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ななうら丸

ななうら丸(3代目)
宮島連絡船「ななうら丸」(3代目)
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本廿日市市
運用者 JR西日本宮島フェリー(2016-)
建造所 内海造船瀬戸田工場(789番船)
経歴
就航 2016年11月7日[1]
要目
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ななうら丸(2代目)
宮島連絡船「ななうら丸」(2代目)
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本廿日市市
運用者 日本国有鉄道(1987)
JR西日本(1987-2009)
JR西日本宮島フェリー(2009-)
建造所 石川島播磨重工業呉第一工場(2692番船)
信号符字 JG4643
IMO番号 8630849
経歴
起工 1986年10月
竣工 1987年1月30日
就航 1987年2月18日[2]
処女航海 1987年2月8日[2]
終航 2016年11月7日
要目
総トン数 196トン
全長 31.0m
全幅 8.5m
型深さ 2.99m
機関方式 ディーゼル
出力 650PS
速力 10.40ノット
旅客定員 675名(車両未搭載時)
315名(車両搭載時)
車両搭載数 乗用車13台
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ななうら丸(ななうらまる)は、JR西日本宮島フェリーが運航するフェリー。宮島口と厳島を結ぶ宮島航路に就航している。

現在のななうら丸は3代目である。初代は「七浦丸」といい、関門航路下関丸を宮島航路に転属した際に改称したものであった。

概要

1986年10月に石川島播磨重工業(現:ジャパン マリンユナイテッド)呉第一工場で起工、1987年1月30日に竣工。同年2月8日に処女航海を行ったのち、2月18日から宮島航路に就航した[2]国鉄分割民営化直前に建造されたため、国鉄が最後に新造した鉄道連絡船である。

2代目安芸丸(大島連絡船3代目大島丸)の代替船として建造された。1978年(昭和53年)就航の3代目みせん丸、3代目みやじま丸の改良型である。当時の新型の可変ピッチプロペラを採用するなどの新機軸が設けられ、旋回性能が改良されている。船名の「ななうら」は、厳島に7つの浦があることに因んでいる。[3]

1987年4月1日国鉄分割民営化により、日本国有鉄道から西日本旅客鉄道へ継承され、さらに2009年4月1日の宮島航路の分社化によりJR西日本宮島フェリーへ継承されている。

就航から28年が経過し老朽化したことから、代替船を新造した。新造船は2006年に就航したみやじま丸(4代目)を改良した両頭フェリーで、船名はななうら丸を継承した[4]。2016年11月7日に3代目が就航し、同日2代目が引退した[1]

事故・インシデント

二代目

  • 2005年(平成17年)10月23日、宮島桟橋に着岸した際に生じた衝撃により、2名負傷している。
  • 2004年(平成16年)6月12日、厳島の腰細浦南東沖合で、船底で衝撃を受け、機関室が浸水する。衝撃を受けた際6人が負傷している。

三代目

  • 2020年(令和2年)2月13日、午前8時35分ごろ厳島神社の大鳥居付近の浅瀬に座礁した。約20分後に潮位が上昇してフェリー自力で離岸し宮島の桟橋に接岸した。けが人はなし
  • 2024年(令和6年)3月26日、13時ごろ厳島神社の大鳥居付近の浅瀬に座礁した。20時20分ごろに作業船に曳航されて宮島港の桟橋に戻った。事故前の停泊中に電気系統の異常を示すアラームが鳴ったため点検を実施し、乗客を乗せずに試運転を行っていた際に発生。乗員4名に怪我はなかった[5]

脚注

  1. ^ a b 新「ななうら丸」が来月7日就航 宮島航路、定員2割増”. 日本経済新聞 (2016年10月29日). 2016年11月18日閲覧。
  2. ^ a b c “ななうら丸 18日から運航開始”. 交通新聞 (交通協力会): p. 2. (1987年2月13日) 
  3. ^ 「安芸の宮島 回れば七里 浦は七浦 七恵比寿」という謡がある。
  4. ^ 「ななうら丸」老朽化に伴う新船建造のお知らせ』(プレスリリース)JR西日本宮島フェリー株式会社、2015年7月3日https://www.westjr.co.jp/press/article/2015/07/page_7327.html2015年8月9日閲覧 
  5. ^ “広島・宮島でフェリー座礁 試運転中、けが人なし”. 中国新聞デジタル. (2024年3月26日). https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/443229 2024年3月28日閲覧。 

外部リンク

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