近鉄志摩線
志摩線(しません)は、三重県鳥羽市の鳥羽駅から同県志摩市阿児町の賢島駅までを結ぶ近畿日本鉄道(近鉄)の鉄道路線。 駅ナンバリング等で使われる路線記号はM。番号部分は、京都線・橿原線・大阪線・山田線・鳥羽線から続く番号(京都駅を01とみなす)になっている[2]。 概要
志摩半島を走る観光路線で、沿線には志摩スペイン村といった近鉄グループの行楽地や、志摩観光ホテル(都ホテル)などのリゾートホテルがある。伊勢市以北の各方面から鳥羽駅までは東海旅客鉄道(JR東海)の参宮線でもアクセス可能であるが、鳥羽駅より先(志摩市方面)は近鉄でしか行くことができない。観光特急「しまかぜ」や「伊勢志摩ライナー」などの近鉄特急が、大阪・京都・名古屋などから賢島駅まで乗り入れている。 元々志摩電気鉄道というローカル私鉄として開業し(詳細後述)、標準軌への改軌によって近鉄鳥羽線との直通運転が行われるようになった当初は路線のほとんどが単線で線路容量が小さく、これを解消するために線形改良やルートの付け替えで路線の大半部分の複線化を実施して1994年に完了した。しかしその後も一部に急勾配や急カーブが点在しており、白木駅 - 五知駅間の青峰トンネル下り線で特急の130km/h運転が行われている以外は、特急といえども高速走行の可能な区間は非常に限られている。また海の見える区間は鳥羽駅や賢島駅付近のごくわずかであり、大半は志摩半島の山間を走るため眺望はあまり利かない。 ローカル線の加算運賃が適用されている。志摩線ではスルッとKANSAIカードおよびJスルーカードは利用できないが、全駅にてPiTaPaやICOCAのほかTOICAやmanacaなどのICカードが全国相互利用サービスにより利用可能となっている[3][4]。志摩線内では鳥羽駅・鵜方駅・賢島駅に自動改札機が設置されており、その他の駅には簡易改札機を設置して対応している。 近鉄では2012年12月1日より「ICOCA定期券」を導入しており、志摩線では志摩赤崎駅以北の区間でICOCA定期券を購入できるようになった[5]。2015年8月1日からは志摩線すべての駅を発駅または着駅とするICOCA定期券が購入可能になっている[4]。 路線データ
全線、名古屋統括部(旧名古屋営業局)の管轄である。 運行形態特急列車と普通列車のみ運転されている。志摩線の駅の反転フラップ式案内表示機(ソラリー)には特急と普通のほかに急行が存在するが、方向幕に「急行 賢島」の表示は用意されておらず、臨時列車であっても急行の種別は使用されていない。臨時列車で3両以上の編成が使用される場合は、ホーム有効長の関係から特急停車駅にのみ停車する(賢島駅では特急用ホームを使用)。志摩スペイン村開園直後、1990年代半ばの最盛期には定期列車だけで最大片道9本(阪伊甲特急2本、阪伊乙・名伊甲・名伊乙・京伊特急各1本、普通3本)運行されていた。2013年の観光特急「しまかぜ」運行開始後は、1時間あたり特急・普通合わせて、10時 - 12時台に賢島方面が6 - 7本、14時 - 16時台に鳥羽方面が5 - 6本、早朝・深夜をのぞいた他の時間帯は鳥羽・賢島方面共に4本程度(特急は阪伊乙・名伊乙が各1本)運行されている。普通列車は朝夕は1時間あたり2本、日中時間帯は1本の運行となる。 特急→詳細は「近鉄特急」を参照
