オープン・ザ・ブレイブゲート王座は、DRAGONGATEが管理、認定している王座。
歴史
2005年3月、K-ness.とYOSSINOの発案で創設。3月13日、DRAGONGATE名古屋国際会議場大会で行われた初代王座決定トーナメントに優勝した土井成樹が初代王者になった。体重制限は82kg。
ベルト中央に「龍」のエムブレムがあり、エムブレムは8つにばらせるようになっており、8人による王座決定トーナメントでは8つのエムブレムの配られて勝者が回収していく。
2008年4月27日、第9代王座決定戦に優勝したGammaが「DRAGONGATEで一番勇気のない俺がこのベルトを持っても価値がない」と言い、「龍」のエムブレムを外して独自のエムブレムを付けたオープン・ザ・ガンマゲート王座と名付けられて勝手に王者になっていた。Gammaがコミッショナーに就任。6月29日、Dr.マッスルがGammaを破って「龍」のエムブレムに戻された。独自のエムブレムは超神龍にプレゼントされた。挑戦者はGammaが一方的に決めて何かと言いがかりをつけたり、後付したルールで防衛することがある。立会人の堀口元気が試合に介入することがある。
2011年6月12日、第20代王者のPACがイギリスに帰国することを理由にBlood WARRIORSの谷嵜なおきがPACから王座を強奪してBlood WARRIORS認定オープン・ザ・ブレイブゲート王座と名付けられて勝手に王者になっていた。メタル・ウォリアーがコミッショナーに就任。7月24日、リッチ・スワンが谷嵜に挑むも敗北。8月25日、Gammaが谷嵜に挑むも事前に谷嵜から突き付けられた「王者(谷嵜)のみ2カウントで勝ちになる特別ルール」の影響で敗北。9月16日、本当の王者であるPACが「王者(谷嵜)のみ2カウントで勝ちになる特別ルール」で谷嵜を破って王座を自分の手に戻した。
歴代王者
歴代
|
チャンピオン
|
戴冠回数
|
防衛回数
|
日付
|
場所
|
初代
|
土井成樹
|
1
|
5
|
2005年3月13日
|
名古屋国際会議場
|
第2代
|
ドラゴン・キッド
|
1
|
1
|
2005年11月13日
|
名古屋国際会議場
|
第3代
|
吉野正人
|
1
|
4
|
2006年3月19日
|
本川越ペペホール
|
第4代
|
マット・サイダル
|
1
|
2
|
2007年2月12日
|
SITE-KOBE
|
第5代
|
堀口元気
|
1
|
2
|
2007年3月25日
|
津市体育館
|
第6代
|
神田裕之
|
1
|
2
|
2007年7月1日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第7代
|
吉野正人
|
2
|
6
|
2007年9月22日
|
大田区体育館
|
第8代
|
アンソニー・W・森
|
1
|
0
|
2008年4月13日 |
名古屋テレピアホール
|
第9代
|
Gamma
|
1
|
0
|
2008年4月27日
|
博多スターレーン
|
第10代
|
Dr.マッスル[1]
|
3
|
0
|
2008年6月29日
|
大阪府立体育会館・第2競技場
|
第11代
|
堀口元気
|
2
|
2
|
2008年7月27日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第12代
|
吉野正人
|
4
|
2
|
2008年10月12日
|
名古屋テレピアホール
|
第13代
|
CIMA
|
1
|
3
|
2009年3月22日
|
両国国技館
|
第14代
|
土井成樹
|
2
|
0
|
2009年7月19日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第15代
|
谷嵜なおき
|
1
|
6
|
2009年8月30日
|
博多スターレーン
|
第16代
|
K-ness.
|
1
|
1
|
2010年1月11日
|
名古屋テレピアホール
|
第17代
|
スペル・シーサー
|
1
|
1
|
2010年2月27日
|
KBSホール
|
第18代
|
タイガースマスク
|
1
|
4
|
2010年4月18日
|
アプラ高石
|
第19代
|
吉野正人
|
5
|
0
|
2010年8月14日
|
神戸サンボーホール
|
第20代
|
PAC
|
1
|
11
|
2010年8月29日
|
博多スターレーン
|
第21代
|
リコシェ
|
1
|
3
|
2011年11月19日
|
大阪府立体育会館・第2競技場
|
第22代
|
ドラゴン・キッド
|
2
|
9
|
2012年5月6日
|
愛知県体育館
|
第23代
|
吉野正人
|
6
|
4
|
2013年5月5日
|
愛知県体育館
|
第24代
|
堀口元気H.A.Gee.Mee!!
