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日本プロ野球のオールスターゲームは、日本野球機構が主催する、セントラル・リーグとパシフィック・リーグの各選抜チームによる対抗試合。通称は「オールスター」「球宴(きゅうえん)」。
概要
毎年7月に行われ、監督推薦やプロ野球ファンによる投票などで選抜された選手が出場する。
源流は、1リーグ時代の1937年から、メジャーリーグベースボールを手本に開催された「職業野球東西対抗戦」である。この時は、本拠地別に東西でチーム分けがされており、また開催時期はシーズン終了後であった。
その後、1950年にセントラル・リーグとパシフィック・リーグに分裂したのを受けて、翌1951年から、両リーグ対抗方式で実施されている。シーズン終了後は日本シリーズが行われることから、開催時期も夏場、シーズン途中に割り込む形での開催となった。
大会名
1988年より冠大会となっており、以下のような変遷を遂げている。
- サンヨーオールスターゲーム(1988年 - 2006年) - 三洋電機(電機メーカー、現在はパナソニックの子会社)
- ガリバーオールスターゲーム(2007年) - ガリバーインターナショナル(中古車販売)
- マツダオールスターゲーム(2008年 - 2016年) - マツダ(自動車メーカー、広島東洋カープ球団筆頭株主)
- マイナビオールスターゲーム(2017年 - ) - マイナビ(人材広告企業)
開催概要
会場および主催球団
12球団持ち回りで開催権が与えられ、基本的にその球団の本拠地(専用球場)で開催となる。地方開催(後述)の場合は日本野球機構(NPB)が直接開催権を持ち、セ・パのどちらをホームとし、どの球団が運営要員を派遣するかはそれまでの開催実績を元に決定される。
かつてはナイター開催が可能な照明設備を有する収容人員3万人以上の野球場での開催が義務付けられていたため、かつて近鉄バファローズが藤井寺球場と日本生命球場を本拠にしていた頃、藤井寺は当時照明設備がなく、日生は収容人員が2万人強と規定を満たしていなかったため、近鉄主管では開催されず、本来近鉄主管となる順番の1959年・1967年・1973年・1979年は南海ホークスの本拠地・大阪球場で振り替えた上、南海に開催権を譲渡して開催した。また東映フライヤーズが1953年から1961年の間、駒澤野球場をフランチャイズとしていた9年間の東映の主管試合とロッテオリオンズが1973年から1977年の間、宮城球場をフランチャイズとしていた5年間のロッテの主管試合は開催されなかった。理由は駒澤野球場と宮城球場のキャパシティが上述の3万人以上収容の規定に満たなかったことや、周辺施設の問題による。なお、2002年の第2戦は広島東洋カープが開催権を持つ順番だったが、ゲームが開催されたのは広島市民球場ではなく松山中央公園野球場(坊っちゃんスタジアム)であり、地方開催のため広島球団ではなくNPBが主催の上、運営要員は広島を中心にセ各球団から派遣された。
時期・日程
スタート当初は年度により2試合と3試合とでばらつきがあったが、1960年代以降は3試合で定着してきた。しかし、「MLBオールスターが年1試合なのに対し、日本オールスターの3試合は多いのではないか」という日本プロ野球選手会側からの要望もあり、1989年以降は原則2試合となった。ただし基本的に夏季オリンピック開催年については3試合を維持した上で、第3戦を地方で開催することとなり、1992年の宮城球場を皮切りに地方開催が実施されるようになった。2001年を最後に3試合制は原則として一旦消滅し、2002年 - 2010年は完全2試合制となり、隔年で2試合のうち1試合(原則第2戦)を地方開催することとなった。しかし、2011年には選手年金の財源確保などNPBの収益強化を目的として10年ぶりに3試合制が復活し[1][2]、2012年・2013年も3試合制で行われた。なお、2011年からの3年間については東日本大震災の復興支援の意味合いもあり、3試合目は被災地である宮城・岩手・福島の各県の球場で実施された。2014年からは再び2試合制となり、2018年からは4年に1度、1試合を地方球場で開催することになった[3]。
試合開催日も初期の1951年 - 1957年は7月初旬か中旬の開催だったが、梅雨の時期と重なり雨天中止・延期が長引いたケース(1953年など)もあったため、1958年 - 2001年は梅雨明け後・夏休み初めの週末となる7月下旬に行われた。第1戦は土曜日、第2戦は日曜日、移動日を挟んで第3戦は火曜日に開催された。1990年代の2試合制は平日開催(第1戦火曜日、第2戦は水曜日)だった。その後夏休みの公式戦開催を強化するため2002年 - 2004年は7月中旬に一旦繰り上げられるも、セ・パ交流戦開始による同一リーグ所属チーム間との対戦、あるいは交流戦の雨天中止・延期分の予備日日程確保の観点から、2005年以後は7月下旬に戻される。第1戦が木曜日や金曜日に始まる年もあり、2011年には3試合連続で開催された。
2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、史上初めてオールスターゲームが中止となった[4]2021年以降は平日開催となっている。
地方開催
前述の通りオールスターゲームは、NPB12球団の本拠地になっていない地方都市でも開催されている。NPBではオールスターゲームの誘致条件について「プロ野球開催に対応する施設を有し、且つプロ野球公式戦等の開催実績を積み、施設運営のノウハウを培うことが前提」と説明している。
