ムロモナブ-CD3 (Muromonab-CD3、OKT3 )は、臓器移植 を受けた患者の急性拒絶反応 を抑えるために投与される免疫抑制剤である[ 1] [ 2] 。T細胞の表面に存在する膜タンパク質 であるCD3受容体 (英語版 ) [ 3] を標的としたモノクローナル抗体 であり、ヒトで初めて臨床使用が認められたモノクローナル抗体である[ 2] 。医療技術の進歩による拒絶反応の減少などの理由により[ 4] 、販売を終了した[ 5] 。
開発
ムロモナブ-CD3は、1986年に米国食品医薬品局 (FDA)から承認され[ 6] 、ヒト用医薬品として世界で初めて承認されたモノクローナル抗体となった。欧州では、欧州連合(EU)における欧州医薬品庁 (EMEA)の一元的な承認システムの前身である指令 8722EWGに基づいて承認された最初の医薬品であった。このプロセスは、欧州医薬品委員会 (Committee for Proprietary Medicinal Products : CPMP、現CHMP)による評価と、それに続く各国の保健機関による承認を含んでおり、例えばドイツでは1988年にフランクフルトのパウル・エールリヒ研究所 (英語版 ) が承認している。しかし、ムロモナブ-CD3は、多数の副作用、より忍容性の高い代替品の上市、使用量の減少などを理由に、2010年にメーカーが米国市場から自主的に撤退した[ 7] [ 8] 。日本でも2012年3月に経過措置が終了(終売)した[ 5] 。
効能・効果
米国では、同種間 (英語版 ) 腎移植 、心臓移植 、肝移植 における糖質コルチコイド 抵抗性の急性拒絶反応の治療薬として承認されていた[ 10] 。 モノクローナル抗体であるバシリキシマブ やダクリズマブ (英語版 ) とは異なり、移植拒絶反応の予防には承認されていなかったが、1996年のレビューでは拒絶反応予防に対する安全性が確認された[ 6] 。
また、急性T細胞リンパ芽球性白血病 (英語版 ) の治療薬としても検討されている[ 11] 。
薬物動態と化学的特徴
T細胞は、主にT細胞受容体 (TCR)を介して抗原を認識する[ 12] :160 。CD3は、TCR複合体を構成するタンパク質の1つであり[ 12] :166 、T細胞が増殖して抗原を攻撃するためのシグナルを伝達する[ 12] :160 。
ムロモナブ-CD3は、ハイブリドーマ技術 (英語版 ) を用いて作製されたマウス モノクローナルIgG2a 抗体である[ 13] 。血中を循環するT細胞の表面にあるT細胞受容体-CD3複合体(特にCD3ε鎖)に結合し、最初は活性化するが[ 14] 、その後、TCR複合体を細胞表面から除去しT細胞のアポトーシスを誘導する[ 15] 。これにより、移植をT細胞から守ることができる[ 2] [ 10] 。 移植導入時に投与する場合は、その後も毎日、最大7日間投与する[ 14] 。
同じ作用機序で開発されている新しいモノクローナル抗体として、オテリキシズマブ (英語版 ) (別名:TRX4)、テプリズマブ (英語版 ) (別名:hOKT3γ1(Ala-Ala))、ビシリズマブ (英語版 ) (仮称:Nuvion)が挙げられる。
副作用
特に初回の注入時には、ムロモナブ-CD3がCD3に結合することでT細胞が活性化され、腫瘍壊死因子 やインターフェロンγ などのサイトカイン が放出される可能性がある。このサイトカイン放出症候群 (CRS)には、皮膚反応、疲労 、発熱 、悪寒 、筋肉痛 、頭痛 、吐気 、下痢 などの副作用があり[ 16] 、無呼吸 、心停止 、急性肺水腫 などの生命を脅かす状態になる可能性がある[ 10] 。CRSのリスクを最小限に抑え、患者が経験するその他の副作用を相殺するために、糖質コルチコイド (メチルプレドニゾロン など)、アセトアミノフェン 、ジフェンヒドラミン を点滴の前に投与する[ 14] 。
“その他の副作用”として、白血球減少症 の他、免疫抑制療法に特有の重症感染症 や悪性腫瘍 のリスクが高くなる。また、無菌性髄膜炎 や脳症 などの神経系の副作用も認められている。これらもT細胞の活性化が原因である可能性がある[ 10] 。
繰り返し使用すると患者に抗マウス抗体が形成されて、薬剤の無効化が促進されることでタキフィラキシー (効果の減弱)を起こすことがあるだけでなく、マウスタンパク質に対するアナフィラキシー反応 [ 2] を起こすことがあり、CRSとの区別が困難な場合がある。
禁忌
特別な場合を除いて、マウスのタンパク質に対するアレルギーのある患者や、非代償性心不全 、未治療の動脈性高血圧症 、てんかん の患者には禁忌である。また、妊娠 中および授乳 中の使用は避けるべきである[ 2] [ 10] 。
語源
ムロモナブ-CD3は、WHOのモノクローナル抗体の命名規則 が施行される前に開発されたため、その名称は規則に従っていない。「マウスの(mur ine)モノクローナル抗体(mon oclonal a ntib ody)CD3標的(targeting CD3 )」を縮めたものである[ 2] 。
参考資料
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