風が吹けば桶屋が儲かる風が吹けば桶屋が儲かる(かぜがふけばおけやがもうかる)とは、日本語のことわざで、ある事象の発生により、一見すると全く関係がないと思われる場所・物事に影響が及ぶことの喩えである[1]。また現代では、その論証に用いられる例が突飛であるゆえに、「可能性の低い因果関係を無理矢理つなげてできたこじつけの理論・言いぐさ」を指すことがある[2]。 「大風が吹けば桶屋が喜ぶ」などの異形がある[3]。 由来江戸時代の町人文学、浮世草子の気質物(かたぎもの)が初出とされる。明和5年(1768年)開版の無跡散人著『世間学者気質(かたぎ)』巻三「極楽の道法より生涯の道法は天元の一心」において、三郎衛門が金の工面を思案するくだりの一部が以下である[4]。 関連内容として、(1)大風が吹けば土埃が立ち、盲人などの眼病疾患者が増加する。(2)盲人などが三味線を生業とし、演奏方法を指導したり、門付で三味線を演奏するので、三味線の需要が増える。(3)三味線製造に猫の皮が欠かせないため、猫が多数減り、鼠が増加する。これら鼠は箱の類(桶など)をかじることから、桶の需要も増加して桶屋が儲かるだろう。が挙げられている[5]。 ここでは「風が吹けば箱屋が儲かる」などの成句の形はみえず、「桶」のかわりに「箱の類」となっている。また、『東海道中膝栗毛』二編下(享和3年、1803年)では、「箱」になっている[6]。 江戸時代には、江戸並びに地方の城下では、桶屋町や指物町などの職人町が発達していた。庶民の手桶や商品製造用の商家桶(味噌桶など)を生業とした「桶屋」があり、また木を組んで木箱を組み立てた上で、その上に精巧な細工を施す「指物屋」などがあった[4]。 俗説
一部の俗説では、「桶」は「棺桶」の意味で、何らかの理由で死者が増え、棺桶の需要が増えるとも言われる[7]が、これは間違いである。江戸時代の日本で成立した落語で、棺屋(こしや)を早桶屋と別称している[8]ことなどから、近代になって曖昧になったのではないかとされる[注釈 2][要出典]。しかし、先述したとおり、「桶」より「箱」が古い形である[4]。 ほかにもいくつか俗説がある。また、冗談や大喜利として新説が考え出されることもある。 これらの背景には、オリジナルの因果関係が突拍子もないこと自体のほか、当時の盲人が音曲を生業としていたこと、三味線に猫皮が使われることなど、当時の文化に関する知識が必要とされることがある。 近年では、北海道オホーツク海沿岸でこれに類する話が派生している。 歴史上の様々な疫病を示唆される[7]。その所以は空気中の細菌やウイルスが風で伝播して人々に伝染り(エアロゾル感染)結果的に多くの遺体を棺桶(ひつぎ)へ入れることからともされている[9]。 書籍
関連項目
脚注注釈出典
外部リンク
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