なお地方開催の場合、開催権はNPBにある。主管相当球団は本拠地開催の場合と同様に運営要員などを派遣しているが、厳密な意味での主管球団ではない。
新潟は2004年4月の段階で2008年のオールスター開催が内定していたものの、同年に新潟県内では平成16年7月新潟・福島豪雨(7・13水害)や新潟県中越地震などの自然災害が相次いだ。県は災害復旧を最優先させるため、2008年竣工予定だった県立野球場の建設事業を凍結し、2005年7月に開催返上を決定。同月末に日本野球機構に開催辞退の申請を提出し、8月1日に行われた実行委員会で正式に承認された。オールスターゲームの地方開催を辞退するのは史上初のケースだった[注釈 6]。その後2006年に球場建設の目途が付いたことから再び開催地に立候補し、2010年の開催が内定。2009年6月の実行委員会で正式に開催が決定した(試合詳細は2010年のオールスターゲーム (日本プロ野球)を参照)。
2013年以降、地方球場でのオールスターの開催が途絶えていたが、2018年の第2戦は熊本県のリブワーク藤崎台球場で開催することとなった。2018年以降、地方球場でも4年に1度開催するとしている[3]。
選出方法
ファン投票により、外野手のみ上位3名まで、その他のポジションについては1位の選手が選出される。投手は「先発」「中継ぎ」「抑え」にポジションが分かれており、それぞれの1位が選出される。また、2008年より選手間投票が導入され、ファン投票と同様に各ポジション1位と外野手上位3名が選出される[5]。翌日発表の監督推薦(前年リーグ優勝球団監督が担当)を併せて両チーム28名ずつ(計56名)がメンバーとして登録される。
選手枠は原則として28名(合計56名)だが、試合数などを考慮し増加する場合がある。2010年は「プラスワン」により29名(合計58名)、3試合制の2011年から2013年は「プラスワン」を含め32名(合計64名)となった。
監督は前年度にリーグ優勝したチームの監督、コーチは前年度に2位・3位であったチームの監督が務める。前年度終了後に監督が交代した場合、またはシーズン中に監督が休養してコーチ等が代行を務める場合でもそのまま監督(監督代行)が監督・コーチとなる[注釈 7]。
ファン投票
ファン投票は、公式投票はがき、市販の郵便・私製はがき、インターネット(パソコン、携帯電話)から投票する。インターネット投票では、同一メールアドレスから1日1回までという投票制限がある[注釈 8]。
公式投票はがきは公式戦の開催会場や有名書店などで配布される[注釈 9]。公式戦会場などでは直接投票できる(切手不要)投票箱が設置されている。かつてはサークルKサンクス(現在のファミリーマート)でも配布されていたが、2016年をもって終了している。コンビニエンスストアの投票箱は2005年に一度設置を取りやめ、2006年から復活した。これは2005年に全面施行された個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)による影響との説があり、2006年以降の公式投票はがきには個人情報の記載が不要となっている。
投票開始日から数えて概ね1週間経過してから締切日までほぼ毎日(土・日曜日は除く)途中経過が発表され、締め切り後1週間程度をメドに最終集計が公表される。
1986年までは18名(1975年の指名打者制度投入後は19名)連記、あるいは1名のみの単記・または18名連記のどちらか等投票方式の変化をたどってきたが、1987年以後は単記・連記自由で、連記の場合は19名(セ・9人、パ・10人)までであれば自由となった(下記参照)。その後ルール改正で投手については「先発」「中継ぎ」「抑え」の3人ずつまで投票できるため、連記の場合は23人(セ・11人、パ・12人)まで投票できる。ただし、各リーグ・各ポジションにつき1名(外野3名まで)は厳守することとなっている。
公式投票はがきからの投票の場合、マークシート方式であらかじめノミネートされた選手の中から選んで塗りつぶす方式が取り入れられている。ノミネート選手外の場合は、チーム、ポジション、背番号の順に塗りつぶして投票する。2016年の原口文仁の場合、T→2→9→4の順に塗りつぶす。
2005年より、ファン投票において得票数トップとなった選手は「最多得票プレーヤー」として表彰される。表彰は出場選手発表後、所属チームのホームゲーム開催球場にて実施され、認定証、盾などが贈呈される。
基本的にファン投票で選出された選手は出場を辞退することができない。辞退した場合は野球協約86条により、当該選手が属する球団の球宴終了後の後半戦開始から10試合選手登録ができなくなる。2006年まで「顕著な傷病等により出場できなかったものとコミッショナーが認めた時は、出場登録できるまでの期間を短縮することができる」とあり、故障による出場辞退の場合は登録停止期間の短縮もしくは免除を受けることができたが、明確な適用基準がなく悪用の恐れがあるとのことから、この年を以って廃止となった。この制度の適用を受けたことがある選手は2003年の川崎憲次郎、2006年の福留孝介・小久保裕紀の3人である。福留は後半戦開幕から活躍したため制度の悪用との批判があった(もっとも福留は他の年はすべて選出された年に出場しており、この年もオールスター前に怪我の影響で14試合を欠場している)。なお2019年より野球協約が改定され、脳震盪により登録抹消された選手は適用除外となる他、オールスターゲーム開催時点で出場選手登録を抹消中の選手については抹消期間中の試合数を10試合から差し引くことになった[10]。
歴代のファン投票の方式
