伊藤 穰一 (いとう じょういち、1966年 〈昭和 41年〉6月19日 - )は、日本 のベンチャーキャピタリスト 、実業家 。
元マサチューセッツ工科大学 教授・元MITメディアラボ 所長[ 1] 、元ハーバード・ロースクール 客員教授[ 2] 。千葉工業大学 変革センター長、同大学長。
2019年9月7日にMIT、ハーバード大学 、マッカーサー基金 、ナイト財団、PureTech Health、ニューヨーク・タイムズ・カンパニー での職務を辞任した[ 3] [ 4] [ 5] 。
伊藤は、インターネット およびテクノロジー企業に焦点を当てた起業家としての役割が評価され、PSINet Japan、デジタルガレージ 、インフォシーク などを設立している。伊藤は、ソニー 株式会社の戦略アドバイザー[ 6] であり、Neoteny Labsのジェネラルパートナーでもある[ 7] 。また、Wired 誌のアイデアセクションに毎月コラムを執筆している[ 8] [ 9] 。
来歴
生い立ち
1981年撮影
1966年 6月19日 、京都府 で生まれた後に一家でカナダ へ、さらに3歳の頃アメリカ ミシガン州 デトロイト 郊外へ移住している。父親は研究者、母親は秘書としてエナジー・コンバージョン・デバイセズ (現在のOvonics社)で働いていた。同社の創業者スタンフォード・ロバート・オブシンスキー にとても目を掛けられ、当時のテクノロジーや社会情勢について教育を受け13歳で「もはや子どもではなかった」と語られている[ 10] 。毎年、夏は妹と共に日本の祖母宅で過ごし[ 11] 、祖母から伝統的な日本文化について教わった。母親がエナジー・コンバージョン・デバイセズ日本法人社長へ着任する時に14歳で日本へ帰国して西町インターナショナルスクール [ 12] 、アメリカンスクール・イン・ジャパン [ 13] に学び、福井謙一 も母と親交のあるために幼少期より親しく化学や物理学への造詣を深めている。
学生時代~その後
1985年 の通信改革以前にモデム を利用していた日本人の一人で、10代でThe Source (英語版 ) やoriginal MUD (英語版 ) を始め26歳まで自作MUD を使っていた。高校卒業後に再度渡米してタフツ大学 で後のeBay 創業者Pierre Omidyar (英語版 ) と出会う[ 14] も、専攻の堅苦しさとコンピューターを学校で「習う」ことに違和感を覚え、中途退学 してOvonics社で働き始めるがStanford R. Ovshinskyに復学を勧められる。シカゴ大学 物理専攻へ入学するも、物理を理解させることより実用的エンジニア 育成を重視するカリキュラム に失望し、再び中途退学している。1985年秋にConnected Education (英語版 ) 社のパイオニアプログラム・オンラインコース第1期生となり、ニュースクール大学 (New School for Social Research) で単位を取得した。
シカゴ のナイトクラブ The Limelight (英語版 ) やThe Smart BarでDJ を務め、Metasystems Design Groupと一緒に東京でネット共同体 (英語版 ) を模索している。後にMetro Chicago (英語版 ) のJoe Shanahan (英語版 ) に援助されて六本木 でナイトクラブXY Relaxを運営。
著書に「Emergent Democracy (英語版 ) 」[ 15] があり、慶應義塾大学 大学院メディアデザイン研究科 非常勤講師を務めたことがある。一橋大学 大学院博士課程中退[ 16] 。
インターネットに関する知識人として著名に
1997年に警察庁 情報セキュリティビジョン策定委員会委員にネットワークセキュリティ専門家として請われ[ 17] 日本の警察庁ハイテク犯罪対策室立ち上げに関与した。警察庁総合セキュリティ対策会議委員[ 18] など多くの委員を務めた。
2004年12月から2007年4月までインターネットの運用に関わる重要な団体ICANN の理事であった。2006年から2012年までクリエイティブ・コモンズ の理事長を務めた。2005年8月から2016年4月までモジラ・ファウンデーション の理事を務めた。2005年3月から2007年4月までオープンソース・イニシアティブ の理事を務めた後、名誉理事となった。
MITメディアラボ (2011–2019)
