生物は共通祖先から進化し、多様化してきた。
進化 (しんか、ラテン語 : evolutio , 英語 : evolution )は、生物 の形質 が世代 を経る中で変化していく現象のことである[ 1] [ 2] 。
→進化論の歴史や社会・宗教との関わりについては「
進化論 」を、生物進化を研究する科学分野については「
進化生物学 」を、進化を意味する英単語の関する諸項目については「
エボリューション 」を参照
定義
眼の進化
生物個体群 の性質が、世代を経るにつれて変化する現象である[ 2] [ 1] 。また、その背景にある遺伝的変化を重視し、個体群内の遺伝子頻度 の変化として定義されることもある[ 3] [ 4] 。この定義により、成長 や変態 のような個体 の発生上の変化は進化に含まれない[ 1] [ 2] 。
狭義に、種 以上のレベルでの変化のみを進化とみなすこともあるが、一般的ではない[ 3] 。逆に、文化的 伝達による累積的変化や生物群集の変化をも広く進化と呼ぶこともある[ 3] 。日常表現としては単なる「変化」の同義語として使われることも多く、恒星 や政治体制 が「進化」表現されるということもあるが、これは生物学でいう進化とは異なる[ 4] 。
進化過程である器官 が単純化したり、縮小したりすることを退化 という[ 3] が、これもあくまで進化の一つである。退化は進化の対義語ではない。
進化の証拠
生物は不変ではなく、共通祖先 から長大な年月の間に次第に変化して現生の複雑で多様な生物が生じたということが、膨大な証拠から分かっている[ 5] [ 6] 。
進化論は、チャールズ・ダーウィン ら複数の博物学者 が動物 や植物 の分類学 的な洞察から導きだした仮説 から始まった。現在の自然科学 ではこの説を裏付ける証拠 が、形態学 ・遺伝学 ・比較発生学 ・分子生物学 など様々な分野から提出されており、「進化はほぼ確実に起こってきた事実である」と生物学者・科学者からは認められている[ 5] [ 6] [ 7] 。
古生物学
進化をはっきりと示す化石 証拠はダーウィンの時代には乏しかったが、現在では豊富に存在する。まず全体的なパターンとして、単純で祖先的と思われる生物は古い地層 からも発見されるが、複雑で現生種に似た生物は新しい地層からしか見つからない[ 8] 。
化石証拠の豊富な生物については、化石を年代順に並べることで、特定の系統 の進化を復元することもできる。プランクトン は死骸が古いものから順に連続的に堆積 していくため、このような研究が容易であり、有孔虫 や放散虫 、珪藻 の形態が徐々に進化し、時には種分化 する過程が確認できる[ 9] [ 10] 。プランクトン以外にも、三葉虫 の尾節の数の進化を示す一連の化石などがある[ 10] 。
ミッシング・リンク
魚類と両生類の特徴を併せ持つティクターリク の復元画
進化を否定する創造論 者は、分類群 間の中間的な特徴を示す化石が得られないことを指して「ミッシング・リンク 」と呼んでいる。しかし、分類群間の移行段階と考えられる化石は既に一部得られている[ 11] [ 12] 。
分類群の起源となった種そのものを見つけるのは確かに困難だが、その近縁種の化石があれば、進化過程を解明するのに充分である[ 11] 。たとえば爬虫類 と鳥類 の特徴を併せ持つ化石には有名な始祖鳥 に加えて、多数の羽毛恐竜 がある[ 13] [ 14] 。クジラ の進化過程は、時折水に入る陸生哺乳類 であったインドヒウス に始まり、徐々に水中生活に適応していく一連の化石から明らかになっている[ 15] [ 16] 。
現在の魚類 と両生類 をつなぐ移行化石としてはエウステノプテロン 、パンデリクチス 、アカンソステガ 、イクチオステガ などが知られていたが、さらにパンデリクチスよりも両生類に近く、アカンソステガよりも魚類に近いティクターリク が2006年 に発表された[ 17] [ 18] 。無脊椎動物 では、祖先的なハチ の特徴と、より新しく進化したアリ の特徴を併せ持つアケボノアリ などの例がある[ 19] 。
