIENESTAR DE ANIMALES DE GRANJA (18). (Abril 2017). https://www.fawec.org/media/com_lazypdf/pdf/Ficha_Tecnica_FAWEC_n18_Es.pdf .
^ “コーギーの尻尾はなぜ短い? 犬の断尾の歴史と役割、犬種について ”. わんこラボ (2022年5月25日). 2023年11月19日 閲覧。
^ “DEFRA – CDB Submission ”. cdb.org . 25 October 2005時点のオリジナル よりアーカイブ。27 January 2005 閲覧。
^ a b “Canine Tail Docking FAQ ” (英語). www.avma.org . 8 November 2017 閲覧。
^ “なぜコーギーもトイプーもしっぽ切る? 断尾・断耳行為が日本で消えない理由「メリットなく、リスク伴う」 ” (2021年5月13日). 2023年11月19日 閲覧。
^ “Ear cropping and tail docking of dogs ”. 2023年11月19日 閲覧。
^ “Ear cropping and tail docking ”. 2023年11月19日 閲覧。
^ Welfare Implications of Tail Docking-Dogs Archived February 25, 2014, at the Wayback Machine . American Veterinary Medical Association
^ Wansborough, Robert (1 July 1996). “Cosmetic tail docking of dogs tails ”. Australian Veterinary Journal. 16 November 2007時点のオリジナル よりアーカイブ。31 December 2007 閲覧。
^ Reimchen; Leaver (1 January 2008). “Behavioural responses of Canis familiaris to different tail lengths of a remotely-controlled life-size dog replica”. Behaviour 145 (3): 377–390. doi :10.1163/156853908783402894 .
^ “Cutting off dogs' tails leads to aggression: Study ”. 9 November 2012時点のオリジナル よりアーカイブ。21 January 2011 閲覧。
^ Ear-Cropping and Tail-Docking People for the Ethical Treatment of Animals
^ “Tail docking of dogs ”. British Veterinary Association . BVA. 2012年10月30日 閲覧。
^ “Is the tail docking of dogs legal? ”. RSPCA Australia Knowledgebase . RSPCA (2010年8月3日). 2011年2月20日時点のオリジナル よりアーカイブ。2011年2月15日 閲覧。
^ “Tail Docking ”. www.svh55.com.au . 2019年12月20日 閲覧。
^ Sinmez, Cagri Caglar; Yigit, Ali; Aslim, Gokhan (2017-07-03). “Tail docking and ear cropping in dogs: a short review of laws and welfare aspects in the Europe and Turkey”. Italian Journal of Animal Science 16 (3): 431–437. doi :10.1080/1828051X.2017.1291284 .
^ Veterinary Surgeons Act 1966 (Schedule 3 Amendment) Order 1991 Office of Public Sector Information
^ "Tail Docking in Heavy Horses." Livestock Welfare INSIGHTS Issue 4 – Jun 2003 Archived 2010-11-24 at the Wayback Machine . web page accessed September 1, 2008
^ Tucker, C. B., D. Fraser and D. M. Weary. 2001. Tail docking dairy cattle: effects on cow cleanliness and udder health. J. Dairy Sci. 84: 84–87.
^ a b c d e “Welfare Issues with Tail Docking of Cows in the Dairy Industry ” (英語). The Humane Society of the United States (2012年12月). 2023年11月19日 閲覧。
^ “Tail Docking of Cattle ”. 2023年11月19日 閲覧。
^ Code of Practice for the care and handling of farm animals - Dairy Cattle
^ “乳牛の尾の切断 ”. HOPE for ANIMALS . NPO法人アニマルライツセンター (2016年7月7日). 2023年11月19日 閲覧。
参考文献
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、断尾 に関するカテゴリがあります。