『散り椿』(ちりつばき)は、葉室麟による日本の時代小説、及びそれを原作とした2018年9月28日公開の日本映画[1]。
概要
本作に登場する扇野藩は架空の藩で、後に書かれた『さわらびの譜』や『はだれ雪』にも登場し[2][3]、葉室麟の時代小説の中では「扇野藩シリーズ」とも呼ばれている[4]。
藩を追われた主人公・新兵衛が身を隠していた地蔵院は京都市に実在する寺で、前庭の五色八重散椿が題名の由来となり、作中で新兵衛が自分を散った椿に例える場面も登場する[5][6]。一般的な椿は花の形のまま落花するが、はらはらと花弁ごとに散る椿を「散り椿」と称する。
物語は新兵衛の甥にあたる坂下藤吾の目線で描かれている。
ストーリー
浪人の瓜生新兵衛は、妻である篠と地蔵院に身を寄せる仲睦まじい夫婦だった。病気を患う篠は庭の椿を眺めながら、故郷の散り椿がもう一度見たいと呟くがその願いが叶う事は無かった。自分が死んだあと夫に故郷で散り椿を見て欲しいと頼む篠。妻の願い通り、危険を覚悟で故郷の扇野藩に戻る新兵衛。
18年前、若き藩士の新兵衛は、親友の榊原采女らと共に武芸に励んでいた。采女は坂下家の娘・篠と恋仲だったが、家柄の違いから結婚に反対され、篠は新兵衛に嫁いだ。その直後に、采女の養父・平蔵が豪商の田中屋惣兵衛から賄賂を取っている事に気づく新兵衛。義侠心から黙殺できずに訴え出たが退けられ、新兵衛は新妻と共に藩を離れざるを得なくなった。榊原平蔵の罪は後に明らかになったが、調べが進む間もなく平蔵が何者かに斬り殺されて事件は終っていた。
妻の実家である坂下家を訪ね、篠の死を伝える新兵衛。篠の兄で坂下家の当主だった源之進は、18年前に切腹していた。藩の勘定方だった源之進は、榊原平蔵の収賄事件が勘定方の落度とされた責めを負ったのだ。坂下家に逗留し、篠の妹・里見に帰郷の理由を語る新兵衛。散り椿を見る事ともう一つ、妻の篠は「采女を助けて欲しい」と遺言していた。姉は最後まで采女を愛していたと涙する里見。
榊原平蔵の養子である采女は、収賄事件の後も勤めに励み、藩主の側用人にまで出世していた。苦しい藩の財政を憂い、立て直しを模索する采女。藩には扇野和紙という特産品があったが、その販売は田中屋惣兵衛が独占し、城代家老ら一部の権力者だけが私腹を肥やしていた。来春、若き新藩主が江戸から初めての国入りを果たす時こそ、改革の好機と思い定める采女。
田中屋惣兵衛は和紙の独占の見返りに、城代家老の石田に多額の賄賂を贈っていた。身を守る切り札として、城代家老から『起請文』を取り付けている惣兵衛。そこには城代家老の署名入りで、賄賂を榊原平蔵に渡すよう書き記されていた。『起請文』を取り返そうと画策する城代家老。怯えた惣兵衛に用心棒として雇われた事で、新兵衛は18年前の事件の真相を知るに至った。
新兵衛から『起請文』を受け取る采女。若き新藩主が国入りすれば、城代家老といえども、これで罪は免れない。更に、采女に妻の遺言を告げる新兵衛。やり切れない嫉妬心から、散り椿の前で剣を抜く新兵衛に、「違う」と語り始める采女。18年前、篠は引き止める采女にきっぱりと別れを告げた上で、新兵衛と共に藩を去っていた。采女を助けろという遺言は、自分を追って死ぬ気の新兵衛を、生かそうとする篠の切ない嘘だったのだ。
己の利益を守るために、国入りした新藩主の暗殺を企てる城代家老。真相を知る采女は城代家老の配下の矢で射殺された。城代家老たちを斬った新兵衛は、新藩主に藩政の改革と、生き残った家族たちの将来を託し、一人旅立って行った。
登場人物
- 瓜生 新兵衛
