黒須チヒロ
黒須チヒロ(くろす ちひろ)は、兵庫県神戸市出身の音楽プロデューサー[1]、作詞家[1]、作曲家[1]、編曲家[1]、ボーカル[1]、実業家[1]、プロモーター[1]。作詞ネームは、黒須チヒロ、Chihiro Close、c.close、Chihiro Kurosu[1]。 来歴中学2年のとき英国のロックバンド・クイーンにハマりギターとピアノを習いコピーする。高校でバンドを結成してボーカル担当。ロックバンド・サイコベイビーズのボーカル、ギター、作詞・作曲担当[2]。サイコベイビーズとして1994年にアミューズと契約し、日本コロムビアよりCDシングル5枚、CDアルバム3枚をリリースする[3][4]。 1998年、MISIAのデビュー時からリリックプロデュースを担当[4]。MISIAの1stアルバム『Mother Father Brother Sister』は第40回日本レコード大賞ベスト・アルバム賞を受賞。1999年、深田恭子の1stアルバム及びシングル3枚目まで全作品の作詞[4]、2001年、MAXの作詞(リリックプロデュース)を担当[4]。 2002年、アミューズと専属プロデューサーとして再契約[4]。全国の芸能スクールを回り、新しい才能の発掘育成を手がける[4]。2003年には自らが発掘したガールズバンド「クレイジーラブ」とともに独立[4]。2004年、クレイジーラブがBMG JAPANからメジャー・デビュー[4]。2005年、福岡に総合芸能スクール「ヴァンズエンタテイメント」を設立、「ホリプロ」と業務提携[4]。 音楽家関連以外の活動音楽関連以外では、世界的ダンスエンタテインメント・Legend Tokyoの運営理事。関西提携大会、九州提携大会に尽力。2016年から「UMU 全国ご当地アイドル No.1 決定戦」をホリプロより引き継いで運営。2017年から格闘技イベント・RIZIN運営サポート。eスポーツの韓国プロゲームチーム『Team MVP』のサポート。現役国会議員による音楽バンド『ギインズ』への楽曲提供。 人物音楽誌から黒須の作詞の世界は『質が高い、作品が重い、重厚な良くも悪くも残る、軽く流す音楽に不向き』。作曲の世界は『ルーツが洋楽っぽい、イギリスのロック主体』と寸評される[要出典]。 好きなアーティストはクイーンとプリンスで様式美と奥が深いところ。 趣味は映画、フェデリコ・フェリーニ、スタンリー・キューブリックを敬愛。 特技は空手。中学1年からはじめ高校2年で師範代を取得。 楽曲提供
特記を除き全て作詞。
脚注出典外部リンク
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