- 1951年、1952年:18名連記。市販のはがき使用による郵送のみ
- 1953年:単記(1名のみ)。はがき郵送のみ
- 1954年、1955年:単記・18名連記のどちらでも可(市販のはがきの郵送の他、新聞刷り込み投票用紙、はがき大の画用紙でも投票と持ち込みも可能)
- 1956年:はがきの場合は単記・18名連記どちらも可。新聞刷り込み投票用紙は18名連記のみ。何れも郵送のみ受付で小包は使用不可
- 1957年 - 1970年:はがき、新聞刷り込み投票用紙とも18名連記のみ。何れも郵送のみで小包使用不可
- 1971年、1972年:両リーグとも同じ守備位置・選手を1つ(1名)ずつ選ぶ準単記方式(即ち投手を投票したいのであればセ・パそれぞれの投手の中から1名ずつ選ぶ)。はがき・専用投票用紙による郵送のみ
- 1973年 - 1975年:両リーグとも投票者が各自守備位置を選び2名ずつ投票する準単記方式。はがき・専用投票用紙による郵送のみ
- 1976年 - 1986年:19名連記(守備位置と背番号の数字と球団の英略を併記)。はがき・専用投票用紙による郵送のみ
- 1987年 - 現在:単記・連記どちらも可。連記の場合は19名(その後投手を3つに分類したため現在は23人)までの範囲であれば自由に投票できるようになった。はがき・専用投票用紙による郵送、球場などでの直接持ち込み、その後インターネット(パソコン、携帯電話)からの投票も可能となる
※参考出典:ベースボール・レコード・ブック1988年版(ベースボール・マガジン社)「オールスターゲーム」の項目を参照
現在のファン投票の問題点
- インターネット投票の導入により、安易に大量投票が可能になったため、故障で試合出場のなかった選手が選ばれたり、そのポジションを経験したことのない選手が票を集めるといった不可解な結果が多くみられるようになっている(例:2003年の川崎祭)。好意的解釈をするか否定的に受け止めるかは人それぞれだが、打撃が得意だったトレイ・ムーア投手に一塁手での投票が入っていたり、一部のファンが中村紀洋の三塁手部門での選出を阻止するため小笠原道大に票を集中させたり、リック・ショートにほとんど守ったことのない遊撃手(ショート)での票が多く入っていたこともある。
- ノミネートされた選手への投票に比べて、その他の選手への投票は手間がかかるため、ノミネート外選手が選出されることは少ない。そのため、シーズン途中からレギュラーになった選手、ノミネートされていない選手は選ばれにくい。また、シーズン中にポジションの変更が行われた選手も変更前のポジションでの得票が圧倒的に多い。また、ポジションを変換した選手は票が各ポジションに分散されてしまう(2000年代後半以降では松中信彦への票が一塁手、外野手、指名打者に分散されてしまっている)。
- 先発・中継ぎ投手は1球団あたり5〜6人ずついるが、枠はそれぞれ1つずつしかないため監督推薦でなければ出場は難しい。
- 票が入りやすいという条件さえあれば、故障選手・2軍調整中選手まで選出されてしまうことがある(2007年の松本輝など)。
- 稀に球団自らが、あるいは球団所在地の地元マスメディアなどが主導する形でチームへの関心の喚起を目的としてファンに投票を呼びかけた場合、結果的に当該球団所属選手への大量得票に繋がってしまうケースがあり、特にその球団のシーズン成績が不振である場合には非難の対象となりやすい(1978年の日本ハム、1995年の横浜、2007年の楽天など。特に前者の場合は一部選出選手が出場辞退に追い込まれている)[11]。
これらの問題の改善策として、ノミネート制度の廃止やポジション別での選出の見直しなどが議論されている。王貞治(ソフトバンク球団会長)は私案として、観戦券1枚に投票用紙1枚を添付する方式を示している。
守備位置の記号
- 先発投手:1-1
- 中継ぎ投手:1-2
- 抑え投手:1-3
- 捕手:2
- 一塁手:3
- 二塁手:4
- 三塁手:5
- 遊撃手:6
- 左翼手:7
- 中堅手:8
- 右翼手:9
- 指名打者:DH
投票で使う球団略号
セ・リーグ
パ・リーグ
過去に使われた略号
- セ・リーグ
- (第1次)大洋ホエールズ→(第2次)大洋ホエールズ→横浜大洋ホエールズ(W)
- 大洋松竹ロビンス(R)
- 横浜ベイスターズ(YB)
- サンケイアトムズ→アトムズ→ヤクルトアトムズ(A)
- 松竹ロビンス(R)
- パ・リーグ
- オリックス・ブルーウェーブ(BW)
- オリックス・バファローズ(Bs) ※2018年まで
- 毎日オリオンズ→毎日大映オリオンズ→東京オリオンズ→ロッテオリオンズ(O)
- 高橋ユニオンズ→トンボユニオンズ→高橋ユニオンズ(U)
- 大映スターズ(S)
- 大映ユニオンズ(U)
- 近鉄パールス(P)
- 近鉄バファロー→近鉄バファローズ→大阪近鉄バファローズ(Bu)
選手間投票
2008年から、現役選手がファン投票とは別に投票を行って出場選手を選出する制度を導入した。概要は以下の通り。
- 投票は12球団の支配下登録選手全員によって行う。
- 投票対象選手は各球団が選出したファン投票リストの30名。
- セ・リーグは9ポジション9名、パ・リーグはDHを含む10ポジション10名へ投票。外野手はポジションを分けず3名。
- 2010年までは自球団の選手への投票はできなかったが、2011年度より可能となった。
- セ・パそれぞれのポジションの得票数1位をオールスター出場選手とする。
- ファン投票と選手間投票の1位が同一選手であった場合、2位選手の繰上げは行わず、その枠は監督推薦選手に組み入れる。
プラスワン
