有機ホウ素化合物 (ゆうきホウそかごうぶつ、英語 : Organoborane compound or organoboron compounds )とは、ホウ素 (元素記号 B)と炭素 (元素記号C)の結合 を持った有機化合物 の総称である。これらはトリアルキルボランなどBH3 の誘導体である。有機ホウ素化学 (Organoboron chemistryまたはorganoborane chemistry)はこれらの化合物の化学 を指す言葉である[ 1] [ 2] 。有機ホウ素化合物は様々な化学反応 を行う上で重要な試薬 であるが、最も広く利用されているのはヒドロホウ素化 である。
C-B結合の性質
有機ホウ素化合物において必須の構造。
C-B結合は、炭素の電気陰性度 が2.55で、ホウ素の電気陰性度が2.04と近いために、この2つの原子間における電子 の存在確率の偏りは少なく、あまり極性を持たない。なお、基本的に炭素は空のp軌道 を持たないのに対して、ホウ素は空のp軌道を1つ持っているなどの理由で、独特の性質を有する。
アルキルホウ素化合物は酸化 されやすいものの、安定である化合物が多い。
一方、ホウ素は電気陰性度が低いため、有機ホウ素化合物の中には三有機ボランなど電子不足な化合物 も存在する。ビニル基 やアリール基 は電子を供与するためホウ素の求電子性が下がり、C-B結合は二重結合 性を帯びる。ホウ素がオクテット則 を満たすことができない元素であるため、ジボラン と同様に有機ボランも有機化学 においては強い求電子剤 となる。しかしジボランと異なり多くの有機ボランは二量体 を形成しない。
合成
グリニャール試薬からの合成
トリエチルボラン やトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン (英語版 ) など単純な有機ボランは三フッ化ホウ素 (エーテル 錯体)とエチル (英語版 ) 基もしくはペンタフルオロフェニル基を持つグリニャール試薬 を反応させて合成できる。
アルケンからの合成
この合成法はノーベル化学賞 を受賞したハーバート・ブラウン によって開発された。ボランはヒドロホウ素化 によりアルケン と速やかに反応する。ジボランは純粋な化合物ではBH3 の二量体だが、THF などの溶媒 とは1:1錯体を作る。HX(X = Cl 、Br 、I など)がアルケンに付加 する通常の求電子付加反応 ではマルコフニコフ則 にしたがって水素など電気陰性度の高い原子が二重結合 の両側の炭素のうち置換基の少ない方に結合し、位置選択性 を決める。しかしホウ素は水素より電気陰性度が低いため、ボランが付加する際は置換基が少なくカルボカチオン となりにくい方の炭素にホウ素が結合する、いわゆるアンチマルコフニコフ付加が起こる。
この方法は、置換基がかさ高い場合に非常に有効である。よく用いられるのはシクロオクタジエン とジボラン から合成される9-BBN である[ 3] 。ヒドロホウ素化はアルケンの二重結合の同じ側から付加する、シン配置になるように立体特異的 に進む。この縮合反応 では遷移状態 が炭素、炭素、水素、ホウ素を頂点とする平面四角形で表現され、オレフィン のp軌道 とホウ素の空軌道の軌道の重なり が最大になるように配置される。
ホウ素化
金属触媒による炭素-水素結合 のホウ素化 反応は、脂肪族 または芳香族 の有機化合物のC-H結合官能化によって有機ホウ素化合物を合成する反応である。この場合によく用いられる試薬としてビス(ピナコラート)ジボロン がある。
反応
ヒドロホウ素化と酸化
有機化学においてヒドロホウ素化はホウ素の位置に官能基 を導入するために用いられる。ヒドロホウ素化-酸化反応 (英語版 ) はボランを過酸化水素 で酸化してアルコール へ、もしくはより強い酸化剤 である酸化クロム(VI) によってカルボニル 基へと変換する反応である。
