ケンブリッジ大学出版局(ケンブリッジだいがくしゅっぱんきょく、英語: Cambridge University Press)は、ケンブリッジ大学の出版事業を手がける出版社である。1534年、ヘンリー8世により特許状が発せられたのを起こりとする世界最古の出版社、かつ世界第2の規模の大学出版局であり[1]、聖書や学術誌の出版も手掛けている。
ケンブリッジ大学出版局は、1698年以来、様々なテーマを代表するケンブリッジ大学の上席研究員18名で構成される「出版団 (the Press ‘Syndics’)」(当初は「学芸員〈Curators〉」と呼ばれていた)により運営されている[5][2]。この団は、出版委員会と会計委員会という2つの主要な小委員会を傘下に擁する。出版委員会は、出版する書籍のクオリティを保証し、これに正式な承認を与えている。期日は年18回開かれ、編集、出版戦略の検討を行う。会計委員会は、会計や運営関連の事項を所管し、年4回招集される。これら出版団のミーティングは、ケンブリッジ市中心に位置し、旧出版局本部が置かれていたピットビルディングで行われている[5]。出版局の運営上の権限は、これらの出版団から出版局の最高責任者及び9人の幹部(財務担当を含む)に対して委任するという形がとられている。
1591年、トマスの後任であるジョン・リゲイトにより、最初のケンブリッジによる聖書である八折版ジュネーヴ聖書の印刷が行われる。ロンドン書籍出版業組合は、自分たちに聖書印刷の独占権があると主張して、激しく反発した。これに対して大学側は、特許状の規定によりケンブリッジには「あらゆる種類の書籍」の印刷を認められているとの回答を示した。このような経緯で、ケンブリッジ大学出版局の伝統である聖書出版は始まった。この伝統は400年以上続いており、その間に、ジュネーヴ聖書を皮切りとして、欽定訳聖書、改訂版聖書、新英語訳聖書 (New English Bible)、改訂英語訳聖書 (Revised English Bible) がケンブリッジから出版されている。上記のロンドン書籍出版業組合との紛争によって、ケンブリッジの出版事業は長く制限と妥協を余儀なくされ、この状態は、1696年に学者であるリチャード・ベントレー(英語版)が「新たなスタイルの出版局」を作り上げる権限を握るまで続いた。任命された上級研究員からなる組織(「学芸員〈the Curators〉」、1733年以降「出版団〈the Syndics〉」と呼ばれる)が出版局に関連する事項について大学に対し責任を負うシステムが成立したのも、1697年のベントレーの時代のことである。出版団の出版委員会は、現在も定期的(年18回)に開かれ、出版局の出版物をレビューし、承認する役割をずっと担い続けている。
1854年から1882年まで大学印刷工を務めたC. J. クレイによる管理の下、出版局はその学術、教育出版事業における大きさと規模を増していった。この拡大の中で特に重要なのは、一連の教科書シリーズ(後に「ピット・プレス・シリーズ」として知られるようになったものも含む)の発刊である。クレイの時代に、ケンブリッジ大学出版局は、オックスフォードとの共同出版事業にも取り組んだ。こうして1870年に着手され、1885年に完成したのが改訂訳聖書である。また、出版局の出版団が、ジェームズ・マレーの持ち込んだ提案を却下したのもこの時代のことである。マレーはのちにオックスフォードに招かれ、その提案をオックスフォード英語辞典として結実させた。
1892年、R. T. ライトが出版局出版団の事務局長に任命されたのを契機に、ケンブリッジ大学出版局は、明確に定められた編集ポリシーと管理体制を有する近代的出版事業者としての発展を遂げていった。ライトは、アクトン卿、フレデリック・メイトランドという2人の偉大な歴史家と共に、ケンブリッジ史の出版プランを立案した。これは、ケンブリッジが出版分野において果たした貢献の中でも代表的なものの一つとされている。
「ケンブリッジ近代史 (Cambridge Modern History)」の刊行は、1902年から1912年にかけて行われた。その9年後、出版局は編集したばかりのシェークスピア全集の第1巻を発行する。全巻の刊行が完了したのは1966年という大プロジェクトであった。出版局は、科学、数学分野においても、アルベルト・アインシュタイン、アーネスト・ラザフォード(後に出版局の専属となる)といった偉大な人物の協力を得て成長していった。出版局は、雑誌出版においても優れた貢献をしているが、これは1893年から始まって、今日では300近くの雑誌を発刊している。
2007年、ケンブリッジ大学出版局の決定をめぐって、論争が巻き起こった。出版局は、2006年に出版した、ブーア、コリンズ執筆による “Alms for Jihad: Charity and Terrorism in the Islamic World(聖戦のための施し-イスラム世界における愛とテロリズム)” のすべての在庫を廃棄するとしたのである。これは、サウジアラビアの億万長者であるハリド・ビン・マフーズ(英語版)から(本の内容が名誉毀損に当たるとして)訴訟を提起され、その和解条件の一つとして提示されたことを受けたものだった[17]。
