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マルタの鷹協会

マルタの鷹協会(マルタのたかきょうかい、Maltese Falcon Society )は、ハードボイルド愛好者のための組織。協会の名は、作家ダシール・ハメットの代表作『マルタの鷹』に由来する。1981年サンフランシスコで設立されたが、現在アメリカ合衆国では活動しておらず、1982年木村二郎により創設された日本支部のみが残っている。日本支部では、日本で出版された優れたハードボイルド作品にファルコン賞を授与している。

起源

協会は、1981年5月20日に[1]、歴史文学者・伝記作家のドン・ヘロン[2]と私立探偵のジェイソン・ウクター[3]によってサンフランシスコで設立された。第1回ミーティングはダシール・ハメットが『マルタの鷹』に登場させ、ハメット自身も食事をしたことのあるレストラン「ジョンズ・グリル[4]」で開催された。議長はハメットの研究者で私立探偵のデイヴィッド・フェックハイマーとパルプ作家のE・ホフマン・プライスが務めた[5]

ニューヨークと[6]日本に[1]支部を開設し、1982年には会員数はサンフランシスコが110名、日本が55名、ニューヨークが50名であった[7]。公式のキャッチコピーは『マルタの鷹』のサム・スペードのセリフ"Success to crime" である[1]

活動

ニューヨーク支部のウィリアム・ナデルはマンハッタンでハメットの『影なき男』の舞台を歩くツアーを開催している[6]。推理作家・翻訳家・書評家の木村二郎[8]によって設立された日本支部は、年に10回会報「マルタの鷹フライヤー」を配布し、1983年からは年に1度ファルコン賞の授与を開始した。

サンフランシスコ支部のミーティングは推理作家のジュリー・スミス英語版チャールズ・ウィルフォード英語版スティーヴン・グリーンリーフジョー・ゴアズ英語版らによって開かれた。

その他の参加者に、ハメットの伝記作家、ダイアン・ジョンソン英語版ウィリアム・F・ノーラン英語版バウンティハンターのタイニー・ボイラーズ、ジェローム・ワイドマン英語版などハメットと親交のあった人々、検死官、犯罪のレポーター、FBIのエージェント、保釈保証業者などがいた。

ニューヨーク支部が活動を休止したのは1980年代後半のことである。サンフランシスコ支部ではハメットの92回目の誕生日である1986年5月27日に開かれた第5回記念ミーティングが最後である。ハメットの娘、ジョー・ハメットが最後の議長を務めた[5]

1990年代には活動しているのは日本支部だけとなった。2006年、日本支部は1982年から2006年に発行した会報をまとめた大判のソフトカバー本「マルタの鷹フライヤー1982-2006 完全版」を製作した。2009年現在、日本支部は90名のメンバーと共に、会報の発行とファルコン賞の授与及び東京と大阪でのミーティングの開催を続けている。

ファルコン賞

ファルコン賞The Falcon Award)は、マルタの鷹協会日本支部のメンバーによって、日本で出版された優れたハードボイルド作品に授与される賞。受賞者には賞状と「丸太の鷹」像が授与される。

出典

  1. ^ a b c "Success to Crime: The Introduction to The Complete Maltese Falcon Flyer, Don Herron Archived 2008年11月18日, at the Wayback Machine.
  2. ^ "Shadowing Sam Spade", New York Times, October 25, 1981
  3. ^ "The society that detects the mystique of mysteries" by Bethany Korwin-Pawlowska, Oakland Tribune, October 23, 1981, pp. C-1, C-5
  4. ^ "Maltese Falcon Society: Mystery lovers in spades", by Mike Hudson, Oakland Tribune, May 26, 1981, p. C-4
  5. ^ a b The Dashiell Hammett Tour: Thirtieth Anniversary Guidebook. By Don Herron. San Francisco: Vince Emery Productions, 2009. Page 199.
  6. ^ a b "In footsteps of 'Thin Man'" by Herbert Mitgang, New York Times', June 25, 1981
  7. ^ "Ryan's Dope" by William H. Ryan, San Francisco Appeal to Reason, v. 1 n. 4, 1982, p. 10
  8. ^ Thrilling Detective website

外部リンク

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