2011年4月、ニューヨークタイムズが伊藤のMITメディアラボ 所長就任を報じ、2011年 9月1日より日本人で初めてMITメディアラボ 所長(第4代目)[ 19] を務めた。2016年 7月1日からはマサチューセッツ工科大学 教授も兼務。ニューヨーク・タイムズ は「2度の大学中退歴を持つ彼の就任は、非常に珍しいケースだ」と伝え、Calit2 の所長ラリー・スマールは「選任はラディカルだが賢明だ」と評価[ 20] している。メディアラボの共同創業者で名誉議長のニコラス・ネグロポンテ は「Joiがメディアを変えていくだろう」[ 21] と語っている。アジアン・サイエンティスト・マガジン 誌のインタビューでは、MITメディアラボ のビジョンを語った上で「教育」ではなく「学び」という言葉のほうがしっくりくる[ 22] と語っている。着任後にメディアラボの活動指針として「ユニーク、インパクト、マジック」を示し、「誰もやっていないことをやる、真似はしない(ユニーク)」「やるなら社会にインパクトを与える活動を目指す(インパクト)」「そしてそれは驚きや感動を与えるものであるべきだ(マジック)」という意味の3つのキーワードを提示した。
2013年にディレクターズ・フェロープログラムを創設し、ケニアの起業家ジュリアナ・ロティッチ (英語版 ) 、デトロイトの作家シャカ・センゴア (英語版 ) 、マジシャンのマルコ・テンペスト など、従来はメディアラボが接点を持ち難い人々を積極的に巻き込んでメディアラボの多様性に挑戦した。
2013年 5月、ニュースクール大学より名誉博士号(文学)を授与された[ 23] 。また、2015年5月、タフツ大学より名誉博士号(文学)を授与された[ 24] 。2016年7月1日付でMITのProfessor of the Practice of Media Arts and Sciencesに任命されている。2018年7月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科より博士号(政策・メディア)を取得[ 25] 。
MITメディアラボ所長を辞任 (2019)
2019年、児童性犯罪者として有罪判決を受けたジェフリー・エプスタイン とのつながりが明らかになり、エプスタインがメディアラボ やMIT以外の伊藤のスタートアップにどの程度の金銭を贈与していたのかが明らかになった。伊藤は当初、謝罪文を書いたが、辞任はしなかった[ 26] 。そのため、MITのシビックメディアセンターのディレクターであるイーサン・ザッカーマン[ 27] や、メディアラボの客員研究員であるJ・ネイサン・マティアスなど、メディアラボの著名なメンバーが退職することになった[ 28] 。伊藤の辞任を求める声を受けて、8月下旬には、ローレンス・レッシグ 、スチュアート・ブランド 、ニコラス・ネグロポンテ、ジョナサン・ジットレイン、ジョージ・チャーチ など100人以上の署名入りで、伊藤を支持するウェブサイト(wesupportjoi.org)と書簡が公開された[ 29] [ 30] 。しかし、詳細が明らかになった後、このウェブサイトは削除された。伊藤は後に、エプスタインからラボのために52万5,000ドルの資金提供を受け、エプスタインが伊藤の個人投資ファンドに120万ドルを投資することを許可したことを認めた[ 31] [ 32] 。
さらなる暴露と流出した電子メール
2019年9月6日、「ザ・ニューヨーカー 」に掲載されたローナン・ファロー による記事では、伊藤が率いるラボは、認めていたよりも「エプスタインとより深い資金調達の関係」があり、ラボはエプスタインとの接触の範囲を隠そうとしていたと主張した[ 33] 。この記事は、エプスタインと伊藤らの間で交わされたリークメールに基づいており、「伊藤や他の研究所の従業員は、エプスタインが行った寄付や勧誘した寄付とエプスタインの名前が結びつかないようにするために多くの手段を講じた」「伊藤は特にエプスタインから個別の寄付を勧誘した」などと主張している[ 33] 。さらに記事は、エプスタインが 「研究所と他の裕福な寄付者との間の仲介役として、個人や団体から数百万ドルの寄付を募っていたようだ」「エプスタインは研究所のために少なくとも750万ドルの寄付を確保した」と主張している[ 33] 。伊藤は、ニューヨーク・タイムズ紙への電子メールで、ニューヨーカー誌の報道は「事実誤認に満ちている」と述べている[ 34] 。ハーバード・ロースクール のローレンス・レッシグ教授によると、ジェフリー・エプスタインの寄付を匿名にしたのは、エプスタインの評判を「ホワイトウォッシュ(粉飾)」しないためであり、伊藤とエプスタインの関係を隠すためではないとのことである[ 35] 。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の学長は、メディアラボの個人とジェフリー・エプスタインとの関係について、「極めて深刻」で「深く憂慮すべき疑惑」があるとして、「即座に、徹底的に、独立した」調査を行うよう要請した[ 36] 。
2019年8月、複数の少女への性的虐待と児童買春で有罪判決を受けた実業家ジェフリー・エプスタインからメディアラボと伊藤自身が匿名での資金提供を受けていたことを明らかにし、謝罪[ 37] [ 38] した。本件への抗議のために研究員2名が辞任している。
伊藤は同年9月7日付でメディアラボ所長を含むMITでの関連職を辞任した[ 39] [ 40] 。
辞任
