この項目では、果実について説明しています。製薬会社については「イチジク製薬 」をご覧ください。
イチジク (無花果、映日果、一熟[ 3] 、学名 : Ficus carica )は、クワ科 イチジク属 の落葉高木 、またはその果実 のことである。西アジア原産。果樹として世界中で広く栽培 されている。小さな花が多数入った花嚢をつけ、雌雄異株で、雌株の花嚢が果嚢になる。これがいわゆるイチジクの果実とよばれており、古くから食用にされている。「南蛮柿」などの別名もある。[ 4]
リンネ の『植物の種 』(1753年 ) で記載 された植物の一つである[ 5] 。
名称
「無花果 」の字は、花を咲かせずに実をつけるように見える[ 参 1] ことに由来 する、中国 で名付けられた漢語 で、日本語ではこれに「イチジク 」という熟字訓 を与えている。中国では「映日果 」を、無花果に対する別名とされた。
「映日果 」(インリークオ)は、イチジクが13世紀頃にイラン (ペルシア )、インド 地方から中国に伝わったときに、中世ペルシア語 「アンジール」(anjīr )[ 注 1] を当時の中国語で音写した「映日」に「果」を補足したもの。通説として、日本語名「イチジク」は、17世紀初めに日本に渡来したとき、映日果を唐音読みで「エイジツカ」とし、それが転訛したものとされている[ 参 2] 。中国の古語では他に「阿駔[ 参 3] 」「阿驛」などとも音写され、「底珍樹」「天仙果」などの別名もある[要出典 ] 。
日本 には中国を経て来たという説と[ 7] [ 8] 、西南洋から伝わった種子を長崎 に植えたという説とがある[ 7] [ 8] 。
伝来当時の日本では、はじめ「唐柿(からがき、とうがき)」、ほかに「蓬莱柿(ほうらいし)」「南蛮柿(なんばんがき)」[ 10] 「唐枇杷(とうびわ)」などと呼ばれた。いずれも“異国の果物”といった含みを当時の言葉で表現したものである。
学名の属名 Ficus (フィカス)はイチジクを意味するラテン語 である。イタリア語 : fico 、フランス語 : figue 、スペイン語 : higo 、英語 : fig 、ドイツ語 : Feige など、ヨーロッパの多くの言語の「イチジク」はこの語に由来するものである。
形態・生態
落葉広葉樹 の小高木 。日本では成長してもせいぜい樹高3 - 5メートル ほどの樹であるが、条件が良ければ高さ20メートル、幹径1メートル以上にもなる落葉高木 である。根 を深く下ろして水を探す能力が優れており、砂漠地の果樹園でも栽培されている。樹皮 は灰色で皮目があり、ほぼ滑らかで、年を経てもあまり変わらない。枝は横に広がり、一年枝は太く、紫褐色や緑褐色で短い毛がある。小枝には横長で筋状の托葉 痕があり、しばしば枝を一周する。
葉 は大型の3裂または5裂する掌状で互生 し、独特の匂いを発する。日本では、浅く3裂するものは江戸時代 に日本に移入された品種で、深く5裂して裂片の先端が丸みを帯びるものは明治以降に渡来したものである。葉の裏には荒い毛が密生する。葉や茎を切ると白乳汁が出る。冬になると落葉し、晩春に葉が出てくる。
花期は6 - 9月。新枝が伸びだすと葉腋に花を入れた多肉質の袋である花嚢 (かのう)がつく。下のものから順に育ち、花嚢は果嚢 となって肥大化する。花嚢は倒卵状球形で、厚い肉質の壁に囲まれ、初夏に、花嚢の内面に無数の花(小果)をつける。このような花のつき方をイチジク状花序 、または隠頭花序 (いんとうかじょ)という。雌雄異花であるが、イチジク属には雌雄同株 で同一の花嚢に両方花をつける種と雌雄異株 で雄株には同一の花嚢に雌雄両方の花、雌株には雌花のみを形成する種がある[ 注 2] 。
栽培イチジクの栽培品種は、結実に雌雄両株が必要な品種群が原産地近辺の地中海沿岸 や西アジア では古くから栽培されてきたが、受粉して雌花に稔性のある種子が形成されていなくても花嚢が肥大成長 して熟果となる品種もあり、原産地から離れた日本などではこうした品種が普及している。雌雄異花のイチジク属の植物は、花嚢内部に体長数ミリメートルのイチジクコバチ (英語版 ) などのイチジクコバチ属 Blastophaga spp. の蜂が共生 しており、受粉を助けてもらっている。日本で栽培されているイチジクのほとんどが、果実肥大にイチジクコバチによる受粉を必要としない単為結果性 品種の雌株である。
果期は8 - 10月。ほとんどの種類の果嚢(いわゆる果実と呼んでいるもの)は秋に熟すと濃い紫色になり、下位の部分から収穫することができる。甘みのある食用とする部分は果肉ではなく小果 と花托 である。
冬芽 は小枝に互生する。頂芽 は尖った円錐形で、2枚の芽鱗に包まれた鱗芽で無毛。側芽 は丸く、横に副芽が並ぶ。葉痕は円形で大きく、維管束 痕が多数あり輪状に並ぶ。
系統と受粉のメカニズム
