構造家(こうぞうか)は、構造エンジニアの中でとくに作家性、作品性のある建築構造を手がける者をさす日本独自の呼称。
概要
構造家という呼称は1950年には用いられており、建築雑誌1950年5月20日号への浜口隆一と山本学治による寄稿文において確認できる[1]。山本学治は、優れた技術者であると同時に高い建築的構想力を持っている人々をアーキテクト・エンジニア、構造家と称している[2]。さらに、近代建築における職能の多様化により建築家との協働設計が意識され、必然的に成立した職能であるとしている。協働設計の上で建築家とは対等の立場にあり、建築家と対立する存在でなく、また従属関係にある存在でもない[3]。最近では、構造デザインといわれる設計手法を実践する構造エンジニアを呼称するものとして用いられることが多い[4]。菊竹清訓は構造的建築家とも称した。海外のエンジニアに対しても用いられており、オヴ・アラップやフライ・オットーなど作家性の高い建築構造エンジニアだけでなく、ロベール・マイヤールなどの優れたシビルエンジニアに対しても使われる[5]。デビッド・ビリントンは設計者の思想や技術的工夫によって効率性・経済性・優美さという三つの理念が統合された作品を構造芸術(Structural Art)と定義し、これを実現する構造エンジニアを Structural Artist と表現している[6][7]。エンジニア・アーキテクトとも呼ばれる[8][9]。
日本では真島健三郎、吉田直らや佐野利器、内藤多仲らが建築構造分野における先駆的存在といえる[10][11][12]。彼らが海軍省や大学組織に属しながら業績をあげていた一方で、1950年に横山不学が専業の構造設計事務所を開設し前川國男らとの協働を始め、建築家と対等な立場としての構造家という職能が成立した[13][14]。その後、坪井善勝、木村俊彦、川口衞らの活躍により構造家という職能は大きく展開した[15]。現代では、大学の教官や専業の構造設計事務所を主宰するに限らず、企業に所属しながら作家性の高い業績をあげる構造家もいる[16]。
表彰
- 日本国内
自然災害の多い日本では建築構造設計の重要性は高く[17][18]、建築作品に対する構造家の貢献度も大きい[19]ことから、建築家と構造家が連名で建築作品を発表あるいは表彰される事例は少なくない。例えば、坪井善勝、仲威雄、松井源吾、木村俊彦、矢野克巳、新谷眞人、梅沢良三、金田勝徳、佐々木睦朗らは建築家とともに日本建築学会賞(作品)を受賞している[20]。
構造家に対する建築構造分野の代表的な顕彰として、日本ではかつては松井源吾賞があり、それを継承し松井源吾賞受賞者らが組織する日本構造家倶楽部の日本構造デザイン賞、また構造家懇談会から改組した日本建築構造技術者協会(JSCA)が主催するJSCA賞がある。
日本の構造家は、坪井善勝、川口衞、斎藤公男らは IASS Eduardo Torroja Medal[21]、矢野克巳は SEWC Roland Sharpe Medal[22]、和田章は CTBUH Fazlur Khan Medal[23] を受賞するなど、国際的な評価を受ける構造家も多い。
著名な構造家
日本
日本以外
脚注
関連項目