2019年9月、伊藤はThe New Yorkerの記事の直後にメディアラボの所長とMITの教授を辞任した[ 41] 。ニューヨーク・タイムズ紙は、伊藤がハーバード大学の客員教授職を辞任したことに加え、論争の中で9月7日に他の多くの役割を放棄したと報じた[ 42] 。
伊藤は、マッカーサー基金 の理事を辞任した[ 43] 。マッカーサー基金は、「ニューヨーカー』誌に掲載された伊藤の行動に関する最近の報道が事実であれば、それはマッカーサーの価値観に合致するものではない。最も重要なことは、ジェフリー・エプスタインの虐待を生き延びた少女や女性たちに心を寄せることである。」としている[ 44] 。
彼は、エプスタインの暴露を受けて、ニューヨーク・タイムズ・カンパニー 社の取締役を辞任した[ 45] 。ニューヨーク・タイムズ社は、「私たちのニュースルームは、エプスタイン氏に関する積極的な報道を続け、長年にわたって彼を可能にした個人とより広範な権力システムの両方を調査する。」とコメントしている[ 46] [ 47] 。
伊藤は、ジョン・S・アンド・ジェームズ・L・ナイト財団の評議員を辞任した。ナイト財団は、「ジェフリー・エプスタインの犯罪は、彼の被害者である少女や女性たちの間で最も痛ましい反響を呼んでいる。私たちは、彼らに深い哀悼の意を表する。」と表明した[ 48] 。
また、PureTech Health社の会長を辞任した。同社は、「MITメディアラボに関連する状況を考慮すると、JoiのPureTechからの辞任が適切であることに合意した。」と述べている[ 49] 。
MIT調査結果
2020年1月10日、MITはジェフリー・エプスタインとの関わりについて事実調査の結果を発表した[ 50] 。グッドウィン・プロクター法律事務所は「エプスタインからMITへの寄付及び寄付以外のMITとの関与の両方について調査するよう」委託を受け調査を行った。MITの報告書[ 51] では「MITへの寄付を主導していたのは、MITの中央管理部門ではなく、メディアラボ所長の伊藤穰一、またはロイド教授であった」とされている。しかし、同報告書は一部のMIT上級職員チームが「伊藤とメディアラボを支援するためのエプスタインからの寄付を認識し、承認していた」とも述べている。更に報告書には「一部のメディア報道に反して、エプスタインも彼の財団も、MITの寄付システム上で「失格」とコード化されたことはない」としており、「失格」というコードは個人や団体がMITのデータベースに「ブラックリスト」に載っているとか、MITへの寄付が禁止されているという意味ではなく、以前MITに寄付をしたが、現在は休止状態にあるか、MITへの寄付に関心がない寄付者を示すデータベース上のコードである[ 51] [ 52] としていた。報告書の要旨は「当時のMITには論議の的となる寄付者を扱うための方針や手順が明確に定められていなかったため、エプスタインの有罪判決後に寄付を受け入れるという決定は大学の方針に違反していると判断できなかった。しかし、寄付を受けるという決定はMITのコミュニティに深刻な損害をもたらす集団的、かつ著しい判断ミスであったことは明らかである」という所見で締めくくられている。
MITメディアラボ所長辞任後
MITメディアラボ所長辞任後の2021年 8月、日本のデジタル庁 の事務方トップ「デジタル監 」に伊藤を起用する方向で進められていると各メディアで報道された[ 53] 。報道後、ジェフリー・エプスタインとの関係を有していた伊藤の起用を問題視する声が相次いだ[ 53] [ 54] 。日本政府 は伊藤のデジタル監起用を断念し[ 54] 、一橋大学 名誉教授の石倉洋子 を起用したが、デジタル庁は設置後の9月7日 、有識者会議「デジタル社会構想会議 」のメンバーの一人に伊藤を起用したことを発表した[ 55] 。
千葉工業大学
変革センター(2021-)
2021年12月、千葉工業大学・変革センター(The Center for Radical Transformation: CRT)所長に就任したこと、2022年1月より同大学評議員に就任することが発表された[ 56] 。
学長(2023-)
2023年7月より、千葉工業大学14代学長に就任[ 57] 。
人物
実業家
2008年 クリエイティブ・コモンズ・ジャパン パネルディスカッションにて
PSINet Japan、株式会社デジタルガレージ 、Infoseek Japan、など多数のIT関連会社を起業している。デジタルガレージ[ 58] 、カルチュア・コンビニエンス・クラブ [ 59] 、ローソン 、マネックスグループ 、ソニー [ 60] 、株式会社日本技芸 、Tucows [ 61] 、Mozilla Foundation 、WITNESS 、Creative Commons 、The John S. and James L. Knight Foundation、マッカーサー基金 [ 62] などのボードメンバーを務める。
個人投資家
