業務独占資格(ぎょうむどくせんしかく、occupational licensing)とは、国家資格の分類の一つ。その資格を有する者でなければ携わることを禁じられている業務を、独占的に行うことができる資格をいう[1]。資格にはそのほかに必置資格(設置義務資格)、名称独占資格があるが[1]、業務独占資格のなかにはこれらの性質を併せ持つものがある。
本項目では特にことわりのない限り、日本法における業務独占資格について解説する。
概要
資格制度は、安全や衛生の確保、取引の適正化などの実現のため、国などが一定の業務に従事するうえで必要とされる専門的知識、経験、技能などに関する基準を満たしていると判定した者について、当該業務への従事、法令で定める管理監督者への就任などを認めるものである[2]。その中でも特に、その資格を有する者でなければ一定の業務活動に従事することができないものを「業務独占資格」と呼ぶ[2]。業務独占資格の根拠となる法令には、業務独占規定として「その資格がなければその業務(行為)を行ってはならない」旨が明記されている。法律によって一定の社会的地位が保証されているため、資格の中でも社会からの信頼性が高いとされる[1]。
業務独占資格の多くには、その資格の保有者以外がその名称を名乗ることを認めない名称独占規定が定められている。また、無線従事者や麻薬取扱者のように、必置資格(設置義務資格)としての性質を併せ持つものがある[注釈 1]。
「業務」の定義
「業務」の定義はその資格や業種によって異なるが、おおむね (1)反復継続性 (2)事業的規模 の2点を満たし[3]、さらに (3)報酬を得ること を加える場合がある[4]。
反復継続性は、「反復継続の意思をもって」行うことを示し、実際には反復継続して(複数回)行っていなくても「業」に該当する[5]。事業的規模については、すべての資格に対して明確な解釈があるわけではないが、おおむね「(他者からの求めに応じて)不特定多数人を対象とする」ことを要件とすることが一般的である[4][6]。つまり、業務独占資格の「業務」は、「反復継続する意思を持って不特定多数人を対象とすること」と言い換えることができる。
規制緩和
業務独占資格を含めた免許制度は、新規事業者の参入障壁となりうるため、世論から規制緩和が求められ、規制緩和政策によって縮小する傾向にある[7]。一般的に、政府が許可・認可制度を持つ産業は、安全や衛生の確保や取引の適正化などの実現などのメリットがある一方[2]、その制度そのものが参入障壁となり、これによって既存事業者の利益が守られるという効果がある[7]。
米国での批判
アメリカ合衆国の研究では、免許の付与によって賃金が約15パーセント上昇していることが示唆されている[8]。
アメリカ合衆国には同一の州内のみで有効な業務独占資格があり、これらの職種では、全米で有効な資格の職種や資格を必要としないほかの職種と比較し、州間の移住率が低いことが示されており、業務独占資格の増加は移住・転職の減少原因となりうることが示唆されている[9]。経済学者ミルトン・フリードマンは、職業免許制度は生産者を保護するためのギルド制度であると批判している[10]。
日本の行政改革
日本においては、1998年(平成10年)1月に行政改革推進本部に設置された規制緩和委員会(後に規制改革委員会へ名称変更)によって[11]、「公的な業務独占資格について資格要件や業務範囲等の在り方を含めた見直し」が行われた[2]。
当該見直しにおいては、業務独占資格が特定市場への参入障壁として機能しており、その競争制限性により弊害を生じる可能性が指摘された[12]。
2002年(平成14年)には、規制改革推進3か年計画(改定)(平成14年3月29日閣議決定)において、業務独占資格について、資格の廃止、相互乗り入れ、業務範囲の見直し、報酬規定の廃止、試験合格者数の見直し等を推進することにより、各種業務分野における競争の活性化を通じたサービス内容の向上、価格の低廉化、国民生活の利便向上等を図ることが基本方針として定められた[13]。
具体的には、以下のような18項目について再検討が行われた。
(別紙1)業務独占資格の見直し
(1) 業務範囲が余りに細分化されている資格については、業務範囲の見直し、資格間の相互乗り入れを検討する。また、業務独占資格者の業務のうち隣接職種の資格者にも取り扱わせることが適当なものについては、資格制度の垣根を低くするため、他の職種の参入を認めることを検討する。
(2) 以下の資格については、廃止を含めその在り方を検討する。
・資格者以外でも実施可能な専門性の低いもの
・資格取得に当たって、試験合格等の特段の要件を必要としないもの
・試験合格率又は講習終了率が極めて高いもの
・社会的使命が終了したこと等により、年間の資格取得者数が少ないもの
・資格取得の要件が試験合格を原則としているにもかかわらず、資格取得者のほとんどが試験合格以外の特例による取得者であるもの
・類似資格が民間資格において存在するもの
(3) 法律上資格試験を行うこととされている資格については、試験を実施する。
(4) 明確で合理的な理由のない受験資格要件については、その廃止を検討する。
(5) 受験前の実務経験、試験合格後の修習・講習等の義務付けについては、合理的な理由なくして参入規制として機能しないようその在り方を見直す。
(6) 障害等を理由とする欠格事由については、その合理性について検討し、所要の措置を講ずる。
(7) 受験資格及び資格取得に係る特例措置の認定基準については、明文化・公表を進める。
(8) 合格人数制限を行っているものについては、参入規制とならないよう、これを見直す。
(9) 関連・類似資格等については、統合又は試験・講習科目の共通化・免除若しくは履修科目の免除を進めることについて検討する。
(10) 合否判定基準、配点、模範回答等の公表、不合格者に対する成績通知を行うほか、合格発表を迅速化する。
