オオクチホシエソ (Malacosteus niger ) はワニトカゲギス科 に分類される深海魚 の1種。中深層 (英語版 ) では頂点捕食者 となっている[ 2] 。熱帯 から亜寒帯 まで、三大洋の深海 に広く生息する[ 3] 。その摂食習慣についてはあまり研究されていないが、最近の研究では主にカイアシ類 などの動物プランクトン を食べていることが示唆されている。比較的大きな獲物を食べるための形態をしているにもかかわらず、主に小さな動物プランクトンを捕食しているようである[ 2] 。赤色と青色の生物発光 能力があり、中深層に生息する生物の大部分は赤色を発することが出来ない上に赤色光を感知できないため、獲物や捕食者に対してのカモフラージュとなる。
分布と生息地
北極圏 の北緯66度から南半球 の南緯30度まで、太平洋 、大西洋 、インド洋 の熱帯から亜寒帯にかけて分布する[ 2] 。東中央大西洋でよく見られる[ 4] 。日本では岩手県 沖、小笠原諸島 、熊野灘 、沖縄トラフ 、南シナ海 から記録されている[ 5] 。主に中深層から漸深層 の深度500-3900mに生息する[ 1] 。ワニトカゲギス科で唯一日周鉛直移動 (英語版 ) を行わない種であると考えられており、他の種のように水面まで浮上しない[ 6] 。
形態
形態学的特徴
下顎の長さは全長の約4分の1で、この割合は魚類の中で最も大きい(図A)[ 2] 。大きな湾曲した牙により、獲物が逃げないようになっている(図B)。一般的な肉食魚 に見られる鰓耙 を持たない(図C)。前椎骨 は軟骨 状になっており、これにより頭を後ろに反らして比較的大きな獲物を捕食することもできる[ 7] 。口腔に底が無く、これにより大きな獲物を捕食することが出来る(図D)[ 2] 。更に水の抵抗が減少し、口を素早く閉じて獲物を簡単に捕らえることができる。また口を閉じるのに必要なエネルギー量も最小限に抑えられ、速く泳ぐ獲物を素早く捕らえることができる[ 8] 。眼窩後部の発光器は M. australis のものよりも大きく、側面の発光器の数や形態的特徴も異なる。全長は最大25.6cm[ 6] 。背鰭と臀鰭は表皮に覆われ、下顎に髭は無い。胸鰭は3-5軟条から成る[ 5] 。
視覚
黄色の水晶体により、赤色光の知覚機能を向上させると考えられている。赤色光を知覚する表層の種と同様の網膜構造を持つ[ 9] 。網膜 は桿体細胞 のみから構成され、錐体細胞 を持たず、ロドプシン とポルフィロプシン、一部の光受容体 に結合した単一のオプシン があり、視覚感度は赤色光を感知する517-541nmである[ 10] 。ほとんどの深海魚は短い波長で最大感度を発揮する色素を持っており、これは深海に届く太陽光と生物発光両方のスペクトル とほぼ一致している[ 11] 。アゴヌケホシエソ属 (英語版 ) やクレナイホシエソ (英語版 ) などの赤色光を発する近縁種は、それぞれ588nmと595nmまでの光を感知できる第3の色素を持つ。黄色い水晶体は網膜に到達する青色光の量を減らし、より長い波長に対する感度を高めることで赤色発光に有利に働いている。本種と同じく赤色光を発するムラサキホシエソ (英語版 ) も水晶体が黄色である。
食性
イラスト
大きな口と牙は魚食性 を示唆しているが、実際の食性は動物プランクトン の割合が高い[ 12] 。カラヌス目 などのカイアシ類 、マイクロネクトン 、エビ などの十脚類 を捕食する[ 12] 。夜間に摂取した獲物は翌日の午後までに消化されるため、エネルギーを維持するために小さな獲物を絶えず食べ続ける必要がある。カイアシ類は食事の約69-83%を占めると記録されている[ 12] 。本種の生息水深では大型の獲物に遭遇することは稀であるため、発光を利用して狭い範囲を照らし、カイアシ類などの動物プランクトンを探す摂食方法がとられる。この食性は獲物の個体数によると考えられ、メキシコ湾東部での研究では、カラヌス目など大型のカイアシ類の個体数は魚やエビよりも3桁多いことが示された[ 12] 。この仮説を確認するには複数の地域でさらなる研究が必要である。長い波長の発光を検出するために必要な色素であるクロロフィル 誘導体の起源は、おそらくカイアシ類である[ 12] [ 13] 。
発光
本種の他に赤色光を発する近縁種はアゴヌケホシエソ属とクレナイホシエソが存在する程度である[ 14] 。この珍しい発光は深海で最大700nmまで達し、緑色や青色の発光生物には感知できないため、索餌において大きな利点を得ている[ 10] 。アゴヌケホシエソ属などは視色素により遠赤色光を感知するが、本種は代わりにクロロフィル由来の物質によって赤色光に対する感度を高める[ 15] 。
涙型で暗褐色の発光器が眼窩下にあり、最大710nmの赤色光を発する。最上部の褐色発光層を除去すると、発光スペクトルは約650nmのより短い波長になる。発光器には赤色蛍光物質が含まれており、化学反応からのエネルギー移動によって蛍光を発する。発光器は脳神経の枝と発光器官を介する神経によって制御される。眼窩後部の青色発光器官とは独立して制御されており、より長時間蛍光を発することが知られている。発光器は、大量の緋色の細胞を含む大きな色素胞から構成される。色素胞の内側には厚い反射層があり、発光器には反射組織の束が走る。外層は大きな上皮細胞で構成され、内側の暗い色の層と融合している。この層は光をフィルタリングする茶色の層を提供すると考えられる。腺の細胞は密な粗面小胞体によって特徴付けられる[ 16] 。
脚注
出典
^ a b Harold, A. (2015). “Malacosteus niger ” . IUCN Red List of Threatened Species 2015 : e.T190149A21909439. doi :10.2305/IUCN.UK.2015-4.RLTS.T190149A21909439.en . https://www.iucnredlist.org/species/190149/21909439 2024年10月23日 閲覧。 .