特急列車は大阪難波・京都・名古屋方面から賢島駅まで直通している。日中は大阪・名古屋発着が1時間あたり1本ずつの合計2本が運行されている。朝と夕方時間帯は京都発着や甲特急(停車駅の少ない特急)が加わり、最大片道あたり4本が運行されている。志摩線では観光特急「しまかぜ」のほか、阪伊特急と名伊特急で甲特急(土休日のみ)と乙特急のそれぞれと京伊特急の合計5系統の一般特急列車が運転されている。 志摩線内は8両編成まで入線が可能である。一部の列車は鳥羽駅、賢島駅(折り返し時)で車両の増結・解放が行われている。 編成の向きが伊勢中川から賢島までは阪伊・京伊特急と名伊特急では異なっており、前者は賢島寄り、後者は名古屋寄りが1号車になっている。これらは中川短絡線を経由する名阪特急の編成に合わせているためである[注釈 1]。 志摩線内では1994年3月15日ダイヤ変更以降、すべての特急が志摩磯部駅と鵜方駅に停車していたが[注釈 2]、志摩スペイン村への連絡バスの接続駅が志摩磯部駅から鵜方駅に変更されたこともあり、2013年3月のダイヤ変更より営業運転を開始した観光特急「しまかぜ」は志摩磯部駅を通過扱いとした。 普通普通列車は運賃車内収受式ワンマン運転で1時間あたり1 - 2本ほど運転されており、大部分が山田線伊勢中川駅まで直通する。ラッシュ時の一部と夜間には山田線明星駅・鳥羽駅 - 賢島駅間の列車も存在する。全列車が2両編成で運転され、原則として増結運転は行われない。 同線を運行する車両の運転室後方には収納式運賃箱・運賃表示器が装備され、無人駅では先頭車後部ドアから乗って先頭車前部ドアから降りる方式(後部車両のドアは締め切り)を採用していたが、2015年11月1日からは無人駅を含む全ての駅で全部の扉を開けるようになり、事実上の信用乗車方式の採用となった。 志摩線の複線化工事が本格化するまでは中型車の車両が運用の主体で、基本的には鳥羽駅で折り返し運転となっていた。1994年3月15日のダイヤ変更以降は大部分が伊勢中川駅まで直通するようになり、1999年3月16日のダイヤ変更で山田線宮町駅発着が増加した後、2001年5月30日にワンマン運転が開始された際は宮町駅折り返し列車が主体となった。2004年3月18日のダイヤ変更でワンマン運転区間の拡大に伴って白塚駅まで直通するようになったが、2016年3月19日のダイヤ変更で日中時間帯のおよそ半数の列車が伊勢中川駅発着に短縮され、2018年3月17日のダイヤ変更で大部分を伊勢中川駅発着に変更し、白塚駅直通列車は早朝の下り1本と平日夜間の上り1本に削減された。2021年7月3日のダイヤ変更で日中時間帯の列車が毎時2本から1本へ削減された[6]。 観光列車「つどい」2013年10月に開催される第62回伊勢神宮式年遷宮に合わせ、2013年10月5日から2017年8月27日まで山田線伊勢市駅 - 賢島駅にて運転されていた観光列車[7][8][9]。土休日の日中に2往復のみ運転されており、志摩線内では鳥羽駅と鵜方駅に停車していた[7]。車両は専用形式の2013系が充当された[7]。 伊勢市駅 - 賢島駅間では2022年8月から9月にも「海女さん列車」として観光列車「つどい」が運行された[9]。 終夜運転大晦日から元旦にかけての終夜運転は、2010年の大晦日までは大阪・名古屋方面からの特急のほか、普通をおおむね60分間隔で運転される形態となっており、大晦日から元旦にかけて特別営業が行われる志摩スペイン村へのアクセスなどに利用されていた。ただし、2011年の大晦日は志摩スペイン村の終夜営業が中止されたため普通列車2往復の運転に留まり(志摩スペイン村では、今後もカウントダウンイベントは行わないとしている[10])、2012年以降は、賢島発の最終電車後及び賢島行の初発電車前に1本ずつ増発するのみとなっている[11]。時刻については近鉄の公式ホームページでも紹介されている。 車両現在の使用車両→特急については「近鉄特急 § 特急に使用される車両」を参照