移行化石は次々と発見されており、たとえば2009年 には、鰭脚類 (アシカ やアザラシ )と陸上食肉類 との中間的な特徴を示す化石[ 20] や、真猿類 の祖先に近縁だと考えられるダーウィニウス の化石[ 21] が報告されている[ 22] 。人類 が他の類人猿 に似た祖先から進化してくる過程を示す化石も見つかっている[ 23] [ 24] 。
逆に、創造論 を証明するにはミッシングリンクの存在を指摘するだけでは不十分で、カンブリア紀の地層からウサギの化石がわんさと発掘される必要があるだろう、とするのがリチャード・ドーキンス の考えである。
生物地理学から
生物の分布がいかにして成立してきたかを探る分野である生物地理学 は、進化を支持する強力な証拠をもたらす。進化生物学者のコイン (英語版 ) によれば、創造論者は生物地理学上の証拠に反論することができないため、無視を決め込んでいるという[ 25] 。
火山活動 などによる海底 の隆起によってできた、大陸 と繋がったことのない島 を海洋島と呼ぶ。ガラパゴス諸島 やハワイ諸島 、小笠原諸島 といった海洋島の在来生物相には海 を渡れない両生類、コウモリ を除く哺乳類、純淡水魚 がほとんど、あるいは全く含まれないのが普通である。それに対して大陸と繋がった歴史のある島には、哺乳類や両生類が普通に分布している。しかも島に棲む生物は、ほとんどの場合最も近い大陸の生物と近縁である。このようなパターンでは、生物が地球 の歴史の中でその分布を広げながら進化してきたと考えない限り理解できない[ 26] [ 27] 。
地域が違うと、似たような生息環境であっても異なる生物が分布することがあり、これも進化の証拠となる。同じ砂漠 でも新世界 にはサボテン科 、旧世界 にはキョウチクトウ科 やトウダイグサ科 の乾燥に適応した植物が生息している[ 28] [ 29] 。
ダーウィンの時代には知られていなかったが、地球の歴史上、大陸は長い時間をかけて移動し、離合集散を繰り返してきた(大陸移動説 )。生物の分布のなかには、かつて繋がっていた大陸に共通祖先がいて、大陸の分裂に伴って系統が分岐したと考えることでうまく説明できるものも多くある。たとえばシクリッド科 の淡水魚や走鳥類 の分布は、かつてのゴンドワナ大陸 が複数の大陸に分裂した過程で分岐してきたことで成立したと考えられる[ 30] 。
輪状種 の存在も、生物がわずかな変化を累積して連続的に進化してきたことの傍証となる。輪状種とは、ある場所では互いに交配せず、別種として区別できる生物が、実は多数の中間型によって連続している場合を指す[ 31] 。ヨーロッパ 北西部ではセグロカモメ とニシセグロカモメ が互いに交配せず別種であると識別できるが、そこから東に向かい、北極の周りを一周してヨーロッパに戻ると、ニシセグロカモメが次第に変化してセグロカモメにいたる一連の亜種 が観察でき、明瞭な種の区別はない。
比較解剖学から
相似と相同
進化の証拠は化石だけではなく、現生生物の形態を比較することからも得られている。たとえば陸上脊椎動物 は外見上非常に多様であり、コウモリや鳥のように飛翔するものまで含まれる。それにもかかわらず、すべて基本的には同一の骨格 を持ち、配置を比較することで相同 (進化的な由来を同じくする)な骨 を特定することができる。このことは、陸上脊椎動物が単一の共通祖先を持ち、祖先の形態を変化させながら多様化してきたことを示している[ 32] [ 33] 。それぞれの種が独立に誕生したとしたら、鳥の翼 と哺乳類の前脚のように全く機能の異なるものを、基本的に同一の骨格の変形のみで作る必然性はない。
