松前 盛広(まつまえ もりひろ、旧字体:松󠄁前󠄁 盛󠄁廣)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武士。官位は従五位下・若狭守。
略歴
元亀2年(1571年)、松前藩(正式には交代寄合)初代藩主・松前慶広の長男として誕生。
豊臣秀吉の死後、父・慶広と共に徳川家康に臣従した。慶長5年(1600年)に家督を継承したとされ、翌慶長6年(1601年)に従五位下・若狭守に叙位・任官するが、政務は依然として慶広が執り行っており、慶長9年(1604年)、幕府より黒印制書を受け松前藩が成立した際も、父・慶広が藩主として封じられた。
慶長13年(1608年)1月21日に父に先立って死去した。享年38。このため、盛広の長男・公広が慶広の世子となって家督を継ぐこととなった。
関連項目