ベンチャーキャピタリスト だけでなくエンジェル投資家 としても世界に知られている。売上が小さく非常に早い段階(アーリーステージ)でのベンチャー支援に積極的で、ブログやソーシャルサービス、マイクロファイナンスなど、インターネット時代を代表するユニークなビジネスの創出に貢献している。過去に、Twitter [ 63] 、Six Apart 、Wikia 、Flickr 、Last.fm 、Fotonauts 、Kickstarter [ 64] 、Path 、loftwork [ 65] などへ投資している。創発民主制 ・シェアリングエコノミー の提唱者でもある。
ジャーナリズム
アジア版ウォールストリート・ジャーナル [ 66] とニューヨーク・タイムズ[ 67] [ 68] など数々の雑誌や新聞へ寄稿[ 69] し、デイリー・ヨミウリ ,マックワールドジャパンなどで連載している。ニューヨーク・タイムズ オンライン[ 70] 、ビジネスウィーク [ 71] 、American Heritage [ 72] 、Wired [ 73] 、Forbes [ 74] 、BBC News [ 75] にインタビューが掲載され、村上龍 との共著「『個』をめぐるダイアローグ」やクリストファー・アダムスとの共著「FREESOULS: Captured and Released by Joi Ito 」[ 76] など数多く著作や共著し、NHK 「スーパープレゼンテーション 」でホストを務める。TED 2014スピーカー[ 77] 。
家族
現在は妻の伊藤瑞佳とボストン に居住している。文化人類学 者の伊藤瑞子 は妹で、ミュージシャンの小山田圭吾 ははとこ である[ 78] 。小山田は中学時代、南平台 のプール付き豪邸に住んでいた伊藤家の地下のパーティルームに通い、そこにぎっしり並ぶレコードコレクションを通じて日本で手に入らない海外の音楽に触れたという[ 79] 。
交際
リード・ホフマン 、J・J・エイブラムス 、セス・ゴーディン 、坂本龍一 、山本コウタロー 、三枝成彰 、櫻井よしこ 、南場智子 、黒川清 、茂木健一郎 、ティモシー・リアリー 、スプツニ子! など文化人や経済人に交際範囲が広い。
趣味
ダイビングではPADI 公認マスター・スクーバ・ダイバー、DAN 公認インストラクター[ 80] で、写真ではライカ のコレクターであり、200名以上の有名人を撮影した写真はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス で提供されWikipedia など様々な場面で利用されており、2011年に親交が深い296人のポートレイト写真を収録した写真集「FREESOULS: Captured and Released by Joi Ito 」を出版[ 81] している。2023年、日本を代表する茶道文化の文化財を次世代に継承することを目的に、林郁 、元榮太一郎 、佐藤輝英とともに発起人となり、各界の第一人者がアドバイザーとして参画する「沼津倶楽部継承プロジェクト」を開始[ 82] 。国の有形文化財として文化庁に登録されている[ 83] [ 84] 「千本松・沼津倶楽部」の歴史的建築と文化価値の継承、発信を推進。
受賞歴
1997年 にタイム 「サイバーエリート」一員、2000年 にビジネスウィーク 「Antrepreneurs and Dealmakers」でアジアのスター50人[ 85] 、2001年 に世界経済フォーラム 「明日のグローバルリーダー」[ 86] 、2005年 にニューズウィーク "Leaders of The Pack (high technology industry)"[ 87] 、2007年 と2011年 にヴァニティ・フェア 「The Next Establishment」[ 88] [ 89] 、2008年 にビジネスウィーク 「ウェブ業界で最も影響力のある人」[ 90] 、2011年にForeign Policy とEthan Zuckerman でTop Global Thinkers に、2011年と2012年 に日経ビジネス 「次代を創る100人」に選出されている。2000年に総務省 からIT分野への貢献を表彰[ 91] され、2011年7月22日にLifetime Achievement AwardでUniversity of Oxford Internet InstituteからWorld's leading advocates of Internet freedom[ 92] と評される。。2011年にオクスフォード大学インターネット研究所より特別功労賞受賞。2014年にSXSWインタラクティブフェスティバル殿堂入り。2014年にAcademy of AchievementよりGolden Plate Award受賞。
出演
脚注
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関連項目
外部リンク
公式サイト
インタビュー・対談