2010年に60回大会特別企画として導入された、ファン投票・選手間投票・監督推薦の選手以外から「最後の1名」を決めるファン投票。2014年から2017年までは実施されなかったが、その後2018年に再開。2021年も実施されなかったが[注釈 10]、2022年から再開されている。
- 投票の名称
- マツダ・プレマシー プラスワン ドリーム(2010年)
- SKYACTIV TECHNOLOGY プラスワン チャレンジ(2011年)
- SKYACTIV TECHNOLOGY プラスワン ドリーム(2012年)
- プラスワン投票(2013年、2018年以降)
概要は以下の通り。
出場対象選手
- 原則として5月末までに支配下登録されている選手を対象とする。
- 2004年から、1軍の試合実績のない選手への投票を抑制すること、また組織票防止の観点から、打者は10試合以上、若しくは20打席以上出場、投手は5試合以上、若しくは10回以上の登板(出場)実績のない選手は選考の対象から外されることとなった(川崎祭を参照)。
- 外国人選手はファン投票に関しては推薦の上限を設けない(試合出場に際しては同時出場の場合上限あり)。
- 投票期間中の選手移籍に関しては、同一リーグ内の場合は前所属球団の分と併せて得票数に計算。異なるリーグへの移籍となる場合は、前所属球団の分はそのまま「移籍前」扱いとして残して、移籍先球団の所属するリーグでは改めて0の段階から得票を数えていく。
試合方式
- 予告先発があり、第1戦は試合前日に発表される。第2戦、第3戦は各直前試合の終了後に発表される。
- すべての試合で指名打者制。
- 9イニングで終了、延長戦は無し。引き分け再試合も無し。
- 雨天により続行不可能となった場合は公式戦同様コールドゲームは5回裏終了時点で成立とみなす。
- 投手は3イニングを超えて登板することはできない。ただし1死または2死後に登板した場合は、以後の完全な3イニングを投球することができる(したがって、記録上は最大3回2/3まで登板が可能である)。
- 外国人選手枠は1チーム最大5名(2010年までは4名)。同時に出場できる外国人選手は投手1名、野手4名(2010年までは3名)まで。
- 試合の審判は、NPB審判部から選ばれた審判員による。日本シリーズと同じく6人制。公式戦・交流戦とは違い、外審と呼ばれる審判(以前の線審、主に両翼ポール際への打球のファウルか本塁打を判定する)が両翼のファウルライン上に立つ。
- 明確に規定されているわけではないが、開催球場を本拠地とするチームの投手が先発を務めることが慣例になっている(山本昌が自身の公式ページで言及していた)。例としては2003年第1戦(大阪ドーム)の先発投手は、全セが阪神(当時)の井川慶、全パが近鉄(当時)の岩隈久志だった(この年の主管球団は大阪ドームを本拠地にする近鉄だったが、2002年のオールスター開催条項改正で2試合開催の場合のホームゲームはセ・パ各1試合とする取り決めとなったため、セ・リーグのホームゲームとなった)。
- 地方球場での試合では、その球場の主管球団に相当する順番の球団(地方開催時はNPB主管のため)の投手が先発を務めることが多い。例としては、2006年第2戦(サンマリンスタジアム宮崎)の先発が、全セは宮崎をキャンプ地とする巨人の内海哲也で、全パは地元九州(宮崎市はキャンプ地でもある)福岡ソフトバンクの斉藤和巳だった。
大会CM
1999年と2000年には、両軍監督出演の大会オリジナルCMが制作され、6月ごろから各球場の大型映像装置(オーロラビジョンなど)で上映された。
大会マスコットキャラクター
1990年代、三洋電機スポンサー時代のこと、星をモチーフにしたオールスターゲームオリジナルの大会マスコットキャラクター「うっ太」と「なげ太」が存在した。ヘルメットにセ・リーグのロゴが書かれたものと、パ・リーグのロゴが書かれたものの2体が存在。2019年現在、動物のアルパカをモチーフとした「セカパカ」が存在。
大会シンボルマーク
- 三洋電機時代:セ・リーグとパ・リーグのロゴが、書かれたヘルメット。
プラクティスユニフォーム
2007年までは練習中も各球団のユニフォームを着用していたが、2008年からはセ・パそれぞれのイメージカラーである連盟旗の色(セ=緑、パ=青)を基調とした、専用のプラクティスユニフォーム(ミズノ株式会社提供)を着用。ちなみにこのユニフォームは、出場者の直筆サインを入れてインターネットオークションに出品。チャリティーによる売上金は、日本赤十字社を通して同年発生したミャンマーのサイクロンや中国の四川大地震での被災者への救援に充てられた。
2009年は、開催球場を本拠地とする球団のチームカラー(セ=カープの赤、パ=ファイターズの青)に、2010年はそれぞれの開催地をイメージした色(セ=新潟の日本海に浮かぶ夕日のオレンジと日本海のブルー、パ=福岡の玄界灘の深い海をイメージした黒と紺)にそれぞれ変更[注釈 11]されている。
2011年は、セ・パともにマーク・ロゴ以外は全て同じデザインとした。これは同年3月11日発生の東日本大震災からの復興を12球団一丸となって取り組んでいるというメッセージを込めたもので、日の丸をイメージした「白地に赤」となっている。2012年・2013年も同じデザイン(ロゴは変更[注釈 12])のものを使用。ちなみに、実際に試合で着用されたユニフォームは出場者の直筆サインを入れて、インターネットによるチャリティーオークションに出品される。オークションの売上は、全額日本赤十字社を通じて震災の復興のために使用される。