機能が異なっていても由来と基本的構造を同じくする相同とは逆に、由来や構造の異なる器官が同一の機能を果たし、類似した形態を持つことを相似 という。たとえばコウモリと鳥、翼竜 はどれも前肢が翼となっているが、翼を支持する骨は大きく異なっている[ 34] 。鳥は羽毛 によって翼の面積を大きくしており、掌 や指 の骨の多くは癒合して数を減らしているのに対し、コウモリは掌と指の骨を非常に長く発達させて、その間に膜 を張ることで翼を構成している。その一方で、翼竜の翼は極端に長く伸びた薬指 1本で支持されている。これは、翼を持たなかった共通祖先から、翼を持つ系統がそれぞれ別個に進化してきた(収斂進化 )と考えれば合理的に理解できる。
痕跡
ガラパゴスコバネウ は飛べないが、痕跡的な翼を持つ。
進化がもともとの形態を改変して進んできたのだとしたら、生物には祖先の形態の名残が見られるはずである。実際に痕跡 の例は枚挙に暇がなく、飛べない鳥 の持つ痕跡的な翼、洞窟 に住むホラアナサンショウウオ (英語版 ) の痕跡的な眼 、ヒト の虫垂 などが挙げられる[ 35] [ 36] 。このような現象は、退化と言われ、進化の一側面をなすと考えられる。これらの器官は必ずしも何の機能も持たないわけではないが、本来の機能を果たしていた祖先からの進化を考えない限り、その存在を説明することはできない[ 35] 。
同様の証拠は解剖学 のみならず、遺伝子 の研究からも得られている。分子生物学の研究により、生物のゲノム には多数の偽遺伝子 が含まれることが明らかになった。偽遺伝子とは、機能を持つ遺伝子と配列が似ているにもかかわらず、その機能を失っている塩基配列 のことである[ 3] 。偽遺伝子は、かつて機能していた遺伝子が、環境の変化などによって不要になり、機能を失わせる突然変異 が自然選択 によって排除されなくなったことで生じると考えられている。一例として、嗅覚受容体 の遺伝子が挙げられる。多くの哺乳類は嗅覚 に強く依存した生活をしているため、多数の嗅覚受容体 遺伝子を持つ。しかし視覚 への依存が強く嗅覚の重要性が低い霊長類 や、水中生活によって嗅覚が必要なくなったイルカ 類では、嗅覚受容体遺伝子の多くが偽遺伝子として存在している。これは、霊長類やイルカ類が、より嗅覚に依存する生活をしていた祖先から進化したことを強く示唆している[ 37] 。
不合理な形態
進化は既存の形態を徐々に変化させて進んでいくこともあり、一から設計しなおすようなことは起こらない[ 38] 。その結果として機能的に不合理な形態に進化してしまうことがある。極端な例は反回神経 である。これは喉頭 と脳 をつなぐ神経 であり、サメ ではその間を最短に近い経路で結んでいる。しかし、脊椎動物の進化過程で胸 や顎 の構造が変化するなかで、哺乳類では、この神経は喉頭から心臓 の辺りまで下り、その後また上昇して脳にいたるという明らかな遠回りをするようになった。その結果、直線で結べば数センチメートル でよいはずの神経が、ヒトでは10センチメートル程度、キリン では数メートル に及ぶ長さになっている[ 39] 。同様に哺乳類の輸精管 は、精巣 とペニス を最短距離で結ぶためはなく、尿管 の上まで迂回するように伸びている。これは、哺乳類の進化過程で体内にあった精巣が下に下りてきたときに生じた不合理であると考えられる[ 40] [ 41] 。同様の不合理な形態は、人体にも数多く見られる[ 42] [ 43] 。
系統分類学から
生物分類学の祖とされるリンネ はダーウィンより前の時代に生きた創造論者だったが、入れ子状の階層的な分類体系を構築した。生物が共通祖先から分岐を繰り返して多様化してきたものだと考えれば、入れ子の各階層は一つの分岐点を反映するものとして解釈できる。そのため、形態に加えてDNA の塩基配列を含むさまざまな特徴が、例外はあるもののかなり一致した入れ子状の分類体系を支持するという事実は、共通祖先からの進化によって説明できる[ 44] [ 45] 。
近年ではDNAの比較に基づく系統推定 が盛んに行われている。このとき、複数の遺伝子をそれぞれ解析すると、細部は異なるにせよおおまかに一致した系統樹を支持することが多い。もし生物がそれぞれ別個に起源していたとしたら、異なる遺伝子が同じ傾向を示すと考える理由はないだろう[ 46] 。