普通列車は全列車が2両編成・ワンマン運転であるため、前述の収納式運賃箱・運賃表示器を装備する改造を施した以下の形式が使用されている[注釈 3]。車両面では、臨時列車や観光列車つどいを除けばすべて抑速回生ブレーキを装備した界磁チョッパ制御車かVVVFインバータ車であることが特徴で、大半の車両に車椅子スペースが設けられ、一部のVVVFインバータ車にはバリアフリー改造も行われた車両で運用されている。
過去の使用車両標準軌改軌後→改軌直後の使用車両については「近鉄名古屋線 § 車両」を参照
改軌後は名古屋線と車両が共通化された。改軌後も末端区間にあたるため、ワンマン化されるまでは名古屋線所属車両が多く使用され、モ1450形・1460系・680系といった黎明期の高性能車も志摩線で終焉を迎えた。 狭軌時代近鉄合併直後は、三重交通から引き継いだ路線の中では唯一の軌間1067mmの狭軌(ほかは762mmの「特殊狭軌」)であった。当時の近鉄では狭軌線区全体で大型車に6000番台(現在は南大阪線用に限定)、中型車に5000番台を割り当てており、近鉄合併後の志摩線所属車は全車5900番台となった。 狭軌時代の全車における共通点として、パンタグラフは賢島駅側、三重交通時代から設置した行先方向板は進行方向左(運転席の前)、電動車は両運転台で制御車は片運転台などの点が挙げられる。標準軌に改軌されるまで、近鉄志摩線としての運用期間は5年弱であり、増備車や廃車も存在しなかった。当時の所属総数は10両のみであった。
改軌後状態のよい車両は、座席についてはクロスシートのままモーターと運転台を撤去して付随車化され、養老線(現在の養老鉄道)に転属して1983年まで使用された。養老線未転属車・転属車ともすべて廃車・解体され、現存しない。 歴史
明治時代中頃まで、奥志摩(現・志摩市)から北方への陸路は徒歩での逢阪峠(現・三重県道32号伊勢磯部線)越えが利用されていたが、1911年(明治44年)に参宮線が鳥羽駅まで延伸されてからは、五知峠を越え鳥羽から鉄道が利用されるようになった。鳥羽から奥志摩への鉄道敷設は当時より複数の事業者によって計画されていたが、関東大震災ののちの経済不況などで実現しなかった。 1923年(大正12年)8月、鵜方村の森本確也が中心となり電気鉄道敷設を出願。1924年(大正13年)に敷設許可を取得した[13]ことを受け、1926年(大正15年)に志摩電気鉄道(志摩電鉄、免許時は志州電気鉄道)を設立、社長には四日市出身の実業家伊藤伝七 (11代目)が就任した[14]。当初の計画では起点を鳥羽駅とし、鵜方浜(現・鵜方駅)を終点とする路線とされたが[13]、着工前に目黒蒲田電鉄の幹部に視察を依頼した結果、風光明媚な英虞湾岸のかしこ島(賢島)までの路線として参宮客(伊勢神宮の参拝客)を誘致しなければ利益が見込めないと指摘され、重役会議の結果、英虞湾岸のかしこ島に設置する真珠港駅を終点とする計画に変更された[15]。 この計画変更に対し、終点になることを期待していた鵜方の住民は、4年間に及ぶ鵜方以降の用地不売などの反対運動を起こした[16]。1928年(昭和3年)2月に線路変更願いが認可され、志摩電鉄が鵜方村に補償金1万円を支払うことで和解し[17]、1929年(昭和4年)7月23日に全線開業を迎えた[18]。鉄道開通を記念し、当時無人島であった賢島の土地が志摩電鉄に寄付され、駅前周辺および賢島駅と奥志摩の各地を結ぶ航路の基地となる賢島港が整備された。 開通後も志摩電鉄は宇治山田市(現・伊勢市)への延伸を目指し、1928年(昭和3年)6月に鳥羽 - 二見間の延長工事許可を取得。