ポップ (アルバム)
『POP』 (ポップ) は、アイルランドのロックバンド、U2のが1997年にリリースしたアルバムである。 概要1993年発表の『ZOOROPA』から3年半ぶり[1]にリリースされた9枚目のスタジオアルバム。1991年の『アクトン・ベイビー』から続いたU2の1990年代テクノロジー路線の総決算的な一枚となった。全米・全英チャートで1位を獲得し、「ZOOTVツアー」をしのぐ巨大ステージセットを持ち込んだ「PopMartツアー (PopMart Tour) 」を世界各地で敢行した。 本作のテーマはロックとダンスミュージックのさらなる融合で、当時イギリスで流行していたOasis、Blur、The VerveらのギターロックとUnderworld、The Chemical Brothers、Prodigyらのクラブミュージックを足しで2で割らないのようなことを目論んでいたようだ。[2] アルバムのレコーディングは1995年9月Hanover Quayで始まり、プロデューサーにはネリー・フーパーを迎え、他に『The Joshua Tree』以降レコーディングエンジニアとして信頼してきたフラッド、SOUL II SOULのエンジニアだったハウイー・B、ポール・オーケンフォールドとのコラボで知られるスティーブ・オズボーン、マリウス・デヴリーズらが参加して、12月まで続けられた。この間、ラリーは腰の病気でドラムが叩けなくなったのでセッションを欠席し、ドラムループを使ってセッションは行われた。ちなみに「If God Will Send his Angels」「Wake Up Dead Man」「If You Wear that Velvet Dress」「Last Night on Earth」は『Zooropa』のアウトテイクで、このあたりセッションで既に形を現していたようだ。 そしてレコーディングは2月に再開。この時ラリーが戻ってきたが、ネリー・フーパーは多人数体制のレコーディングが肌に合わず、やがて離脱。フラッドとハウイー・Bがプロデューサー、スティーブ・オズボーンがアディショナル・プロダクションという体制が固まった。1996年はマイアミのSouth Beach Studios、ダブリンのWindmill LaneとThe Worksでもセッションを行った。当時アルバムは1996年10月14日のリリースが予定されていたが、結局、伸びに伸びて1997年3月になった。バンドはアルバム最終日までレコーディングを行っており、「Last Night on Earth」などはレコーディング最終日に完成した曲である。[3] ちなみに1996年10月26日に30秒ほどの「Discothèque」と「Wake Up Dead Man」がインターネットに流出、12月27日には「Discothèqueのフルバージョンが流出」し、U2のアルバム収録曲として初めてリリース前にインターネットに流出するという不名誉な記録を打ち立てている。おかげでバンドは「Discothèque」のラジオ解禁を早めざるをえなくなり、1997年1月7日、デイブ・ファニングが自身のラジオ番組で「Discothèque」を流した。[4] そしてリリースされたアルバムは、テクノ、ブレイクビーツ、トリップ・ホップなど多彩なアレンジを施しているが、オープニングのきらびやかな3曲から転じて、中盤以降はミディアムテンポの落ち着いたナンバーが並ぶ。先行発売されたシングル「ディスコテック」のMVでは、メンバー4人がヴィレッジ・ピープルを模したコスチュームでダンスを踊り話題となった。 ボーカルのボノは本作について「まだレコーディングをしている最中にツアーをブッキングするというミスを犯してしまった」「大慌てでアルバムを仕上げることになったけど、あともう2〜3ヶ月アルバム作りに時間を割いていたら、『POP』ははるかにいいアルバムに仕上がっていただろうね」と語っているが[5]、マネージャーのポール・マクギネスは、逆に時間と金がたっぷりありすぎて失敗したと述べている。[2] ちなみにアルバムのタイトルの候補には「Expect Nothing」や「But the Best」というのも挙がっていた。[3] あと意外なことだが、「The Playboy Manshion」以外は、すべての収録曲がライブで演奏されたことがあるアルバムである(その「The Playboy Manshion」も挿入歌でライブで登場している)。[6] このアルバムはU2を新人時代から応援し、1996年に他界したホットプレス編集長・ビル・グラハムに捧げられている[7]。 収録曲楽曲一覧
楽曲解説
評価イヤーオブ
オールタイム
脚注
外部リンク
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