ヒモヅル
ヒモヅル(紐蔓[1]、学名:Lycopodiastrum casuarinoides)は、ヒカゲノカズラ科の小葉植物の一種である。単型属ヒモヅル属 Lycopodiastrum を構成する[2][3]。異称はキノボリヒカゲノカズラ[4][5][6]。 茎が紐状に長く伸びて、蔓状になることからこの名がある[1]。茎が紐状に伸びるヒカゲノカズラ科として、ほかにヨウラクヒバ属のヒモスギラン Phlegmariurus fargesii およびヒモラン Phlegmariurus sieboldii が知られる[7]。 形態と生態つる性(よじ登り生[1])の常緑草本[8][9][10]。木の枝にからみついて高木をよじ登り[11][4][10][5]、樹幹や樹上に生育する[1]。高さは 5 m(メートル)程度になる[5][6][12]。主軸ははじめ地上を短く這い[5][13]、後に立ち上がって他物によじ登る[5]。このよじ登り型の地上茎を持つのは、ヒカゲノカズラ科の中で唯一の特徴である[14]。また、小梗が複数回二又分枝を行い、6–26個の胞子嚢穂を頂生することもこの種の特徴である[14]。 茎と枝茎の主軸は蔓状に伸びて数メートルに達する[8][9]。茎は疎らに分枝し、地面近くの太いところでは直径5 mm(ミリメートル)を超えることもあるが[15][12]、通常 (1.4–)1.7–2.2(–2.6) mm[9]。それぞれの枝は二又分枝を行う[9]。小枝は垂れ下がる[4]。 直立する茎は基部から長い匍匐茎を出し、その先が太くなって根を生じ、直立茎に伸びる[10]。匍匐茎には枝を持たない[10]。 葉葉(小葉)は茎の周りに疎らにつき[15][10]、斜上から開出する[9]。ただし、胞子嚢穂をつける枝では茎に圧着する[9]。栄養葉は全縁の線形で、紙質[9]。辺縁には不規則な毛状突起を持つ[12]。楯状で、先端は伸びてやや透明な膜質となる[15][10]。葉は茎につく位置によって形が異なり、線形から小突起状まで変化する[4]。 下部の側枝の小枝に付く葉は針状で密生する[15][10]。葉を含んだ小枝の径は5 mm に達する[15]。両側の葉は上下のものより多少長く、葉の先端は糸状(芒状[12])に伸びる[15][10]。線状披針形で、長さは 4 mm 前後[12]。 上部の側枝の小枝の葉ほど小さく疎らになり、先の方の小枝は扁平で、幅 1.5 mm ほどになる[15][10]。胞子嚢穂を付ける近くの枝では葉が鱗片状で、茎に対生状につき、葉の約5分の3が茎に沿着(圧着)する[10][12]。この小枝の葉の先端は、脱落しやすい糸状(小突起状[12])の構造物となる[10]。 胞子嚢穂胞子嚢穂は、主軸上部にある多数分枝し葉を疎らに付けた側枝の、小枝端に1–3個頂生する[15][10][12]。長さは (1.7–)2.0–2.7(–3.4) cm、径は (3.2–)4.0–5.3(–6.5) mm[9]。胞子嚢穂は必ず上向きとなるため、それぞれが付く小枝の向きによって、様々な角度をなして小枝に付く[10]。胞子嚢穂自体も曲がることが多い[10]。 胞子葉は広卵形[15][10]または狭三角形の突起状[9]。長さ 20–25 mm[15][12]。先端は長く伸びて糸状膜質(芒状[12])となる[15][10]。胞子葉の辺縁部は不規則な浅い鋸歯を持つ[12]。 胞子の形態はヒカゲノカズラ科の他の属と大きく異なっている[16][17]。表面に微小突起型(scabrate)の装飾がある[14][17]。 分布と生育環境南アジアのインドから東アジア、東南アジアのニューギニア島にかけてのアジアの亜熱帯および熱帯に広く分布する[15][1][14]。山地の疎林に生息する[15][4][12]。生育環境の植被率は10–20%[18]。 東アジアでは日本、中国、チベットおよび台湾にかけて分布する[1][19][3]。南アジアではブータン・インドに分布するが[19]、ネパールには見られない[3]。東南アジアではミャンマー、タイ王国、ベトナム、マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島、スラウェシ島、フィリピン、ニューギニア島のイリアンジャヤ・パプアニューギニアに分布する[3]。中国では特に、重慶市、福建省、広東省、広西壮族自治区、貴州省、湖北省、湖南省、江西省、四川省、雲南省に見られる[3]。インドではアッサム州、アルナーチャル・プラデーシュ州、メーガーラヤ州に分布する[3]。 