2014年は、3年ぶりにデザインが変更となりセ・リーグは銀、パ・リーグは金を基調としたユニフォームとなった。ロゴの周りには今までと同様に開催地を模した星が、帽子にはリーグのロゴマークがそれぞれ描かれている。また、翌2015年も同じデザインを使用[注釈 13]。
2016年は、サプライヤーがマジェスティック ジャパンに変更されユニフォームも一新、2009年と同様に開催球場を本拠地とする球団のチームカラー(セ=ベイスターズの青、パ=ホークスの黄色)をモチーフにしたものとなった。2017年は開催球場を本拠地とする球団のビジターユニフォーム(セ=ドラゴンズ、パ=マリーンズ)をベースとしたデザイン、2018年は表面は連盟旗、裏面はそれぞれの開催地をイメージした色(セ=青、パ=海老茶色)をベースとしたデザイン、2019年はセ・リーグは濃紺・緑・セルリアンブルー(開催地甲子園のある兵庫県旗の色)、パ・リーグは灰色・青・江戸紫(東京ドームのある東京都旗の色)のそれぞれ3色をベースに、両脇に所属球団をイメージとした星が3つずつ描かれたデザインとなった。
このユニフォームについては、提供者であるミズノ→マジェスティック ジャパンが一般向けとして作製しているレプリカ版を、通販などで販売もしている。なお、販売は期間限定で、ファン投票期間中から開始される。
過去の試合方式
延長戦の規定
- 1953年:12回まで
- 1954年 - 1955年:日没まで。
- 1956年 - 1958年:22時15分以降新しいイニングに入らない。
- 1959年 - 1964年:22時30分以降新しいイニングに入らない。
- 1965年 - 1967年:22時15分以降新しいイニングに入らない。
- 1968年 - 1973年:22時20分以降新しいイニングに入らない。
- 1974年:21時30分以降新しいイニングに入らない。
- 1975年 - 1987年:試合開始3時間を越えて新しいイニングに入らない。
- 1988年 - 1991年:試合開始4時間を越えて新しいイニングに入らない。12回打ち切り。
- 1992年以降:延長なし。9回打ち切り。
指名打者
- 1982年以前:採用せず。
- 1983年:採用するもパ・リーグのみ使用。
- 1984年 - 1989年:採用せず。
- 1990年 - 1992年:パ・リーグ本拠地球場のみ採用。
- 1993年以降:全試合採用。
各種表彰
- 最優秀選手賞(各試合につき1名ずつ):賞金300万円
- 優秀選手賞(各試合につき4名ずつ):賞金100万円
2009年度からは優秀選手に代えて次の各賞を贈呈。
- ベストバッター賞(最も優れた打撃技術を見せた選手):賞金100万円
- ベストピッチャー賞(最も卓越した投球を見せた選手):賞金100万円
- ベストプレー賞(守備・走塁など様々なプレーでこれぞプロという技を見せた選手):賞金100万円
- 最多得票プレーヤー(ファン投票において得票数トップとなった選手):認定証、盾など
- 2試合を通しての優秀選手に対する賞(2019年度)
過去の各賞
- SANYO賞→ガリバー賞(各試合で最もファンの共鳴を与えたファインプレーをした選手。SANYO賞のときは随時表彰(賞金10万円)だったが、ガリバー賞は2試合を通して1名にガリバー提供の中古車(車種は選手が決めることができる)が贈られる。2007年度の審査員長は萩本欽一・茨城ゴールデンゴールズ監督が務める)
- ホームラン賞(各試合で本塁打(ホームラン)を打った選手に随時):賞金3万円(テレビの中継では、金額の詳細は略され「賞金が贈られます」と紹介される)
- サンヨーオールスター新人賞→ガリバーオールスター新人賞(全試合を通して、この年オールスターに初出場を果たし、活躍した選手を各リーグから1名ずつ):賞金30万円
- マツダ賞
- 正式名称はマツダ・ビアンテ賞(2008年)→マツダ・アクセラ賞(2009年)→マツダ・プレマシー賞(2010年)→SKYACTIV TECHNOLOGY賞(2011 - 2013年)→Be a driver.賞(2014年 - 2016年)
- 全試合を通じて、プレーやパフォーマンスなどでファンに夢と感動を与え、最も強い印象を残した選手1名に贈られる。
- 副賞:マツダ・ビアンテ(2008年)→マツダ・アクセラ(2009年)→マツダ・プレマシー(2010年)→マツダの「SKYACTIV TECHNOLOGY」搭載車もしくは同社が提供する数種類の車の中から1台(2011年-2016年)[注釈 15][注釈 16]
- 日産ノートe-POWER賞:日産自動車の電気自動車「日産ノートe-POWER」を贈呈(2017年)
- 「協賛社特別賞」として、マイナビ賞とセットで贈呈。
なお、三洋電機が協賛していた時には各賞受賞者に副賞として三洋家電製品が贈呈された。また、各試合の勝利リーグや試合前のアトラクション出場選手への参加賞、オールスター選出選手全員にも出場記念品として三洋製品が贈られた。
ホームランダービー
試合前のアトラクションとして「ホームランダービー」が行われている。
- ルール(2018年以降)[12]
- 出場選手中、本塁打を開催年の7月1日までに7本以上、または前年の公式戦で15本以上打っている選手を対象としてファン投票によりセ・パ4人ずつ選出。
- 第1戦で4人による準々決勝・準決勝を、第2戦で残り4人による準々決勝・準決勝と、各準決勝の勝者による決勝を行う。
- 1回につき2分間(球数は無制限だが、打球が着地するまで次の投球を行えない)[注釈 17]でホームラン数の多い方が勝利。同数の場合は1分間の延長戦を行い、なお同数の場合はファン投票の投票数が多い方が勝利となる。
