イオ[2][3] (Jupiter I Io) は、木星の第1衛星である。4つのガリレオ衛星の中で最も内側を公転する衛星である。太陽系の衛星の中で4番目に大きく、また最も高密度[4]の衛星である。太陽系の中で最も水を含む割合が少ない天体でもあり[4]、多くの活火山をもつ衛星として知られている。1610年に発見され、ギリシア神話に登場する女神イーオーに因んで命名された。
イオには400個を超える火山があり、太陽系内で最も地質学的に活発な天体である[5][6]。この極端な地質活動は、木星と他のガリレオ衛星であるエウロパ、ガニメデとの重力相互作用に伴うイオ内部での潮汐加熱の結果である[7]。いくつかの火山は硫黄と二酸化硫黄の噴煙を発生させており、その高さは表面から 500 km にも達する。イオの表面には100以上の山も見られ、イオの岩石地殻の底部における圧縮によって持ち上げられ形成されたと考えられる。これらのうちいくつかはエベレストよりも高い[8]。大部分が水の氷からなる大部分の太陽系遠方の衛星とは異なり、イオの主成分は岩石であり、溶けた鉄もしくは硫化鉄の核を岩石が取り囲んだ構造をしている。イオの表面の大部分は、硫黄と二酸化硫黄の霜で覆われた広い平原からなっている。
イオの火山活動は表面の独特の特徴を生み出している。イオの火山噴出物と溶岩流は表面の様相を大きく変化させ、黄、赤、白、黒と緑の微妙な色彩で彩っている。これらの多くは硫黄の同素体と硫黄化合物からなっている。また、長さが 500 km 以上にもおよぶ多数の溶岩流が表面に見られる。この火山活動によって生成される物質が、イオの薄く不完全な大気と木星の磁気圏を作り上げている。イオの火山噴出物は木星の周りの大きなプラズマトーラスを形成している。
シモン・マリウスはガリレオ衛星の発見者とは認められなかったものの、彼がガリレオ衛星に対して提案した名称は採用されている。彼は1614年の出版物 Mundus Iovialis anno M.DC.IX Detectus Ope Perspicilli Belgici の中でガリレオ衛星の最も内側のものにいくつかの名前を提案しており、その中には「木星の水星 (The Mercury of Jupiter)」や「木星の一番目の惑星 (The First of the Jovian Planets)」というものもあった[14]。1613年のヨハネス・ケプラーの助言に基づき、彼はギリシア神話のゼウスや、それに相当するローマ神話のユーピテルの愛人から名前を与えることを考案した。彼は木星の最も内側の大衛星に対し、ギリシア神話の登場人物であるイーオーに因んで名前を与えた[14][15]。マリウスが提案した名前は20世紀中頃までは広く受け入れられていなかった[16]。初期の天文学の文献の多くでは、イオは一般にローマ数字を用いて Jupiter I と表記されたり (これはガリレオが導入した表記である)、あるいは「木星の一番目の衛星」と表記された[17][18]。
ボイジャー計画による2つの探査機ボイジャー1号と2号が1979年にイオを通過した際は、進化した撮像システムによってさらに詳細な画像が得られた。ボイジャー1号は1979年3月5日に 20,600 km の距離を通過した[30]。接近の最中に送信された画像からは、奇妙な、多色に彩られた衝突クレーターのない風景が明らかになった[31][32]。最も高い解像度の画像では、奇妙な形状の穴、エベレスト山よりも高い山々、溶岩流に似た地形を持つ、比較的若い表面が見られた。
近接遭遇の直後に、ボイジャーのナビゲーションエンジニアである Linda A. Morabito は、画像の1つに表面から噴出する噴煙に気が付いた[33]。ボイジャー1号が撮影したその他の画像を解析したところ、表面に散在する同様の噴煙が9つ発見され、イオは活発な火山活動を起こしていることが明らかになった[34]。この結果は、ボイジャー1号の接近の直前に発表された、Stan Peale, Patrick Cassen, と R. T. Reynolds による論文の中で予測されていた。Peale らは、イオの内部はエウロパ、ガニメデとの軌道共鳴によって引き起こされる大きな潮汐加熱を経験するということを計算していた[7]。このフライバイで取得されたデータは、イオの表面は硫黄と二酸化硫黄の霜で覆われていることを示した。これらの化合物はイオの薄い大気の成分でもあり、またイオの軌道を中心としたプラズマトーラスの成分でもある[35][36][37]。
ボイジャー2号は1979年7月9日に 1,130,000 km の距離を通過した。ボイジャー1号ほどは接近しなかったものの、両探査機で撮影された画像を比較することで、4ヶ月の間に表面の様子がいくらか変化している様子を見ることができた。さらに、ボイジャー2号が木星系を離れる際に三日月状に太陽光が当たるイオの観測からは、3月に観測された9つの噴煙のうち7つは1979年7月の段階で活動しており、ペレ火山だけが2機のフライバイの間に活動を停止したことが明らかになった[38]。