^ a b c d e Sutton, Tracey T. (2005-11-01). “Trophic ecology of the deep-sea fish Malacosteus niger (Pisces: Stomiidae): An enigmatic feeding ecology to facilitate a unique visual system?” (英語). Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 52 (11): 2065–2076. Bibcode : 2005DSRI...52.2065S . doi :10.1016/j.dsr.2005.06.011 . ISSN 0967-0637 . http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0967063705001652 .
^ McIntyre, Alasdair D. (2005). “Proxy login - URI Libraries” . Fisheries Research 72 (2–3): 361–362. doi :10.1016/j.fishres.2005.02.004 . https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0165783605000597 2021年10月16日 閲覧。 .
^ “Ocean Biodiversity Information System ”. obis.org . 2024年10月23日 閲覧。
^ a b 『小学館の図鑑Z 日本魚類館』143頁
^ a b Kenaley, C.P. (2007). “Revision of the Stoplight Loosejaw Genus Malacosteus (Teleostei: Stomiidae: Malacosteinae), with Description of a New Species from the Temperate Southern Hemisphere and Indian Ocean”. Copeia 2007 (4): 886–900. doi :10.1643/0045-8511(2007)7[886:ROTSLG]2.0.CO;2 .
^ Regan, C.T. (1930-01-01). “The Fishes of the Family Stomiatidae and Malacosteidae”. Danish Dana Expedition 6 : 1–143.
^ Kenaley, Christopher P. (May 2012). “Exploring feeding behaviour in deep-sea dragonfishes (Teleostei: Stomiidae): jaw biomechanics and functional significance of a loosejaw: DRAGONFISH FEEDING BIOMECHANICS” (英語). Biological Journal of the Linnean Society 106 (1): 224–240. doi :10.1111/j.1095-8312.2012.01854.x .
^ Somiya, H. (1982-07-22). “'Yellow lens' eyes of a stomiatoid deep-sea fish, Malacosteus niger” (英語). Proceedings of the Royal Society of London. Series B. Biological Sciences 215 (1201): 481–489. Bibcode : 1982RSPSB.215..481S . doi :10.1098/rspb.1982.0055 . ISSN 0080-4649 . PMID 6127717 . https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.1982.0055 .
^ a b Douglas, R.H; Partridge, J.C; Dulai, K.S; Hunt, D.M; Mullineaux, C.W; Hynninen, P.H (August 1999). “Enhanced retinal longwave sensitivity using a chlorophyll-derived photosensitiser in Malacosteus niger, a deep-sea dragon fish with far red bioluminescence” (英語). Vision Research 39 (17): 2817–2832. doi :10.1016/S0042-6989(98)00332-0 . PMID 10492812 .
^ Douglas, Ronald H.; Genner, Martin J.; Hudson, Alan G.; Partridge, Julian C.; Wagner, Hans-Joachim (2016-12-20). “Localisation and origin of the bacteriochlorophyll-derived photosensitizer in the retina of the deep-sea dragon fish Malacosteus niger” (英語). Scientific Reports 6 (1): 39395. Bibcode : 2016NatSR...639395D . doi :10.1038/srep39395 . ISSN 2045-2322 . PMC 5171636 . PMID 27996027 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5171636/ .
^ a b c d e Sutton, T. T. (2005). “Trophic ecology of the deep-sea fish Malacosteus niger (Pisces: Stomiidae): An enigmatic feeding ecology to facilitate a unique visual system?” . Deep-Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 52 (11): 2065–2076. Bibcode : 2005DSRI...52.2065S . doi :10.1016/j.dsr.2005.06.011 . https://nsuworks.nova.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1213&context=occ_facpresentations .
^ Herring, P.J.; Cope, A. (December 2005). “Red bioluminescence in fishes: on the suborbital photophores of Malacosteus , Pachystomias and Aristostomias ”. Marine Biology 148 (2): 383–394. Bibcode : 2005MarBi.148..383H . doi :10.1007/s00227-005-0085-3 .
^ Kenaley, Christopher P. (2009). “Comparative innervation of cephalic photophores of the loosejaw dragonfishes (Teleostei: Stomiiformes: Stomiidae): Evidence for parallel evolution of long-wave bioluminescence”. Journal of Morphology 271 (4): 418–437. doi :10.1002/jmor.10807 . ISSN 0362-2525 . PMID 19924766 .
^ Douglas, R. H.; Mullineaux, C. W.; Partridge, J. C. (2000-09-29). Collin, S.P.; Marshall, N.J.. eds. “Long–wave sensitivity in deep–sea stomiid dragonfish with far–red bioluminescence: evidence for a dietary origin of the chlorophyll–derived retinal photosensitizer of Malacosteus niger” (英語). Philosophical Transactions of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences 355 (1401): 1269–1272. doi :10.1098/rstb.2000.0681 . ISSN 0962-8436 . PMC 1692851 . PMID 11079412 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1692851/ .
^ Herring, Peter J.; Cope, Celia (2005-09-28). “Red bioluminescence in fishes: on the suborbital photophores of Malacosteus, Pachystomias and Aristostomias” . Marine Biology 148 (2): 383–394. Bibcode : 2005MarBi.148..383H . doi :10.1007/s00227-005-0085-3 . ISSN 0025-3162 . http://dx.doi.org/10.1007/s00227-005-0085-3 .
参考文献
関連項目