小林法子
小林 法子(こばやし のりこ、1944年11月15日 - )は、千葉県千葉市出身の日本の女子プロゴルファー。元日本女子プロゴルフ協会 (JLPGA) 副会長。 経歴千葉市立加曽利中学校卒業。千葉市内のゴルフ練習場に事務員として勤務し、その後ゴルフを始める[1]。 1973年、日本女子オープンゴルフ選手権競技で通算3オーバーと2位の山崎小夜子に2打差をつけて初優勝を公式戦で飾った。賞金ランク5位。1974年 、優勝はなく賞金ランク8位。 1975年は産報チャンピオンズで中村悦子、樋口久子、清元登子と自身初のプレーオフに挑むも中村に敗れ2位タイ。優勝はなく賞金ランク7位。 1976年は美津濃ゴルフトーナメント、日本女子プロゴルフ愛媛マッチと初めて1年で2度の優勝を経験。賞金ランクは自己最高の2位。 1977年は東北クイーンズ準備競技で岡本綾子、森口祐子とのプレーオフで岡本に敗れたが、北陸クイーンズゴルフカップで優勝。ミヤギテレビ杯女子オープンゴルフトーナメントでホールインワン達成。賞金ランク6位。 1978年、広島女子オープンゴルフでは通算3アンダー、2位・吉川なよ子に2打差で優勝。山陽クイーンズゴルフトーナメントでは清元とのプレーオフを制し優勝。賞金ランク6位。 1979年は美津濃ゴルフトーナメントで通算3アンダー、2位・樋口に1打差で同大会2度目の優勝。賞金ランク14位。1980年から1982年は優勝がなかった。 1983年は那須小川レディスプロゴルフトーナメントで通算6アンダー、2位・今堀りつに5打差で優勝。賞金ランク9位と5年ぶりの一桁。1984年から1986年は優勝なし。 1987年は那須小川レディスで通算1アンダー、2位・岡田美智子に2打差で同大会2度目の優勝。42歳はJLPGA最年長優勝記録 (当時) [1]。日本女子オープンでは通算1アンダーで並んだ吉川とのプレーオフに敗れた。賞金ランク15位で、獲得賞金1,972万円余は自己最高。1988年以降は優勝なし。 2008年にはJLPGA副会長に就任し、3年間小林浩美会長を補佐した[1]。 2018年に日本プロゴルフ殿堂からレジェンド部門で顕彰された[1][2]。 人物・逸話
表彰
脚注出典
外部リンク
|