それから数時間のうちに、Alms for Jihad は、アメリカ合衆国のAmazon.comとeBayの検索ランキング100位内に躍り出た。ケンブリッジ大学出版局は、各地の図書館に対し、Alms for Jihad を書架から撤去するよう通知を出した。そして、引き続き本の中で問題があるとされる部分を挙げたコピーを送付した。
これに対してアメリカ図書館協会は、図書館に向けて、Alms for Jihad について閲覧可能な状態を保持しようとの次のような提言を行った。「当該本に対する興味が非常に高まっていること、そして論争対象の本を直接手にとって学びたいという読者の欲求に鑑みて、我々は、アメリカの図書館に対し、この本を利用者が読める状態にしておくよう推奨する。」出版局の決定は、本の著者からも受け入れられなかった。そして、これは表現の自由、出版の自由に抵触するとして出版局の決定を批判し、イギリスの名誉毀損法は過度に厳格であると指摘する者もいた[18][19]。アメリカ合衆国下院議員のフランク・ウルフは、2007年10月7日付けのニューヨーク・タイムズのブック・レビューにおいて、ケンブリッジ大学出版局の措置は「実質的な焚書」であると述べている[20]。ケンブリッジ大学出版局は、問題が起こった当時、Alms for Jihad の販売を行なっており、その在庫もほとんどが販売済みであったことを指摘している。ケンブリッジ側は、出版局は責任を持った行動をとらねばならず、また、グローバルな出版社であるために多くの異なった国々の法律を守る義務を負っているとして、その行為が正当なものであると主張している。
[21]
^ abMcKitterick, David (1998). A History of Cambridge University Press, Volume 2: Scholarship and Commerce, 1698–1872. Cambridge University Press. p. 61. ISBN978-0521308021
^McKitterick, David (2004). A History of Cambridge University Press, Volume 3: New Worlds for Learning, 1873–1972. Cambridge University Press. pp. 427–428. ISBN978-0521308038
^ abBlack, Michael (2000). A Short History of Cambridge University Press. Cambridge University Press. pp. 65–66. ISBN978-0521775724
Anonymous; The Student's Guide to the University of Cambridge. Third Edition, Revised and Partly Re-written; Deighton Bell, 1874 (reissued by Cambridge University Press, 2009; ISBN 978-1-108-00491-6)
Anonymous; War Record of the Cambridge University Press 1914–1919; Cambridge University Press, 1920; (reissued by Cambridge University Press, 2009; ISBN 978-1-108-00294-3)
A History of Cambridge University Press, Volume 1: Printing and the Book Trade in Cambridge, 1534–1698; McKitterick, David; 1992; ISBN 978-0-521-30801-4
A History of Cambridge University Press, Volume 2: Scholarship and Commerce, 1698–1872; McKitterick, David; 1998; ISBN 978-0-521-30802-1
A History of Cambridge University Press, Volume 3: New Worlds for Learning, 1873–1972; McKitterick, David; 1998; ISBN 978-0-521-30803-8
A Short History of Cambridge University Press; Black, Michael; 2000; ISBN 978-0-521-77572-4