発生生物学から
多細胞生物 は一細胞 の卵 から胚発生 の過程を経て体を形成していく。この過程にも、進化の証拠が多く見られる。
有名なのは、ドイツ の生物学 者エルンスト・ヘッケル の唱えた反復説 である。ヘッケルは、「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われるように、生物は胚発生の過程でその祖先の形態を繰り返すと主張した。現在では、この説は必ずしも成り立たないものとされているが、それでも発生過程に進化の痕跡を見て取れるのは確かである[ 47] [ 48] 。たとえば脊椎動物の胚 はすべて魚のような形態をしており、哺乳類のように成体では鰓 を持たないものの胚も鰓弓 を持つ[ 47] 。
観察された進化
ガラパゴスフィンチの進化は長期の野外調査により観察されている。
以上の証拠は過去の進化過程を明らかにするものだが、現在進んでいる進化が観察されたこともある[ 49] 。古典的な例はオオシモフリエダシャク の工業暗化 である。このガ には白色型と黒色型がいるが、工業 の発展に伴う煤煙 で樹木 表面が黒く汚れた結果、捕食者 である鳥から姿を隠しやすい黒色型のガが急激に頻度を増した[ 50] 。次いで有名なのはガラパゴスフィンチ の事例で、グラント夫妻 らの30年以上にわたる長期の調査により、環境変動に伴う自然淘汰が嘴 の進化を引き起こしたことが確認されている[ 51] [ 52] 。病原菌 や害虫 に抗生物質 や殺虫剤 で対処しようとすると、急速に薬剤抵抗性が進化することもよく知られている[ 53] 。
実験進化
ロシア の神経細胞学者であるリュドミラ・ニコラエブナ・トルット (英語版 ) とロシア科学アカデミー の遺伝学者 、ドミトリ・ベリャーエフ は共同研究でキツネ の人為選択 による馴致化実験を行った[ 54] [ 55] 。100頭あまりのキツネを掛け合わせ、もっとも人間になつく個体を選択して配合を繰り返すことで、わずか40世代でイヌのようにしっぽを振り、人間になつく個体を生み出すことに成功した。同時に、耳が丸くなるなど飼い犬のような形質を発現することも観察された[ 56] [ 57] [ 58] 。これはなつきやすさという性質が、(自然、あるいは人為的に)選択されうることを示している。
人為的に進化を引き起こす研究も行われている。エンドラーはグッピー を異なる環境に移動させることによって、雄 の体色が捕食者と雌 による配偶者選択 に応じて進化することを明らかにした[ 59] [ 60] 。レンスキーらは大腸菌 の長期培養実験によって、代謝能力の進化を観察している[ 61] [ 62] 。また人為淘汰 による進化は、農業 における品種改良 に応用されている[ 63] 。植物では、倍数化 による種分化(後述)を実験的に再現することにも成功している[ 64] 。
進化のしくみ
現在、進化を説明する理論として最も支持されているのは進化の総合説 と呼ばれるものであり、ダーウィン とウォーレス の自然選択説 と、メンデル の遺伝子の理論、集団遺伝学 の理論や木村資生 の中立進化説 を統合したものである。この総合説によれば、突然変異によって生じた遺伝子の変異 はランダムでない自然選択 と、確率的に起こる遺伝的浮動 によって個体群中に固定し、新しい形質の出現や種分化などの進化現象を引き起こすと考えられる。
遺伝的変異
ある形質について変異が全くなければ、その形質は進化しない。変異があっても、その変異が次世代に伝わる傾向がなければ(すなわち、遺伝 しなければ)進化は起こらない。
DNAの配列に突然変異が生じることで、新たな形質が出現する
