ジノ・サニ(Dino Sani, 1932年5月23日 - )は、ブラジル出身のサッカー選手及びサッカー指導者。
来歴
地元クラブのパルメイラスで選手としてのキャリアをスタートさせ、続いてキンゼ・デ・ジャウー、コメルシアウFC(ポルトガル語版)、サンパウロに所属した[1]。1959年からはアルゼンチン・プリメーラ・ディビシオンのボカ・ジュニアーズでプレーした[2]。1961年から1964年までイタリア・セリエAのACミランでプレーし、[3]1961-62シーズンにスクデット、1962-63シーズンにヨーロピアンカップを獲得した。
ブラジル代表のメンバーとして、1957年(ポルトガル語版)と1959年 (アルゼンチン大会)(ポルトガル語版)の南米選手権に出場、優勝した1958 FIFAワールドカップでもメンバーの一員だった[4]。
ミランを退団後はブラジルに戻り、コリンチャンスでのプレーを最後に現役を退いた。監督に転身し、インテルナシオナル[5]、ゴイアス、パルメイラス、コリチーバ、ペニャロール[6]、フラメンゴ、フルミネンセ、ボカ・ジュニアーズ、カタール代表、グレミオを指導した。また日本では、与那城ジョージ監督時代(1980年代後半)の読売サッカークラブで「特別コーチ」として指導していたことがある。
所属クラブ
指導歴
タイトル
選手
- サンパウロ
- ACミラン
- コリンチャンス
- ブラジル代表
指導者
- インテルナシオナル
- リオグランデドスル州選手権:3回 (1971, 1972, 1973)
- ペニャロール
- グレミオ
脚注