イオは木星の中心から 421,700 km の距離を公転しており、木星の雲頂からの距離は 350,000 km である。ガリレオ衛星の中では最も内側を公転しており、軌道はテーベとエウロパの間にある。木星の木星内部衛星群を含むと、内側から5番目の衛星である。木星の周りをおよそ42.5時間かけて1周している (1晩の観測でその動きが観測できるほど速い)。
強制されたイオの軌道離心率によって生み出される潮汐加熱により、イオは数百もの火山と広大な溶岩流を持った、太陽系の中でも最も火山活動が活発な天体となっている。大きな噴火の最中は、溶岩流は数十 km から数百 km に達することもあり、この溶岩はマグネシウムが豊富な苦鉄質や超苦鉄質岩を含む玄武岩からなる。この活動の副産物として、硫黄、二酸化硫黄ガスと灰のような火山砕屑岩が宇宙空間に最大で 200 km の高さにまで吹き上げられる。これにより傘状の噴煙が生成され、周囲の地形を赤や黒、白で彩られ、イオの不完全な大気や木星の磁気圏に物質が供給されている。
イオの表面は "paterae" として知られる火山性凹地が点在しており、その凹地は一般的には平坦な底部と、それを区切る急な壁から成り立っている[87]。この地形は地球におけるカルデラに似ているが、地球のものと同様に空洞になったマグマ溜りが陥没することで形成されているのかどうかは分かっていない。ある仮説では、これらの地形は火山の土台部分が露出することによって形成され、上にあった物質は吹き飛ばされたか土台と一体化したかのどちらかであるとしている[88]。この過程の様々な段階の paterae は、チャク・カマシュトリ領域 (Chaac-Camaxtli region) のガリレオ探査機を用いて観測されている[89]。地球と火星における同様の地形とは異なり、これらの凹地は一般に楯状火山の頂上には見られず、また平均直径が 41 km と大きなサイズを持つ。最も大きなものは直径 202 km のロキ火口(英語版) (Loki Patera) である[87]。ロキ火口はイオで最も強力な火山であり、イオ全体の熱出力に対して平均で 25% の割合を占めている[90]。形成メカニズムがなんであれ、多くの火口の形態と分布はこれらの地形は構造的に制御されていることを示唆し、少なくとも半分は断層や山によって区切られている[87]。これらの地形はしばしば火山噴火の場所となり、ギシュ・バル火口 (Gish Bar Patera) で2001年に見られた噴火のような paterae の底部を広がるような溶岩流を発生させたり、あるいは溶岩湖を形成したりする[6][91]。イオの溶岩湖には、ペレ火口のように常に溶岩の外皮が入れ替わっているものや、ロキ火口のように散発的に入れ替わっているものがある[92][93]。
溶岩流はイオの別の火山性地形も生み出す。火口の噴出孔から表面に噴出したマグマや割れ目から平原に流出したマグマは、ハワイのキラウエア火山で見られるような膨張し混合した溶岩流を生み出す。ガリレオ探査機が撮影した画像で、プロメテウス (Prometheus) 火山やアミラニ (Amirani) 火山で発生しているようなイオの大きな溶岩流の大部分は、古い溶岩流の上における小さな溶岩の流出によって生成されていることが明らかになっている[95]。大きな溶岩流の発生もイオで観測されている。例えばプロメテウス火山の溶岩流の最先端は、1979年のボイジャーの観測と1996年のガリレオの初めての観測の間で 75〜95 km 移動している。1997年に発生した大噴火では面積にして 3500 km2 もの新鮮な溶岩が噴出し、隣接するピッラン火口の底部が溶岩で氾濫した[40]。
ボイジャーの画像の分析から、科学者たちはこれらの溶岩流は主に様々な溶融した硫黄化合物からなると考えた。しかし、その後の地上からの赤外線観測とガリレオ探査機による測定では、これらの溶岩流は苦鉄質や超苦鉄質岩を含む玄武岩が主成分であることが示唆された。この仮説はイオの「ホットスポット」と呼ばれる熱放射をしている場所における温度測定の結果に基づいている。それによると、ホットスポットの温度は少なくとも 1300 K であり、場所によっては 1600 K に達することもある[96]。噴火の温度は初期の推定では 2000 K に達することが示唆されていたが[40]、これは後に温度モデルに誤った熱モデルを用いたことによる過大評価であることが示された[96]。
