第84師団(だいはちじゅうよんしだん)は、大日本帝国陸軍の師団の一つ。
沿革
1944年(昭和19年)7月、留守第54師団の一部を基幹として姫路で編成され[1]、中部軍に編入。同年末、沖縄から第9師団が台湾に転出するため、その補充として第84師団を沖縄に派遣することが検討されたが、大本営は本土防衛を重視し派遣を中止した。
1945年(昭和20年)4月、第84師団は第53軍に属し小田原、沼津、国府津付近に展開し、本土決戦に備えて防禦を固めていたが、戦闘を交えることなく終戦を迎えた。同年9月25日に復員した。
師団概要
歴代師団長
- 小倉達次 中将:1944年(昭和19年)7月8日 - 1945年2月20日[2]
- 佐久間為人 中将:1945年(昭和20年)2月20日 - 終戦[3]
参謀長
- 杉本和二郎 大佐:1944年(昭和19年)7月8日 - 終戦[4]
最終司令部構成
最終所属部隊
- 歩兵第199連隊(姫路):栗栖晉大佐
- 歩兵第200連隊(姫路):川上芳雄大佐
- 歩兵第201連隊(姫路):松本鹿太郎大佐
- 野砲兵第84連隊:川崎盛利大佐
- 工兵第84連隊:釜付敬二少佐
- 輜重兵第84連隊(堺):小林吉二大佐
- 第84師団速射砲隊:川崎平吾少佐
- 第84師団通信隊:小河原郁文大尉
- 第84師団兵器勤務隊
- 第84師団衛生隊
- 第84師団第1野戦病院
- 第84師団第4野戦病院
- 第84師団制毒隊
- 第84師団病馬廠
脚注
- ^ 戦史叢書『陸軍軍戦備』、431頁。
- ^ 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』279頁。
- ^ 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』278頁。
- ^ 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』412頁。
参考文献
- 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
- 外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
- 防衛庁防衛研修所戦史部『陸軍軍戦備』(戦史叢書)、朝雲新聞社、1979年。
- 『別冊歴史読本 戦記シリーズNo.32 太平洋戦争師団戦史』、新人物往来社、1996年。
関連項目
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師団 |
常備師団(第1から第20) | |
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特設師団(1937年、38年) | |
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1937年9月,38年4月,38年6月 | |
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