(11) 例えば以下の方法を採用することにより、資格取得の容易化を検討する。
・合格科目の積み上げ方式による合格方式の推進・再受験における既合格科目の免除制度の推進
・試験問題の公表
・持ち帰りの推進
(12) 受験料の積算根拠を精査する。
(13) 公正有効な競争の確保等の観点から、登録・入会制度の在り方について検討する。
(14) 公正有効な競争の確保や合理性の観点から、報酬規定の在り方を見直す。
(15) 公正有効な競争の確保や合理性の観点から、広告規制の在り方を見直す。
(16) 有効期間・定期講習の義務付けの合理性について検討する。
(17) 資格者に対する利用者の複雑多様かつ高度なニーズにこたえるとともに、資格者による継続的かつ安定的な業務提供や賠償責任能力の強化などの観点から、必要に応じて資格者の法人制度の創設を検討する。
(18) 経済社会の複雑多様化、国際化に適切に対応するため、専門性をいかした高度なサービスが提供されるよう、必要な場合、資格者数の増大を図る。 |
これらの方針に先立ち、行政書士では2000年(平成12年)に受験資格が廃止されている。2002年には(平成14年)司法書士で、2003年(平成15年)には弁理士で、2005年には土地家屋調査士で業務範囲が拡大され、それぞれ簡裁訴訟代理等関係業務、特定侵害訴訟代理業務、民間紛争解決手続代理関係業務などの、従来は弁護士にのみ認められていた業務の一部が解禁された。
通訳案内士は、従来は業務独占資格として位置づけられていたが[14]、2018年(平成29年)からは通訳案内士法から業務独占規定が削除され、資格名称が「全国通訳案内士」と「地域通訳案内士」に改められ、単なる名称独占資格となった[15][16]。
従来は、成年被後見人、被保佐人などの制限行為能力者は、弁護士や医師などの一部の業務独占資格において、一律で免許の取得ができなかった(絶対的欠格事由)。2019年(令和元年)に成年被後見人等の人権尊重・不当な差別防止を目的として、「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律」が施行された[17]。これによって、弁護士法や医師法から欠格条項削除が削除され、併せて個別に適格性を審査する規定が設けられた[17]。
分類
業務独占資格は、有償業務独占資格と無償業務独占資格の2種類に分類することができる[18]。
有償業務独占資格
報酬を得る業務(有償業務)のみが独占となるものを有償業務独占資格という[18]。弁護士、弁理士、公認会計士、行政書士が代表的である。
これらの資格では、根拠となる法律の業務独占規定に「資格のない者は報酬を得て業とする(業務を行う)ことができない」と明記されている[注釈 2]。
無償業務独占資格
有償での業務に加えて無償での業務も独占となるものを無償業務独占資格という[18]。税理士、司法書士、医師、歯科医師、建築士等が代表的である。
これらの資格では、業務独占規定に「資格のない者は業とする(業務を行う)ことができない」と明記されている[注釈 3]。
業務独占資格の一覧
根拠法の管轄省庁・団体別に業務独占資格を以下に列挙する[注釈 4][注釈 5]。
内閣府
金融庁
国家公安委員会
総務省
法務省
財務省
資格名 |
根拠となる法律 |
業務独占規定 |
名称独占規定 |
必置規定
|
税理士 |
税理士法 |
第52条 |
第53条 |
-
|
通関士 |
通関業法 |
第14条 |
第40条第2項 |
第13条
|
文部科学省
資格名 |
根拠となる法律 |
業務独占規定 |
名称独占規定 |
必置規定
|
教育職員 |
教育職員免許法 |
第3条 |
- |
第3条第2項
|
厚生労働省
農林水産省
経済産業省
国土交通省
環境省
都道府県
脚注
注釈
- ^ 例えば電波法第39条第3項や麻薬及び向精神薬取締法第3条、第33条など。
- ^ 例えば、弁護士法第72条、弁理士法第75条、公認会計士法第47条の2、行政書士法第19条など。
- ^ 例えば、税理士法第52条、司法書士法第73条、医師法第17条、歯科医師法第17条など。
- ^ 資格の根拠となる法令に、業務独占規定として「その資格がなければその業務(行為)を行ってはならない」旨が明記されているもののみ列挙した。事業者や管理者が業務を行う際に特定の資格者を必要とする「必置(設置義務)資格」とは区別される。
- ^ 免許授与者が所管庁とは限らない。例えば准看護師は厚生労働省の所管であるが、授与者は厚生労働大臣ではなく都道府県知事である。
- ^ a b c d e f g h 根拠法に「行うことを業とする」という条文はあっても「その資格がなければその業務(行為)を行ってはならない」という条文がないため単に名称独占資格として分類されることもあるが、これらの資格を取得することによって保健師助産師看護師法第31条及び第32条で無資格者に禁止されている診療補助業務を医師(臨床検査技師については歯科医師を含む)の指示の下で行うことができる。
- ^ 労働安全衛生法第59条第3項の規定は「…業務に労働者をつかせるときは、その業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行わなければならない。」というものであるため、同法における労働者とみなされない中小事業主・一人親方・家族従事者の場合、特別教育修了者でなくても当該業務につくことが法令上は可能である。
- ^ 環境省との共管である[19]。
- ^ 改正STCW条約(1978年の船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約)第6章第4規則に基づき、同条約コードA部第6-4節1から6に規定する医療行為を行うことができる。具体的には、創部の縫合やワクチン接種などの防疫が含まれる。
出典
参考文献
関連項目