ペレ火口とロキ火口での噴煙の発見は、イオが地質学的に活発であることを示した初めてのサインであった[33]。一般的にこれらの噴煙は、イオの火山から硫黄や二酸化硫黄のような揮発性物質が上空へ向かって 1 km/s に達する速度で噴出された時に形成され、ガスと塵による傘状の雲を形成する。これらの火山の噴煙中に発見される可能性のある物質として、ナトリウム、カリウムや塩素がある[97][98]。これらの噴煙は、2つの可能性のうち1つの方法で形成されるように思われる[99]。ペレ火口から噴出しているようなイオの最大級の噴煙は、溶解した硫黄と二酸化硫黄ガスが火山の噴出孔や溶岩湖から噴出するマグマから解放される際に発生し、しばしば珪酸塩の火山砕屑物が共に引きずられて噴出する[100]。これらの噴煙は短鎖硫黄による赤と珪酸塩の火山砕屑物による黒の堆積物を表面に形成する。このようにして発生した噴煙はイオで観測された最大級のものになり、直径 1000 km を超える赤いリング状の模様を形成する。この形態の噴煙は、例えばペレ火口、トゥワシュトラ火口、ダジボーグ火口 (Dazhbog Patera) で見られる。別の形態の噴煙は、侵入する溶岩流がその下にある二酸化硫黄の霜を蒸発させた時に発生し、硫黄を上空へ送り出す。この形態の噴煙は、しばしば二酸化硫黄からなる明るい円状の堆積物を生成する。これらの噴煙の高度は 100 km を下回るものが多く、イオにおいて最も長寿命の噴煙である。プロメテウス火山、アミラニ火山、マスビ (Masubi) 火山で見られる噴煙がこの例である。噴出した硫黄化合物は、イオの上部地殻からリソスフェアのより深いところでの硫黄溶解度が減少するところに濃集しており、ホットスポットの噴火様式を決定する要因となる[100][101][102]。
イオは極めて薄い大気を持っている。主成分は二酸化硫黄 (SO2) で、微量成分として一酸化硫黄 (SO)、塩化ナトリウム (NaCl)、硫黄原子と酸素を含む[109]。大気は、一日の時間や緯度、火山活動、表面の霜の存在量によって密度と温度が共に大きく変化する。イオにおける大気圧の最大値は 3.3×10−5〜3×10−4Pa であり、空間的にはイオの木星の反対側の半球と赤道に沿った領域、時間的には表面の霜の温度が最も高くなる昼下がりが最も大気圧が大きい[109][110][111]。火山の噴煙における局所的な最大値も見られ、これは 5×10−4〜4×10−3 Pa になる[36]。イオの大気圧はイオの夜面で最も低くなり、0.1×10−7〜1×10−7 Pa にまで低下する[109][110]。
イオの大気温度の範囲は、低いものでは二酸化硫黄が表面の霜と蒸気圧平衡になる温度から、高いものでは大気高層で大気密度が低く、イオのプラズマトーラスからの加熱とイオの磁束管からのジュール加熱によって 1800 K に達するような場合まで様々である[109][110]。この低圧の影響で、夜側では大気の影響は表面付近に限定される。ただし霜の多い領域から少ない領域へ二酸化硫黄が一時的に再分配される場合や、噴煙の物質が昼側の厚い大気に再突入した際の噴煙堆積物のサイズの拡大は例外である[109][110]。イオの大気は非常に薄いため、イオを探査するための将来のあらゆる着陸機はエアロシェル型の熱シールドに入れる必要は無いが、そのかわりに軟着陸するためには逆噴射スラスタが必要である。また放射線を減衰させる厚い大気が無いため、着陸機は強い木星放射線に耐えられるような頑丈さが必要とされる。
イオの大気中のガスは木星の磁気圏によってはぎ取られ、イオを取り囲む中性粒子の雲へと散逸するか、またはイオの軌道上にあるが木星の磁気圏と共回転するイオン化された粒子の環であるイオのプラズマトーラスへと散逸する[57]。このプロセスによって1秒あたりおよそ1トンもの大気がイオから持ち去られているため、大気は常に補充されているはずである[54]。二酸化硫黄の最も重要な起源は火山の噴煙であり、平均で1秒あたり ×104 kg もの二酸化硫黄を大気中に放出するが、その大部分は再び表面に凝縮する[112]。イオの大気中の二酸化硫黄の大部分は、表面に凍りついた二酸化硫黄の太陽光による昇華によって維持されている[113]。昼側の大気の大部分は、表面が最も暖かく最も活動的な火山の噴煙が存在する、赤道から 40° 以内に限られている[114]。大気の大部分が昇華によって生み出されているという考えは、二酸化硫黄の霜が最も多い木星の反対側の半球でイオの大気が最も高密度になるという観測事実と一致し、またイオが太陽に近いほど密度が高いという観測事実とも一致する[109][113][115]。しかし火山の噴出孔付近で観測された最も高い大気密度を説明するためには、火山の噴煙からの寄与も必要である[109]。
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