- 優勝賞金は100万円。これとは別に、全ての対戦を通して打球の速度が一番速かった選手に「日産ノート e-POWER賞」が贈呈される。
- ルール(2017年以前)
- 各試合、ファン投票により選出されたセ・パ2人ずつ出場。
- ホームランにならなかった打球や空振りをアウトとみなし、アウト7回で終了。
- 優勝賞金は50万円。
結果
チーム別記録
- 連勝記録
- セ・リーグ - 8連勝(1997年第2戦 - 2000年第3戦)
- 引き分けを含まない場合は、6連勝(1999年第1戦 - 2000年第3戦、2005年第1戦 - 2007年第2戦)
- パ・リーグ - 5連勝(1960年第3戦 - 1962年第2戦、1973年第2戦 - 1974年第3戦、1983年第1戦 - 1984年第2戦、2017年第1戦 - 2019年第1戦、2021年第2戦 - 2023年第2戦)
主なオールスター記録
※太字名は現役選手、所属球団名は記録達成時のもの
出場に関する記録(個人)
出場に関する記録(チーム)
年齢に関する記録
最多通算記録
最多連続記録
1試合チーム記録
1試合個人記録
※1:第1打席から2安打、四球を挟んで第4 - 6打席までの計5安打。
※2:パ・リーグ選手で初記録。第1打席から4安打、二併打を挟み8回の右安打で記録。続く9回に佐藤も5安打を記録。
※3:通常1投手3イニングまでの登板とされているが、延長戦に入った場合はその規定の対象外となっていたため。
※4:江夏は1970年のオールスター登板を5連続奪三振で終えており、当該試合を経て第3戦の6回に登板。1三振(江藤慎一)を奪ったのち、野村克也にセカンドゴロで阻止されるまで、3試合合計で15連続奪三振を達成したことになる。
※5:1イニングでの最多失点・最多自責点記録更新。
その他
※1:8回表降雨コールド パ5-11セ
※2:1回裏2死満塁 投手・稲川誠(大洋)
※3:4回裏2死満塁 投手・江夏豊(阪神)
※4:2回裏2死満塁 投手・藤井聖(楽天)
※5:9回裏1死一塁 投手・松岡弘(ヤクルト)
※6:3-3で迎えた延長12回裏無死一・三塁、打順は投手の中山裕章(大洋)。野手は全て出場していたため、セ・リーグの王監督が投手の中でも打撃の良い水野を代打起用し、センターにサヨナラ犠牲フライを打った。同様の理由で、1980年7月22日第3戦(後楽園球場)、2-1で迎えた9回表パ・リーグの攻撃2死満塁の場面で、松沼博久(西武)の代打にパ・リーグの西本幸雄監督(近鉄)が山内新一(南海)を送ったことがあったが、セ・リーグの抑えの江夏豊(広島)に三振に打ち取られた[注釈 19]。
※7:ルーキーイヤーでの達成(史上初)。
※8:3番ブランドン・レアードへの1, 3, 4球目(結果はストライク,ファウル,空振り三振)と4番島内宏明への1球目(中前打)の計4球で記録。
テレビ・ラジオ放送
テレビ中継・配信
現在は日本国内でのみ地上波放送・衛星放送ともに民放が中継している。NHKでもかつてはテレビ・ラジオ両方で放送していたが、冠大会の制約から(冠スポンサーのCMを流さなくてはならない)広告・宣伝放送を禁止した放送法83条に抵触するため、テレビは1994年、ラジオは2003年を最後に撤退(ラジオ放送で地元向けの放送が行われることはある)。民放ではかつて全国ネットワークを持つ4系列局[注釈 20]から基本的に主管球団と関係の深い系列が放映権を獲得し、複数の系列での中継が可能な球団の場合、1989年までは異なる系列同士による並列放送も行われていた。その後、日本テレビは2009年の第1戦、TBSテレビは2011年の第1戦、フジテレビは2013年の第3戦[注釈 21]を最後に中継から撤退しており、2014年以降は全カードテレビ朝日系列で放送している[注釈 22]。
オールスターゲームがデーゲーム開催となり、全国高等学校野球選手権地方大会が重複する場合は、重複する地区だけ地方大会の中継に差し替えられる場合がある。
インターネット配信では、レギュラーシーズンとは主催が異なるため、DAZNおよびパ・リーグTVでの配信は行われず、代わりにABEMAで行われる。
ラジオ中継
原則として開催球場のある地域のAMラジオ局が制作して全国ネットで中継するが、月曜日に開催の場合は任意ネット扱いとなる。複数局ある地域ではNRNと非NRN(JRN)に分担して制作、中継する。
- 北海道開催:HBCラジオ(JRN)、STVラジオ(NRN)
- 関東圏開催:文化放送(土・日曜はNRN、火 - 金曜は非NRN)、ニッポン放送(火 - 金曜はNRN、土・日曜は非NRN)※月曜はどちらがNRN系列局とのネットを行うかが随時異なる。
- 愛知県開催:CBCラジオ(JRN)、東海ラジオ(NRN)
- 関西圏開催:ABCラジオ(月・金・土・日曜はNRN、火 - 木曜は非NRN)、MBSラジオ(火 - 木曜はNRN、月・金・土・日曜は非NRN)
- 福岡県開催:RKBラジオ(JRN)、KBCラジオ(NRN)
- 一局地域で開催の場合、広島県開催はRCCラジオが、宮城県開催はTBCラジオがNRNと非NRN(JRN)向けに二重制作を行い、RCCラジオは全曜日NRN向けを、TBCラジオは火・土・日曜は非NRN向けを、月・水 - 金曜はNRN向けを自社で放送する。
- 神宮球場での開催の場合、ヤクルト主催試合はクロスネットを含むNRN加盟局のみ中継が許されているが(HBCラジオはSTVラジオが返上した場合の対日本ハム戦のみ)、オールスターゲームは日本野球機構主催のためJRN単独加盟局でも中継できる。(2024年は第2戦で文化放送制作の中継をネットしたCBCラジオ、HBCラジオ、RKBラジオが該当)