アリル位ホウ素化
不斉アリル位ホウ素化も炭素-炭素結合形成に有用な反応の1つである[ 4] 。ニコラウ のエポチロン 全合成 においては[ 5] 、キラルなα-ピネン (英語版 ) から誘導されるアリルボランを不斉アリル位ホウ素化して、TBS 保護 してからオゾン分解 している。全体では、この反応では元の化合物を2炭素延長した同族体 をつくり、 アセトゲニン 構造を作っている。
還元剤
9-BBN やL-セレクトリド (英語版 ) (水素化トリ-sec-ブチルリチウム ホウ素塩)などボランのヒドリド は還元剤 として働く。カルボニル還元の不斉触媒 はCBS触媒 などがある。この触媒もホウ素を含んでおり、カルボニルの酸素原子に配位してはたらく。
ホウ酸塩
トリアルキルボランBR3 は対応するホウ酸エステル B(OR)3 に酸化される。化合物中のC-B結合の数を決定する方法としてR3 BをトリメチルアミンN-オキシド (Me3 NO) で酸化 してB(OR)3 に変換する方法がある。トリメチルアミンN-オキシドが還元されてできたトリメチルアミン (Me3 N) は滴定 によって濃度を決定することができる。
ボロン酸 (RB(OH)2 ) はフッ化水素カリウム (K[HF2 ]) と反応し三フッ化ホウ素塩 (英語版 ) (K[RBF3 ]) となる[ 6] 。これは求核性の高い二フッ化アルキルボロンもしくは二フッ化アリールボロン (ArBF2 ) の前駆体となる[ 7] 。この塩 はボロン酸よりも安定で、アルデヒド のアルキル化などに用いられる[ 8] [ note 1] 。
鈴木・宮浦カップリングおよびその関連反応
有機放送化合物は有機パラジウム化合物 などとトランスメタル化 反応を起こす。この種の反応は鈴木・宮浦カップリング と呼ばれ、アリール基 もしくはビニル基 を持ったボロン酸 とアリール基 もしくはビニル基 を持ったハロゲン化合物がパラジウム (0) 錯体に触媒 されて起こる反応である[ 9] 。
R
1
−
BY
2
+
R
2
−
X
→
Base
Pd
catalyst
R
1
−
R
2
{\displaystyle {\begin{matrix}{}\\{\ce {{R1-BY2}+R2-X->[{\underset {\text{catalyst}}{\text{Pd}}}][{\text{Base}}]R1-R2}}\\{}\end{matrix}}}
(1 )
この反応は炭素-炭素結合 形成に極めて重要である。
有機ホウ素化合物の分類
三有機ボランと水素化物
最もよく研究されている有機ホウ素化合物は、一般式BRn H3−n で表される有機ボランである。上記の通り、これらの化合物は触媒、反応剤、合成中間体などに用いられる。トリアルキルおよびトリアリールの誘導体は平面三角形分子構造 であり、ルイス酸 性は弱い。非常にかさ高い置換基を持つ誘導体を除き、ジボランと同様水素化物は二量体として存在する[ 10] 。
ホウ酸・ボロン酸とそのエステル
一般式BRn (OR)3-n で表される化合物はボリン酸 (英語版 ) エステル (n = 2)、ボロン酸 エステル (n = 1)、そしてホウ酸エステル (n = 0) である。ボロン酸は鈴木・宮浦カップリング で使用される。ホウ酸トリメチル は水素化ホウ素ナトリウム 合成の中間体である。
カルボラン
カルボラン は分子の頂点に炭素とホウ素の原子が位置するクラスター化合物 である。最もよく知られているのはオルトカルボランであり、化学式C2 B10 H12 である。商業的な利用は少ないが、カルボランは反応剤や新材料合成の前駆体として注目されている。アニオン性誘導体である[C2 B9 H11 ]2− などのジカルボリドはシクロペンタジエニル塩 などと同様の配位子 として働く。