遺伝において親から子に受け渡されるのは遺伝子であり、その実体はDNA の塩基配列情報である。DNAは細胞分裂 に際して複製されるが、その過程でエラー、すなわち突然変異が起こることがある。これによって生じる個体差が遺伝的変異である。さらには、突然変異によって生じた遺伝子が有性生殖 や接合 によって組み換え られることによっても、新しい遺伝的変異が生じる[ 65] 。
DNA配列上には現れないが遺伝子発現 の変化による遺伝形質の変化についても、研究が進められている。塩基配列の変化を伴わない遺伝子の制御はエピジェネティクス と呼ばれ、DNAのメチル化 による遺伝子発現抑制やヒストン の化学修飾による遺伝子発現変化などがある[ 66] 。しかしこの様な化学修飾は細胞分化 に大きな役割を持ち、化学修飾が多世代を超えて長期間維持されることはないため、進化の原動力になるか疑問である。ただゲノムには狭義の遺伝子(コーディング領域 )のみでなく遺伝子の制御領域(プロモーター やシスエレメント )があり、遺伝子の制御領域の突然変異が進化の原動力になる事がある[ 67] 。
一般的に、突然変異は「ランダム」に起こると言われる。これは、環境に応じて適応的な変異がより生じやすくなるというようなことはない[ 注釈 1] という意味であり、あらゆる意味でランダムというわけではないということに注意する必要がある[ 68] [ 69] [ 70] 。ラマルク は、より多く使われた器官が発達し、その発達が次世代に遺伝することで適応的な遺伝的変異が生じるとした(用不用説 )が、この説は誤りであることがわかっている[ 71] 。突然変異はこのような説を否定する意味においてのみ「ランダム」である。実際には突然変異はあらゆる意味で「ランダム」とは言えず、たとえば放射線 や発癌性 物質によって誘発される。
突然変異は発生の過程を変化させることによって表現型 を変化させるため、変化の範囲には限りがある[ 72] 。この制約がどの程度実際の進化に影響するかについては議論がある[ 73] 。
この他に、他の生物が持つ遺伝子が他生物に取り込まれることでその遺伝子を獲得することがある(遺伝子の水平伝播 )。
遺伝子の頻度変化
遺伝的変異が生じても、その変異(あるいはその変異のもととなる対立遺伝子)を持つ個体が子孫を残さなければ、その変異は個体群から消失する。しかし一部の変異は頻度を増して個体群内に定着(固定)し、個体群の特徴を変化させることになる。
対立遺伝子頻度は、以下の2つの過程によって変化する[ 74] 。
自然選択
自然選択の模式図。図中では色の濃い個体ほど有利とされている。突然変異が様々な形質をもたらすが、そのうち生存に好ましくない変異が消滅し、残った個体が次世代に子孫を残す。この繰り返しによって、個体群が進化していく。
一部の遺伝的変異はそれを持つ生物個体の適応度 (生存と繁殖)に影響する。その多くは適応度を低下させるため、それを持つ個体は子孫を残せず、変異は消失する(負の自然選択)。しかし、中には適応度を高める突然変異もある。たとえばレンスキーらは大腸菌の長期培養実験のなかで、クエン酸 塩を利用できるようになる突然変異が稀に生じるのを観察した[ 62] 。
適応度を高める対立遺伝子は、それを持つ個体が持たない個体よりも平均して多くの子孫を残すため、個体群内で頻度を増す。この過程を正の自然選択という。正の自然選択によって、生物個体群は世代を経るにつれてより適応的な形質を持つように進化していく。自然選択は、適応進化を説明できる唯一の機構である[ 75] 。
モリマイマイの殻の色彩には大きな変異がある。
自然選択において有利になる形質は環境条件によって異なる。モリマイマイ (英語版 ) (ヨーロッパに生息するカタツムリ の一種)の殻の色彩は変異が大きく、個体群によって色と模様が異なる。これは、生息環境によって捕食者の目を逃れるのに適した色、体温調節に適した色が異なるため、自然選択によって個体群ごとに異なる色彩が進化したのだと考えられる[ 76] 。形質の適応度がその頻度によって決まることもある。たとえば、もし捕食者が多数派の模様を学習 し、まれなタイプの模様はあまり食べないということがあれば、ある模様の適応度がその頻度が少ないときに高くなる。このような自然選択を頻度依存選択 と呼ぶ[ 76] 。