- 地方開催時は、原則としてニッポン放送と文化放送が乗り込み自社制作を行う。
- 日本シリーズは、近年は開催地以外の民放AMラジオ局での中継が減少傾向にあるが、オールスターゲームはナイターイン期間中のため、通常野球中継を行っている局は通常のナイター中継枠(主に平日開催時)を使って放送している(火曜日はJRN全国中継終了以降、宮崎県・沖縄県を除いた九州・山口地区が中心)。
オールスターゲームの地上波テレビ中継の視聴率
視聴率は1970年代末期から1980年代までは30%台を記録し、1990年代までは20%台をキープしていたが、2000年代以降は10%台に下がる傾向にあり、2007年第2戦では初の1桁を記録した。2014年には第1戦で初めて1桁を出しており、2019年以降は2戦とも1桁を記録している。
いずれもビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム。
- 高視聴率の試合
- 1978年:第1戦(7月22日、TBS系)34.6%
- 1979年:第1戦(7月21日、TBS系)34.6%、第2戦(7月22日、TBS系)32.9%、第3戦(7月24日、フジテレビ系)33.5%
- 1981年:第2戦(7月26日、TBS系)32.8%、第3戦(7月28日、フジテレビ系)29.8%
- 1983年:第1戦(7月23日、フジテレビ系)32.5%、第2戦(7月24日、フジテレビ系)32.5%
- 1984年:第1戦(7月21日、日本テレビ系)30.9%
- 1988年:第1戦(7月24日、フジテレビ系)30.5%
- 1998年以降の視聴率
|
第1戦 |
第2戦 |
第3戦
|
開催年 |
開催日 |
放送局 |
視聴率※2 |
開催日 |
放送局 |
視聴率※2 |
開催日 |
放送局 |
視聴率※2
|
1998年 |
7月22日 |
TBS系 |
21.2% |
7月23日 |
TBS系 |
21.0% |
|
1999年 |
7月24日 |
テレ朝系 |
27.6% |
7月25日 |
テレ朝系 |
23.6% |
7月27日 |
フジ系 |
16.7%
|
2000年 |
7月22日 |
日テレ系 |
22.0% |
7月23日 |
フジ系 |
22.0% |
7月26日 |
日テレ系 |
19.8%
|
2001年 |
7月21日 |
フジ系 ※1 |
15.2% |
7月22日 |
TBS系 |
16.0% |
7月24日 |
14.5%
|
2002年 |
7月12日 |
テレ朝系 |
16.3% |
7月13日 |
日テレ系 |
18.1% |
|
2003年 |
7月15日 |
14.7% |
7月16日 |
TBS系 |
14.3%
|
2004年 |
7月10日 |
フジ系 |
14.7% |
7月11日 |
15.4%
|
2005年 |
7月22日 |
テレ朝系 |
11.9% |
7月23日 |
テレ朝系 |
10.3%
|
2006年 |
7月21日 |
フジ系 |
12.6% |
7月23日 |
TBS系 |
12.2%
|
2007年 |
7月20日 |
日テレ系 |
13.5% |
7月21日 |
8.2%
|
2008年 |
7月31日 |
フジ系 |
11.4% |
8月1日 |
11.3%
|
2009年 |
7月24日 |
日テレ系 |
14.8% |
7月25日 |
11.7%
|
2010年 |
7月23日 |
テレ朝系 |
11.1% |
7月24日 |
テレ朝系 |
9.5%
|
2011年 |
7月22日 |
TBS系 |
13.0% |
7月23日 |
8.6% |
7月24日 |
テレ朝系 |
7.4%
|
2012年 |
7月20日 |
テレ朝系 |
10.8% |
7月21日 |
10.8% |
7月23日 |
フジ系 |
9.6%
|
2013年 |
7月19日 |
12.5% |
7月20日 |
11.5% |
7月22日 |
9.8%
|
2014年 |
7月18日 |
9.7% |
7月19日 |
10.5% |
|
2015年 |
7月17日 |
10.5% |
7月18日 |
9.9%
|
2016年 |
7月15日 |
10.7% |
7月16日 |
11.0%
|
2017年 |
7月14日 |
10.5% |
7月15日 |
8.1%
|
2018年 |
7月13日 |
11.6% |
7月14日 |
9.8%
|
2019年 |
7月12日 |
9.1% |
7月13日 |
9.0%
|
2021年 |
7月16日 |
9.0% |
7月17日 |
8.1%
|
(「日テレ」は日本テレビ放送網、「テレ朝」はテレビ朝日、「フジ」はフジテレビジョンの略)
※1:『FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島』内で放送。
※2:数値はビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム。
備考
収益性について
2009年には、プロ野球実行委員会において「交流戦があって、価値が薄れている」と、オールスターゲームそのものの見直しが検討された。オールスターゲームはNPBの基幹収益事業の一つで、毎年多くの観客を集め多額の収益をもたらしているが、その一方で、かつては推定2億円近くに及んだ地上波テレビ中継の放映権料が、近年は下落の一途をたどっている。また、冠スポンサーも三洋電機の撤退以来、長期契約を希望する企業がなかなか現れず、こうした要因から既に収益が頭打ちとなっている[16]。その後、2008年以降はマツダが冠スポンサーを務めたが2016年に撤退、2017年からはマイナビが新たに冠スポンサーとなった。