- 若い頃は一刀流平山道場の「四天王」の武士の一人で、負け知らずの「鬼の新兵衛」と呼ばれるほどの剣豪だった。かつては扇野藩の勘定方で藩の不正を暴こうとして故郷を逐われた過去を持ち、各地を転々とした後、妻の篠とともに地蔵院の庫裏で暮らしていた。現在は40代半ばで無精髭を生やし浪人者のような風貌。
- 榊原 采女
- 新兵衛の以前の親友。新兵衛と同じく一刀流平山道場で「四天王」と呼ばれた一人でその中でも新兵衛と采女は剣の腕前は図抜けていた。現在は側用人となり、いずれは家老にまで昇りつめるだろうと見込まれている。かつては篠に好意を寄せていて周りからも夫婦になると思われていた。
- 瓜生 篠
- 新兵衛の妻。新兵衛と采女とは生まれ育った屋敷が垣根越しに並んでいた昔馴染み。藩を追われた夫の新兵衛とともに地蔵院で暮らしていたが、亡くなる直前、夫に故郷に戻るよう頼む。
- 坂下 藤吾
- 新兵衛の甥で自決した坂下源之進の嫡男。父の後を継いで坂下家の当主となった若侍。家禄を取り戻そうと出世を望み、実績を積み重ねてきた采女に憧れを持っている。藩に追放された身の新兵衛を居候として迎える事を厄介に思っていたが次第に伯父を慕うようになる。
- 坂下 源之進
- 扇野藩の勘定方で、坂下家の当主だったが横領の罪を着せられて無実を主張するも切腹に追い込まれてこの世を去る。かつて一刀流平山道場で「四天王」と呼ばれた一人。
- 坂下 里美
- 篠の妹で源之進の妻。義兄の新兵衛を昔から深く信頼している。
- 篠原 三右衞門
- かつて一刀流平山道場で「四天王」と呼ばれた一人だったが、現在は馬廻役となっている。四天王と呼ばれるには似つかわしくないほど穏やかな人柄。当時を知らない藤吾に新兵衛の事や不正事件の事情を明かす。
- 篠原 美鈴
- 三右衞門の娘で藤吾の許嫁。母を亡くしたばかりのため藤吾との婚礼は翌年に持ち越されている。
- 千賀谷 親家
- 扇野の藩主だったが病に倒れ藩主の座を嫡男の政家に譲り隠居をする。
- 千賀谷 政家
- 親家の嫡男で跡を継ぐ、扇野藩の若殿。
- 小杉 十五郎
- 平山道場で代稽古を務める馬廻役。
- 榊原 平蔵
- 采女の養父で、かつての扇野藩の勘定組頭。新兵衛らが不正を訴えた後に何者かに斬殺された。
- 榊原 滋野
- 采女の養母。かつて恋仲だった采女と篠の結婚を反対し破談させた。
- 石田 玄蕃
- 藩の家老で、采女の政敵。
- 宇野 十蔵
- 石田玄蕃に協力する組頭。藤吾の先輩にあたる。
書籍情報
映画
2017年9月に完成し[8]、公開は2018年9月28日[1]。主演は岡田准一、監督は木村大作[9]。
第42回モントリオール世界映画祭で最高賞に次ぐ審査員特別グランプリを受賞[10]。
キャスト
スタッフ
制作
本映画は、監督の木村大作にとっては初の時代劇作品となる[11]。脚本は、同じく葉室麟の作品を原作とする映画『蜩ノ記』の監督も務めたことのある小泉堯史である[11]。木村と小泉には、いずれもかつて黒澤明のスタッフだったことがあるという共通点がある[11]。
時代劇としては珍しく、セットを用いるのではなく、すべてロケーション撮影で撮影が行われた[11]。ロケ地についても、京都のような他の映像作品でしばしば使用されている場所を避けて、あえて富山を選び、重要文化財の浮田家住宅などを使用している[11]。
原作では篠の妹・里美は亡くなった坂下源之進の妻であり藤吾の母で年齢は38歳、藤吾は主人公の新兵衛の甥にあたる設定になっているが、映画では源之進は坂下家の嫡男で篠と里美と藤吾は兄弟で、藤吾は新兵衛の義弟という設定になっている[12]。
受賞
脚注
出典
外部リンク