|
3
|
4
|
2013年9月29日
|
神戸サンボーホール
|
第25代
|
フラミータ
|
1
|
8
|
2014年3月16日
|
和歌山県立体育館
|
第26代
|
Dr.マッスル[2]
|
1
|
1
|
2015年1月12日
|
神戸サンボーホール
|
第27代
|
戸澤陽
|
1
|
6
|
2015年2月28日
|
大阪府立体育会館・第2競技場
|
第28代
|
Kotoka
|
1
|
1
|
2015年11月1日
|
大阪府立体育会館
|
第29代
|
ヨースケ♡サンタマリア
|
1
|
2
|
2016年3月5日
|
大阪府立体育会館・第2競技場
|
第30代
|
Eita
|
1
|
4
|
2016年7月24日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第31代
|
ジミー・カゲトラ
|
1
|
5
|
2017年3月20日
|
和歌山県立体育館
|
第32代
|
神田裕之
|
2
|
0
|
2017年12月23日
|
福岡国際センター
|
第33代
|
パンチ富永
|
1
|
0
|
2018年3月3日
|
大阪府立体育会館・第2競技場
|
第34代
|
ドラゴン・キッド
|
3
|
1
|
2018年4月6日
|
後楽園ホール
|
第35代
|
Eita
|
2
|
1
|
2018年7月22日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第36代
|
ドラゴン・キッド
|
4
|
2
|
2018年9月24日
|
大田区総合体育館
|
第37代
|
横須賀ススム
|
1
|
4
|
2019年3月21日
|
和歌山県立体育館
|
第38代
|
石田凱士
|
1
|
4
|
2019年11月4日
|
大阪府立体育会館
|
第39代
|
奥田啓介
|
1
|
5
|
2020年11月3日
|
大阪府立体育会館
|
第40代
|
堀口元気
|
4
|
0
|
2021年7月31日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第41代
|
Kagetora
|
2
|
0
|
2021年8月1日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第42代
|
SB KENTo
|
1
|
0
|
2021年8月8日
|
名古屋国際会議場
|
第43代
|
SB KENTo
|
2
|
4
|
2021年9月11日
|
大阪府立体育会館・第2競技場
|
第44代
|
ドラゴン・ダイヤ
|
1
|
3
|
2022年1月12日
|
後楽園ホール
|
第45代
|
H・Y・O
|
1
|
4
|
2022年7月30日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第46代
|
ミノリータ
|
1
|
0
|
2022年12月25日
|
福岡国際センター
|
第47代
|
ジェイソン・リー
|
1
|
2
|
2023年3月4日
|
大阪府立体育会館・第2競技場
|
第48代
|
ISHIN
|
1
|
1
|
2023年7月2日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第49代
|
Kzy
|
2
|
0
|
2023年10月9日
|
仙台サンフェスタ
|
第50代
|
ISHIN
|
2
|
1
|
2023年10月14日
|
神戸芸術センター
|
第51代
|
豹
|
2
|
7
|
2023年12月5日
|
後楽園ホール
|
第52代
|
ドラゴン・ダイヤ
|
2
|
3
|
2024年7月21日
|
神戸ワールド記念ホール
|
第53代
|
YAMATO
|
1
|
|
2024年12月15日
|
福岡国際センター
|
主な記録
- 最多戴冠回数:6回 - 吉野正人(第3・7・10・12・19・23代)[3]
- 最多連続防衛回数:11回 - PAC(第20代)
- 最多通算防衛回数:16回 - 吉野正人
- 最長連続保持期間:447日 - PAC(第20代)
- 最年長戴冠記録:43歳3か月 - YAMATO(第53代)
- 最年少戴冠記録:19歳3か月 - フラミータ(第25代)
- デビュー最短戴冠記録:1年2か月 - ミノリータ(第46代)
- オープン・ザ・ドリームゲート王座との同時戴冠:土井成樹(第14代)、吉野正人(第19代)、YAMATO (第53代)
主な出来事
- 挑戦資格は体重82kg以下であるが2009年2月12日の第12代王者の吉野正人の2度目の防衛戦の相手のKAGETORAは85kgで規定体重をオーバーしていた。この防衛戦は先月25日に行われた「BATTLE OF TOKYO 2009」優勝者と行うことになっていた。しかし、吉野が全参加選手の体重を確認しておらず、KAGETORAの言い分を呑む形となった。そのためこの試合のみ体重制限が撤廃された。これまで規定体重をオーバーしてブレイブゲートに挑戦した選手はいなかった(挑戦が決まった段階で82kg以上あった選手もいたが体重を落として82kg以下にして挑戦した)。
- 2018年にEitaがベルトを破壊したため、2019年に修理が行われた。この際、当時の王者であったドラゴン・キッドの「ブレイブゲートをそれぞれの王者の色に染めてほしい」という発案によりベルトの色が黒から白に変更された。
その他
2010年2月27日、タイガースマスク(大阪プロレス)が獲得して初めて他団体に流出した。他にフリー、他団体の選手で獲得したのは奥田啓介(フリー)。
脚注
- ^ 正体は吉野正人。
- ^ 正体はKzy。
- ^ 第10代のDr.マッスルを含む。
外部リンク
関連項目
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初代-10代 | |
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11代-20代 | |
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21代-30代 | |
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31代-40代 | |
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41代-50代 | |
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51代-60代 | |
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選手 |
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タイトル | |
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大会 | |
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関連項目 | |
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