ドラフト優先権
2014年まで、オールスターゲームの結果によってプロ野球ドラフト会議における2巡目以降の指名順の優先権が与えられていた。判定基準として、以下のようになっていた。
- 勝ち越したリーグ
- 勝敗同数の場合、得失点差で上回ったリーグ
- 得失点差ゼロの場合、抽選
実際、2013年のオールスターゲームは1勝1敗1引き分け・得失点差ゼロとなったためくじ引きが行われ、パシフィック・リーグが優先権を得た[17]。
2015年からは、セ・パ交流戦で勝ち越したリーグに優先権が与えられるようになった(さらに、2019年以降は両リーグが隔年で優先権を与えられる方式に再変更されている)。
その他
- 2008年からは出場選手・コーチ陣はミズノ提供によるオリジナルユニフォームを着用している。
- オールスターゲームにおいては一時期、真剣勝負を「直球勝負」と曲解する風潮があった。そのため投手が直球を多投する光景が多く見られ「オールスターでは変化球を投げづらい」「真の真剣勝負が見られない」などといった意見もあった[18]。
- 先発投手については、その球場を本拠地とする球団の投手を先発にする傾向が多く、地方球場での試合でも主管球団の投手を先発にすることが多い。だが、使用球場を本拠地とする球団から先発投手及び投手そのものが選出されなかった場合は本拠地球団とは関係ない球団の投手が先発することもある。また、選出されても世間的に知名度の高い投手が選出された場合はその投手が先発することもあり、その場合は中継ぎや抑えに回されることもある。
脚注
注釈
- ^ 2005年より東北楽天ゴールデンイーグルスの専用球場となったため、地方開催として扱われなくなった。以降2007年、2011年、2021年にオールスター戦を開催。
- ^ 東北野球企業が興行面で協力。
- ^ 2004年より北海道日本ハムファイターズの専用球場となったため、地方開催として扱われなくなった。以降2009年と2013年にオールスター戦を開催。
- ^ 場内アナウンス(ウグイス嬢)は読売ジャイアンツの球団職員が担当。これは同球場が巨人のキャンプ地であったため。
- ^ セ・リーグのホーム扱いではあるが、スタジアムDJは藤澤翼が担当。
- ^ 2008年に地方開催がなかったのは、新潟の開催辞退が影響したものである。
- ^ 前者の例として2012年に全セ監督を務めた中日監督の高木守道、後者の例として2018年全パコーチを務めた楽天監督代行の平石洋介。
- ^ 2003年から2007年までは1日5回まで[6][7]。2008年以降は1日1回まで[8]。
- ^ 2005年までは三洋電機商品取り扱い店でも公式投票はがきを配布していた[9]。
- ^ 2020年は新型コロナウイルス感染症の影響でオールスターゲーム自体が中止となった。プラスワン投票が行われる予定であったかは不明。
- ^ 2010年は60回目を記念してロゴの下に60th All-starと表記。
- ^ 2012、2013年のロゴの周りに開催地を模した星が描かれた。
- ^ 星のみ変更。
- ^ 参考例として、2017年に小林誠司がオールスター前に本塁打を1本も放っていなかったが、第2戦で本塁打を放ち、高橋由伸監督(当時)ががっくりするシーンがある。
- ^ 過去に冠協賛がなかった時代には自動車が各試合のMVP副賞として贈呈されたことがある。
- ^ 2011年の場合は「今後発売されるSKYACTIV TECHNOLOGY」搭載車」としており、開催時に「SKYACTIV TECHNOLOGY」が搭載されていた車はデミオ 13-SKYACTIVだけであったためデミオが賞品イメージ車両として球場に展示されていた。よってデミオが商品だったわけではない。2012年はSKYACTIV TECHNOLOGY搭載の「デミオ」「アクセラ」「CX-5」のいずれか1台、2014年は「アテンザ」「アクセラ」「CX-5」のいずれか1台、2016年は「ロードスター」「CX-3」「デミオ」「アクセラ」「アテンザ」「CX-5」のいずれか1台が贈呈された。
- ^ 2018年は制限時間が3分間、球数には制限がなかった[13]。
- ^ 両チームが2桁得点を達成した史上唯一の試合。
- ^ 無死満塁で登板した江夏は、レロン・リー、有藤通世(共にロッテ)、山内を3者連続三振に討ち取り、先制打を打った真弓明信と本塁打を打った掛布雅之(共に阪神)を抑えてMVPを獲得した。これは“9連続三振の再現”“前年の日本シリーズ(江夏の21球)の再現”と話題になった。
- ^ テレビ東京は系列局のなかった1971年の第2戦のみ中継実績がある。詳しくは当該項目参照。
- ^ フジテレビは末期3戦開催時の地方開催分のみ担当していたため、今後3戦開催の際に同様に地方開催分を再度担当するかは不明。
- ^ テレビ朝日での放送は、資本関係上通常は放映権を保持していない中日の主管分や、一時放映権を保有した後に撤退した巨人およびDeNAの主管分も含まれている。また、長らく毎日放送→朝日放送テレビの主導で制作していた阪神およびオリックスの主管分も2012年以降はテレビ朝日の主導による制作に移行している(逆に、バラエティ番組では『M-1グランプリ』でテレビ朝日の施設を会場として使用しながら、朝日放送テレビ〈と吉本興業〉の主催・制作で放送している)。
出典
関連項目
外部リンク
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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