その一環として、佐田浜(鳥羽駅前)や小浜海岸の埋め立てを計画した[19]が、延伸先の二見で県道(現・国道42号)と鉄道の立体交差を巡り折り合いがつかなかったことに加え、鳥羽駅で参宮線に乗り入れる立体交差計画がうまくいかなかったことが重なり、志摩電鉄は毎年のように計画変更や期限の延長申請を繰り返した[20]。1935年(昭和10年)8月、三重県知事の富田愛次郎は鉄道免許の失効を理由に工事延長を不許可とし、延伸計画は頓挫した[21]。 その後、戦中の交通統制方針で三重県下の中小私鉄・バス会社6社が合併して発足した三重交通の保有路線となり、さらに同社から一時的に鉄道部門を分離させた三重電気鉄道時代を経て、1965年(昭和40年)の三重電気鉄道の近畿日本鉄道への合併により近鉄志摩線となった。 鳥羽駅で接続する国鉄参宮線と貨車の直通運輸を行うため、狭軌(1067mm軌間)・750V電化を採用し、鳥羽駅では国鉄駅の東片端から発着していた。また、急行列車や準急列車も運行され、途中停車駅は急行が中之郷駅・志摩赤崎駅・志摩磯部駅(現・上之郷駅)・迫間駅(現・志摩磯部駅)・穴川駅・鵜方駅で[22]、準急は鳥羽駅 - 船津駅間および志摩磯部駅 - 賢島駅間の各駅に停車していた[23]。 近鉄合併後、すでに近鉄の路線となっていた田原本線と同じく近鉄の他の路線と接続しない孤立線となっていたが[注釈 4]、大阪・名古屋方面からの利便性の向上を目的として、宇治山田駅まで通じていた山田線と志摩線をつなぐ鳥羽線が建設される事となり、1969年(昭和44年)より標準軌(1435mm軌間)への改軌(同時に軌道強化もあわせて施工)と架線電圧1500Vへの昇圧工事を開始した。工事中は列車を運休した上でバスによる代行輸送が行われ、同時に半ば貨物専用となっていた賢島駅 - 真珠港駅間は廃止された。1970年に鳥羽線が開業し、大阪・名古屋方面との旅客列車の直通運転を開始した。また、改軌前に運行されていた線内運転の急行列車と準急列車については、改軌・昇圧・軌道強化や車両の性能向上に伴う普通列車の速度向上もあり、改軌後は廃止された。 2009年(平成21年)3月20日の阪神なんば線の開業により、志摩線から鳥羽線・山田線・大阪線・難波線・阪神なんば線・同本線・同神戸高速線・山陽電気鉄道本線・同網干線を介して、山陽姫路駅もしくは山陽網干駅まで標準軌の線路が繋がった。しかし、志摩線は阪神電鉄や山陽電鉄との相互乗り入れ区間には含まれておらず、また大阪難波駅以遠の阪神電鉄線あるいは神戸高速線経由山陽電鉄線方面への連絡乗車券も発売されていない。 2016年(平成28年)には、第42回先進国首脳会議(伊勢志摩サミット)開催に伴うテロ対策のため賢島が封鎖されることになり、日本国政府の協力要請により[24]、5月21日から同28日までの8日間、鵜方駅 - 賢島駅間を運休することとなった[25][26][27][注釈 5]。しかし鵜方駅には折り返し設備がないため、鵜方駅 - 賢島駅間は通常ダイヤのまま全列車回送扱いで運転された[27]。運休区間は外務省が運用する(業務は名鉄観光サービスに委託[29])無料のサミットシャトルバスでの代行輸送が行われた。志摩神明駅は駅から300m離れた位置に臨時バス停留所を開設。志摩神明臨時停留所 - 賢島駅間に保安検査場兼ジャンボハイヤー乗換場(下りのみ、上りは通過)を設置。鵜方駅 - 志摩神明駅間は誰でも乗車できるが、志摩神明駅 - 賢島駅間は外務省発行の識別IDカードを必要とした[30][31]。 年表
駅一覧
駅名に旧国名の「志摩」を冠した駅が存在するのは本路線のみで、JR線の駅には一切存在しない。
主要駅の乗降客数2022年11月8日調査による主要駅の乗降客数は次の通り[42]。
脚注注釈出典
参考文献
関連項目
外部リンク |