バスター・ウィリアムス(Buster Williams、1942年4月17日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれのモダンジャズのベース奏者。
1959年から演奏家としての活動を始めた。フィラデルフィアでプロとしてデビューした後、ジーン・アモンズ、ソニー・スティットのクインテットやベティ・カーター、ナンシー・ウィルソン、サラ・ヴォーンといった女性歌手のレコーディングに参加、1960年代後半にニューヨークに移りハービー・ハンコックのグループに参加、一時期マイルス・デイヴィスの下でも活躍した。以降はケニー・バロン、デクスター・ゴードン、ジョー・ファレル他にも多くのミュージシャンと活動を共にしている。
ロン・カーターなどと同じく、黒ナイロン巻きスチール弦を用いた個性的なトーンを特色とする。
経歴
生い立ちおよびキャリア
父親チャールズ・アンソニー・ウィリアムス・シニアもベース、ドラム、ピアノの音楽家だった。幼い頃からジャズに親しんだ。ニュージャージー州の家で父親のバンドのリハーサルをやっていた。
「スターダスト」におけるオスカー・ペティフォードのベース演奏に注目し、十代で演奏を始めた。彼がまだ中学生だったときプロとしての最初のギグがあった。
ジミー・ヒースのバンドとサム・リードのバンドを掛け持ちしていた。父親は「RIP」というクラブでジャム・セッションを開催し、ウィリアムスは1959年に、月曜日の夜のショーで父と一緒に演奏した。
高校卒業直後の1960年にジーン・アモンズとソニー・スティットと共演した。ウィリアムスは、1961年8月にアモンズ/スティット・グループと彼の最初の録音を行った。
教育
ウィリアムスはフィラデルフィアの音楽大学で、アモンズ、スティットたちと演奏していくなか、またそれ以後、不規則に音楽を学ぶこととなる。構成・作曲・和音・理論をロナルド・ウィギンズ博士から学んだ[1][2]。
ボーカル伴奏者
ベティ・カーター (1962年) やサラ・ヴォーン (1963年) と共演。ヴォーンは、フランスのリビエラでの公演に彼を帯同した。
1964年、ウィリアムスはナンシー・ウィルソンといくつかのアルバムをキャピトル・レコードに録音し、ロサンゼルスに移住することとなる。
シャーリー・ホーン、ジョナサン・シュワルツ、カーメン・マクレエ、ロザンナ・ビトロ、ヘレン・メリル、ジョン・ルシアン、マルグリット・マリアマ、チャンピオン・フルトンとも共演している。
西海岸
西海岸ではナンシー・ウィルソンとのツアーやレコーディングをこなし、ジャズ・クルセイダーズと5枚のアルバムをアトランティックに録音した。
ケニー・ドーハムやハロルド・ランド、ボビー・ハッチャーソンのクインテットと録音し、マイルス・デイヴィスと1967年に数ヶ月間共演した。
ハービー・ハンコック・セクステット
1968年にニューヨークに行き、アート・ブレイキー、ハービー・マン、メアリー・ルー・ウィリアムスと共演。
アトランティック、ブルーノート、プレスティッジでマッコイ・タイナー、デクスター・ゴードン、ロイ・エアーズ、スタンリー・タレンタイン、フランク・フォスター、イリノイ・ジャケー、ジーン・アモンズと共演。
ハービー・ハンコックとマイルス・デイヴィス・クインテットで共演したのをきっかけに、ウィリアムスはハンコックとのバンドであるムワンディシ (Mwandishi)で3枚のアルバムを録音。
ムワンディシ六重奏団はジャズの新しい電子音を探求し、ウィリアムスはアコースティックとエレキベースの両方で演奏した。
リーダーとしてのデビュー
1975年にリーダーとしてのレコーディング・デビューを果たした。
映画やテレビの仕事
ウィリアムスはいくつかの映画のサウンドトラックやテレビコマーシャル(コカ・コーラ、バドワイザー、オールドスパイス)で演奏した。
1969年の映画『マッケンナの黄金』の音楽ではクインシー・ジョーンズと共演。
1990年代には、アンジェロ・バダラメンティとデヴィッド・リンチ監督の『ツイン・ピークス』サントラに参加。
スパイク・リーの映画『クロッカーズ』にも参加。
ブランフォード・マルサリスが率いるテレビ番組『トゥナイト・ショー』のハウス・バンドとも共演した。
ウィリアムスは、2004年のスティーヴン・スピルバーグ監督映画『ターミナル』に自分自身として出演し、ベニー・ゴルソンのカルテットでマイク・レドンヌとカール・アレンと共演した。
私生活
ウィリアムスは中学生のときに出会ったベロニカと1965年に結婚。2014年の時点で妻とカムデンに住んでいる。
1972年に妻が交通事故で脳震盪を起こして以来、仏教に帰依し、創価学会インターナショナル(SGI)に入信し南無妙法蓮華経を唱えている。彼の信仰はハービー・ハンコックやウェイン・ショーターに影響をあたえた。
ディスコグラフィ
脚注
- ^ Colligan, George. "The Buster Williams Interview", Jazz Truth. Blogger, July 7, 2013. Web. February 19, 2014.
- ^ "Biography" Archived 2012-01-25 at the Wayback Machine., Buster Williams website.
外部リンク