広義には自然選択に含まれるが、性選択 も適応度に影響する。性選択は、配偶者をめぐる同性間の競争や、異性による配偶者の選り好みによって起こる選択のことをいう。たとえばコクホウジャク (英語版 ) という鳥 では、長い尾羽 を持つ雄が雌に好まれるため、そのような雄の適応度は高くなる[ 77] 。
自然選択は個体あるいは遺伝子を単位として考えられることが多いが、かつては個体の集まったグループを単位とした自然選択(群選択 あるいは集団選択)が重視されていた。かつてのような粗雑な群選択理論は今では否定されているが、グループを含む複数の階層での選択を考慮する複数レベル選択説 が提唱されており、その重要性について議論になっている[ 78] 。
遺伝的浮動による遺伝子頻度変化のシミュレーション 。個体数の少ない集団(上、10個体)では、個体数の多い場合(下、100個体)よりも浮動による変化が大きい。
遺伝的浮動
遺伝的変異の中には、適応度に全く、あるいはごくわずかしか影響しないものも多い。その場合には、遺伝子頻度はランダムに、確率的に変動することになる。また適応度に影響する場合でも、確率的な変動の影響は受ける。このランダムな遺伝子頻度の変化を遺伝的浮動という[ 79] 。遺伝的浮動はとくに数の少ない個体群において重要である。そのため、少数の個体が新しい生息地に移住して定着した場合に遺伝子頻度が大きく変化することがあり、これを創始者効果 という[ 80] 。
木村資生は、遺伝子レベルの進化においては遺伝的浮動が重要であると指摘した(分子進化の中立説 )[ 81] 。分子進化の中立説は、塩基配列のデータをよく説明できる。表現型レベルでも、適応度上中立な変化であれば遺伝的浮動によって進化することはありうるが、実際にはほとんどないと考えられている[ 82] [ 注釈 2]
進化の速度
形態の進化
化石が多く見つかっている系統の進化速度は、より新しい化石と古い化石の形態を比較することで調べることができる。量的な形態進化の速度は、100万年あたりネイピア数 倍(約2.7倍)の変化を1ダーウィンとして定義する[ 83] 。離散的な形態の進化については、いくつかの形質状態を定義して、その変化の回数を数えることで計測できる[ 84] 。分類群の数を利用した進化速度の定義もあり、ある期間におけるある系統がいくつの種(あるいは属 などより高次の分類群)に分けられるかによって進化速度を測定する。たとえば、ウマ 類の系統は現生のものを除くと、5000万年の間に8属を経過してきたため、約625万年あたり1属の進化速度で進化してきたと計算できる[ 85] 。
進化速度は系統によって大きく異なり、進化速度が非常に遅いために祖先の化石種とほとんど変わらない形態を持つものを生きている化石 と呼ぶ。ただし、同じ系統でも進化速度は一定ではない。たとえばハイギョ 類は生きている化石として有名であり、確かに中生代 以降の進化速度はかなり遅いが、古生代 においてはむしろ急速に進化していた[ 84] 。また、すべての形質の進化速度が同じ傾向を示すわけでもない。ヒトの系統が脳の大きさに関して他の霊長類、たとえばアイアイ に比べて急速な進化を遂げてきたのは明らかだが、同時にアイアイの歯 はヒトの歯よりも初期霊長類と比べて違いが大きく、歯の形態に関してはアイアイのほうが進化速度が速かったと考えられる[ 86] 。
形態の進化速度に関わる断続平衡説 については、種分化との関連で後ほど取り上げる。
分子進化
分子レベルの進化速度は、単位時間(あるいは世代数)あたりの塩基置換数として計測できる。分子進化の中立説によれば、世代あたりの塩基置換速度は中立な突然変異率によって決まるため、突然変異率が一定ならば一定の速度で進化すると予測される。この予測は、塩基配列の比較から系統が分岐した年代を推定する分子時計 の根拠となっている[ 82] [ 87] 。