日本での分布と保全状況日本では紀伊半島[1][15]、山口県[13]と九州の各地に分布する[1][15]。全国の7県にのみ分布する[6]。日本の分布域では、主にマツが優占する疎林[13][18][20]、山地の明るい林内や林縁部に生育する[21]。行橋市の御所ヶ谷のヒモヅル自生地では、アカマツ林斜面で、表土は 1 m 足らずの地下水がしみ出るような水分の多い花崗岩質土壌に生育する[18]。乾燥したところには見られず[20]、土壌だけでなく高い空中湿度を必要とすると考えられる[6]。産地が局限されており[21]、現在の環境に何らかの変化が生じれば絶滅すると考えられる[18]。減少の原因は生育条件の悪化で[22]、特に生育地の樹木伐採[13]、松枯れによる広葉樹の繁茂[13]、密閉した林床が疎開すること[18]などが考えられる。 九州では福岡県行橋市[15][6](旧京都郡稗田村[10][23])、鹿児島県の薩摩郡さつま町(旧宮之城町[15][23])・伊佐市(旧大口市[23])および屋久島[1][10][23]、熊本県天草市[10](旧天草郡倉岳町[23][20])、長崎県の旧琴海町から旧西彼町にかけて[24]に知られる。このうち天草のものは日本で初めて発見された[25]。国内では長崎の個体群が最大規模であると考えられている[24]。 山口県では周南市、山口市の2箇所のみで知られ、九州から連なるヒモヅルの分布域の北限である[13]。一方日本における南限は屋久島で、琉球列島には知られていない[23]。 紀伊半島では、三重県南牟婁郡御浜町[23]および滋賀県にのみ現存する[6]。滋賀県のものは生育地の生育条件が悪化することで個体数が危機的水準まで減少しており、絶滅の危機に瀕している[22]。和歌山県有田郡鳥屋城村(現有田川町[21])にもあったが[10][23]、既に絶滅した[6][21]。 三重県[注釈 1]・福岡県[注釈 2]・熊本県[注釈 3]の自生地は天然記念物に指定されている[1]。 分布する各県で絶滅危惧種に指定されている[6][27]。環境省のレッドリスト(2020年)では絶滅危惧II類 (VU) に指定されている[6][13][27]。 各県での指定状況は以下の通り[27]。 分類ヒモヅルの属するヒカゲノカズラ科はかつて、フィログロッスム属以外をすべてヒカゲノカズラ属にまとめる分類が行われてきた[28][29]。そのため、ヒモヅルも Lycopodium casuarinoides Spring とされた[8][1]。 しかし、この方法では非常に多様なボディプランの種を一つの属に含んでしまい[28]、分子系統解析においても旧ヒカゲノカズラ属は側系統群となっていた[30][31]。そのため現在では細分化され、ヒモヅルは独自の属ヒモヅル属[28] Lycopodiastrum に置かれる[2][14]。 ヒモヅル属は初め Holub (1975) によって提案され、Dixit (1981) によって正式に発表された[14]。秦仁昌の分類体系 (1981) では日本のヒカゲノカズラ科に2科7属を認め、ここでもヒモヅルは独自のヒモヅル属とされた[28][14]。日本では長らく統一的な分類体系は提唱されず、図鑑でも旧来の分類体系が用いられることが多かった[28][1]。PPG I (2016) では、ヒカゲノカズラ科に3亜科16属を認め[32]、ヒモヅルは秦仁昌の分類体系と同様に単型のヒモヅル属 Lycopodiastrum とされる[2][14]。独立属にしない場合も、ヒカゲノカズラ属のヒモヅル節 sect. Lycopodiastrum に置かれる[33]。 系統関係Chen et al. (2021) による分子系統解析に基づくヒカゲノカズラ科現生種の内部系統関係を示す[31]。分子系統解析によりPPG I (2016) で認められた3亜科の単系統性は強く支持される[16]。ヒモヅル属はヒカゲノカズラ亜科の残りの属と姉妹群をなす[16][14]。なお Field et al. (2015) の分子系統解析では、ヒモヅルは Pseudolycopodium、Pseudodiphasium、Austrolycopodium の3属からなるクレードの姉妹群となっていた[30]。
利用日本では希少で、かつては生花の素材として乱獲された[6]。しかし、栽培できる山野草ではない[18]。 脚注注釈出典
参考文献
ウェブサイト
外部リンク
|