久世 弥三吉(くぜ やそきち、1895年(明治28年)3月2日 - 1949年(昭和24年)7月)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴
1895年(明治28年)に富山県で生まれた。陸軍士官学校第28期を卒業し、1935年(昭和10年)に陸軍大学校専科第2期を卒業した。1940年(昭和15年)8月1日、陸軍歩兵大佐進級と同時に陸軍予科士官学校教官に着任し、10月1日に留守近衛師団司令部附(東部軍)となり、1941年(昭和16年)8月に第11軍司令部附となり日中戦争に出動した。1943年(昭和18年)2月に歩兵第44連隊長(関東軍・第5軍・第11師団)に就任し、虎林に位置した。1944年(昭和19年)3月18日に留守第7師団参謀長に就任し[5]、4月1日には第77師団参謀長(第5方面軍)に発令された。
1945年(昭和20年)6月10日に陸軍少将に進級し、7月16日に独立混成第107旅団長(第2総軍・第16方面軍)に着任。福江島で米軍の来襲に備えた。
脚注
参考文献