わずかな塩基配列の変化で機能が損なわれるような遺伝子は、中立な突然変異が少ないため、進化速度が遅くなる[ 88] [ 89] 。逆に、もはやその役目を果たさない偽遺伝子ではほとんどの突然変異が中立になるため、進化速度が非常に速い。たとえば、地中に棲息し眼が退化したシリアヒメメクラネズミ (英語版 ) では、レンズを作るタンパク質 をコードする遺伝子が偽遺伝子化し、急速に進化している[ 90] 。
大進化
種内で起こる形質の変化を小進化というのに対し、新しい種や、種より高次の分類群の起源や絶滅 のプロセスを大進化という。このような区別がなされるのは、大進化を小進化の積み重ねで説明できるかどうかについて議論があるためである[ 91] 。しかし一般的には、大進化も小進化の延長として理解できると考えられている[ 91] 。
種分化
1種が2種以上に分岐し、新しい種が形成されることを種分化という。種の定義は多数あるが、進化生物学においては「相互に交配可能な生物の集団」として定義されることが多い(生物学的種概念)。したがって種分化は、集団間に生殖隔離 が生じることを意味する[ 92] 。
前述したセグロカモメの事例のほか、エシュショルツサンショウウオ [ 93] などで知られる輪状種の存在は、わずかな進化の累積が種分化を引き起こすことを示している[ 94] 。
一度に種分化が起こる事例も報告されている。たとえばカタツムリの殻の巻きは単一の遺伝子によって決定されているが、この遺伝子に突然変異が起こって右巻きになると、巻きの違う個体同士は交尾できないことが多いため、生殖隔離が成立する[ 95] [ 96] 。植物では、倍数体(全ゲノムが倍化した個体)が、もとの種と生殖できなくなることによる種分化がかなり頻繁に起こっていると考えられている[ 97] 。
断続平衡説
漸進的進化(上)と断続平衡説(下)の対比。縦軸は下から上への時間の流れを、横軸は形態 の類似の程度を表現している
地層中の化石の出現パターンを調べると、基本的な形態はあまり変化しないで安定な状態にあり、新しい形態をもつ化石は、ある地層に突然現れ、その後長い年月の間、形態はふたたび安定して、あまり変化しないという傾向がある[ 注釈 3] 。古生物学者のエルドリッジ とグールド は、このような現象を断続平衡現象 と呼んだ[ 98] 。エルドリッジらは、進化は種分化のときにのみ急激に起こり、その他の期間は停滞すると主張した。
断続平衡説は種分化の重要な側面を捉えているという評価もある[ 99] 一方で、批判も多い。たとえば断続平衡説は生物学的種概念に基づく種分化の理論を援用しているが、化石種は交配可能性ではなく形態に基づいて分類されているため、化石種と生物学的種は必ずしも一致しない[ 100] 。実際に形態の変化を定量的に追跡できる事例についてみると、断続平衡的な進化を示す系統もあるが、一方で連続的に進化している系統もある[ 101] 。また、断続平衡説は主流の進化理論に矛盾すると言われたこともあるが、実際には一般的な進化理論の範疇で理解できるものである[ 102] [ 103] [ 104] 。
進化に関する誤解
進化という概念は、日常生活でも頻繁に使用されるためか、誤解されていることが多い。よく見られる誤解について以下に述べる。
進化に目的があるという誤解
「高い所の葉を食べるために、キリンの首は伸びた」といった表現はよく使われる。しかし、首が伸びるという突然変異は目的とは関係なく起こり、それに自然選択が働いたにすぎない[ 105] 。もっとも、無目的な突然変異と自然選択によって、あたかも目的を持って作られたかのような器官が生み出されるのも確かである。ドーキンス はこのことを「盲目の時計職人」という比喩で表現した[ 106] 。
進化は進歩であるという誤解