カルボランの水素原子を1個を除いて全て塩素 置換した化合物であるカルボラン酸 は超酸 として知られている。通常の超酸はフッ素 の化合物が多いため腐食 性や酸化 力が大きいが、カルボラン酸はそれらが小さく、有機化合物とも安定な塩をつくる[ 11] 。
ホウ素置換芳香族化合物
ボラベンゼン はベンゼン環の1つの炭素がホウ素原子に置き換わった複素環式化合物 である。これらの化合物は必ずC5 H5 B-ピリジン などの付加体 (英語版 ) として単離される。環式化合物 の1つであるボロール はピロール の類縁体 は単離されていないものの、ボロールズ(boroles)と呼ばれる誘導体が知られている。環式化合物の1つであるボレピン は芳香族化合物である。
ボリル化合物
ボリルアニオンは一般式R2 B− で表される化学種である。求核性を持ったアニオン性ホウ素化合物は2006年の研究でボリルリチウム 化合物として初めて発見され、求核剤 としてはたらくことがわかった[ 12] [ 13] 。金属-ホウ素結合を持った有機金属化合物 (M–BR2 )はボリル錯体 として知られている。関連する配位子としてボリレン (英語版 ) (M–B(R)–M)がある。
他の第2周期元素 と異なり、リチウムホウ素化合物は存在しない。他の第2周期元素とリチウムの塩はフッ化リチウム 、水酸化リチウム 、リチウムアミド や有機リチウム化合物 などがある。この違いは、ホウ素の電気陰性度の低さに起因する。塩基 とホウ素ヒドリドR2 BHが反応しても脱プロトン化 してボリルアニオンR2 B− は生成せず、R2 B− H(base)+ となる。この生成物はオクテット則 を満たす[ 14] 。そのため、ホウ素化合物はB-Br 結合を金属リチウム で還元的に加水分解 して調製される。生成するボリルリチウム化合物はN-ヘテロ環状 (英語版 ) カルベン と等電子的 である。この化合物は芳香族性 をもち(窒素の孤立電子対 およびホウ素の空のp軌道 で6電子となる)、2,6-ジイソプロピルフェニル基のかさ高さにより速度論的に安定化される (英語版 ) ため安定である。X線結晶構造解析 によってホウ素がsp2 混成 していることが確認されており、ベンズアルデヒド との求核付加反応 からもその構造がわかる。
アルキリデンボラン
アルキリデンボラン は一般式RB=CRRで表される化合物で、ホウ素-炭素二重結合 を持つ化合物である。安定な化合物は少ないが、1つの例としてボラベンゼン がある。最も簡単なアルキリデンボランはHB=CH2 であり、低温では検出可能である。安定な誘導体 としてCH3 B=C(SiMe3 )2 があるものの、二量化して環状になりやすい[ 15] 。
NHCのホウ素への付加
N-ヘテロ環状カルベン (英語版 ) (NHCs) はボランに付加して安定なNHCボラン 付加体 (英語版 ) を形成する[ 16] 。トリエチルボラン のNHC付加体はイミダゾール 塩と水素化トリエチルホウ素リチウム から直接合成される。この種の化合物は反応剤や触媒として研究されている。
ジボレン
ホウ素-ホウ素二重結合 を持つ化合物の報告例は少ない。2007年、電気的に中性なジボレン (RHB=BHR) がジョージア大学 のグレゴリー・ロビンソンによって初めて報告された[ 17] [ 18] [ note 2] 。それぞれのホウ素原子に水素が1つずつ結合しており、ホウ素がNHCカルベンに配位している。カルベン配位子を含む錯体の最も簡単な形がジボラン(2) である[ 19] [ 20] 。
同様にジボリン (英語版 ) も合成されている。
その他の利用
TEB – トリエチルボラン はSR-71 の駆動力となるプラット・アンド・ホイットニー J58 の可変サイクルエンジン (英語版 ) を動かすJP-7燃料 に用いられている。
脚注
注釈
出典
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関連項目