地中で生活するモグラの目が退化していることも進化の結果であるように、進化は必ずしも器官の発達や複雑化をもたらすわけではなく、また知能を発達させるとも限らない[ 107] 。まして、ヒトが進化の頂点であり、進化はヒトを目指して進むなどと考えるべきではない[ 108] 。ヒトは他の現生生物と同じく、各々の環境に適応し、枝分かれしながら進む進化系統樹 の末端の枝の一つにすぎない。ただしこれは進歩を複雑化やヒト化として定義した場合の話であり、定義によっては何らかの「進歩」(適応の向上、進化可能性 の増大など)を進化に見出すことは可能だとする考えもある[ 109] [ 110] 。
この誤解は、進化(英語 : evolution )という語にその一因があるかもしれない。英語の「evolution 」という語はラテン語の「evolvere 」(展開する)に由来し、発生学 においては前成説 の発生過程を意味する語であったほか、日常語としては進歩(progress )と強く結びついて使われる。そのためダーウィンはこの語をほとんど使わず、変化を伴う由来(descent with modification )という表現を好んだ[ 111] 。evolution という語が生物進化の意味で使われるようになったのはスペンサー の影響である。このことは日本語の「進化」とも関連している。明治初期の日本ではダーウィンよりもスペンサーの影響が大きかったため、evolution は万物の進歩を意味するスペンサーの用語として「進化」と訳されたが、これが現在にも続く、進化は進歩であるという誤解を招いている[ 112] 。
「チンパンジーはいずれヒトに進化するのか」「ヒトがチンパンジーから進化したなら、なぜチンパンジーがまだいるのか」という疑問
ヒトと他の類人猿は、共通の祖先から進化した
ヒトはチンパンジーと共通祖先を持ち、ヒトもチンパンジーもそこから独自の進化を遂げてきたにすぎないため、この疑問は的外れである[ 113] [ 114] [ 115] 。ヒトは数百万年前に、チンパンジー (およびボノボ )との共通祖先から分岐したと推定されている。この共通祖先はたまたまヒトよりはチンパンジーに似ていたと思われるが、それはヒトの系統がより多くの変化を遂げた結果にすぎず、共通祖先はチンパンジーともヒトとも異なる類人猿であった[ 114] 。
この誤解は、生物は下等なものから高等なものまで一列に配列され、進化はその序列の中で梯子を登るように進むという、より深い誤解を反映したものである[ 113] 。実際には、進化は分岐を繰り返しながら進むものであり、現生の生物はどれも等しく系統樹の末端に位置づけられる。
生物学以外での「進化」概念
「進化」という概念は、ダーウィン以来の進化生物学の成功により有力となったが、生物学の影響を受けて、あるいはそれとは独立に「進化」という概念は、さまざまな学問分野において重要な役割を果たしている。たとえば、「進化経済学 」[ 116] 「進化経営学」「進化心理学 」「進化的計算 」などは前者の例、「宇宙の進化」[ 117] は後者の例である。
生物学の影響を受け、「進化」概念を研究・分析の中核に据えるとき、進化生物学の進化概念をどの程度忠実に移植するかについての議論は多い[ 116] 。進化経済学では、意図せざる進化と共に、意図された進化が重要であるとされることが多い[ 118] 。
脚注
注釈
^ 寒いからといって、毛皮 を厚くする突然変異が暑い場所よりも生じやすくなることはないなど。
^ ただし、表現型と分子のそれぞれにおいて、浮動と選択がどの程度重要かについては議論がある。斎藤(2008)は表現型の進化も浮動によって起こる可能性を指摘しているが、逆にオール(2009)は分子進化も相当部分が選択によると主張している。
^ ただし、古生物学でいう「突然」とは数万年程度の時間を指す。
出典
参考文献
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関連項目
外部リンク