果樹としてのイチジクは1種しかないが、花と実のつき方により、スミルナ系[ 注 3] 、カプリ系、普通系などの種類がある。一般に食用にするスミルナ系には雌花だけが咲き、甘くて汁気のある果実がなる。これに対するカプリ系には雄花と雌花が咲き、乾燥した実がなるが、これを食べるのはヤギ ぐらいである[ 注 4] 。雌花しか咲かないスミルナ系の果実が実るためには、カプリ系の雄花の花嚢の中にある花粉をイチジクコバチによって運んでもらい受粉する必要がある。普通系は、品種改良により受粉せずに実がなる単為結実が可能になった系統で、イチジクコバチがいない日本でも栽培されている。スミルナ系に由来する米国 カリフォルニア のカリミルナ系も、果実がなるにはイチジクコバチによる受粉を必要とする。
大抵の樹木に咲く花は、風の媒介によって受粉する風媒花 か、派手な花や花密で送粉者を引きつけて雌蕊に直接花粉を運んでもらう虫媒花 である。ところがイチジクでは、特定の種のイチジクコバチと共生することで受粉を助けてもらっている。
食用されるスミルナ系(雌花のみ)に受粉するのはイチジクコバチのメスである。カプリ系(雌雄異花)のイチジクの雄花の中でイチジクコバチは孵化するが、孵化する前の雄果嚢の中でオスとメスが交尾すると、そのオスは花嚢に出口となる穴を空けてそのまま力尽きて死んでしまう。この段階でイチジクの雄花は花粉を作り、メスが花嚢の中でしばらく過ごした後、体中に花粉をつけてオスが開けていった穴から脱出する。外に出たメスは、匂いを頼りに別の若い花嚢のへそにある小さな穴から中に入り、その際に羽と触角を失う。カプリ系のイチジクの雄花嚢に入ったメスは、花に卵を産み付けることができ、それが孵化して同じサイクルが繰り返えされる。
一方、スミルナ系(雌花のみ)に入ったイチジクコバチは、花嚢の中で花から花へと移動して花粉をつけていくが、体の構造上スミルナ系の雌花に卵を産み付けることができない。スミルナ系イチジクは受粉によって肥大し小さな種子ができるが、産卵できなかったメスは果嚢の中で死に、死骸はイチジクが分泌する酵素によって消化されてしまう。スミルナ系イチジクの種子を撒布する役目をするのはコウモリや鳥、あるいは人間であり、肥大して甘くなった果嚢が食べられると緩下作用で排泄されて種子の撒布に寄与されることになる。
歴史
中東のアラビア半島 が原産地と言われており、現在では世界中に広がり栽培されている。イチジクはブドウ とともに紀元前 から栽培されていた果物で、エジプト のピラミッド などの遺跡 の壁画 に表わされたり、旧約聖書 の中でアダムとイブ の話にも登場する話題豊富な果物である[ 8] 。原産地はアラビア南部[ 7] や、南西アジアといわれている。中近東 では4000年以上前から栽培されていたことが知られている。地中海世界でも古くから知られ、エジプト ではBC 2700年という早い時代に栽培果樹として扱われていたとされ[ 8] 、ギリシア などでも紀元前 から栽培されていた。古代ローマ では最もありふれた果物のひとつであり、甘味源としても重要であった。最近の研究では、ヨルダン渓谷 に位置する新石器時代 の遺跡から、1万1千年以上前の炭化した実が出土し、イチジクが世界最古の栽培品種 化された植物であった可能性が示唆されている[ 18] 。
アメリカ には16世紀 末にスペイン の移住者によって導入された[ 8] 。現在、カリフォルニア州 はアメリカのドライフルーツ 産業の中心である[ 8] 。中国には8世紀にインド 、またはペルシャ から伝わったとされるが、異説もあり中国に伝来した年代は明らかでない[ 8] 。
日本へのイチジクの伝来は、江戸時代 の寛永 年間(1624-1644)に中国を経て渡来したという説と[ 7] [ 8] 、ペルシャから中国を経て長崎 に伝来した説がある[ 7] [ 8] [ 19] 。日本には江戸時代初期に、日本に古く渡来した在来種とは別で、のちに果樹として洋種が栽培されている。
イエズス会 のポルトガル人宣教師で長崎コレジオ の院長、ディオゴ・デ・メスキータ神父[ 20] がマニラのコレジオ 院長、ファン・デ・リベラ神父[ 21] にあてた1599年10月28日付けの書簡によると、ポルトガル 航路(リスボン 〜ゴア 〜マカオ 〜長崎 )で日本に白イチジクの品種ブリゲソテスの株が運ばれ、日本には現在、それが豊富にあるとの記述がある[ 22] 。この史料から白イチジク(casta blanca)の西洋種、ブリゲソテス(higos brigesotes)が苗木の形で日本(長崎)に到達し、後に長崎のイエズス会の住居の庭に植えられたことが分かった[ 23] 。
また、キリシタン史研究家で元立教大教授の海老沢有道 はイチジクの伝来についてメスキータ神父の同書簡から、天正遣欧少年使節 に随行し、ポルトガル から長崎港に着いた時、すなわち「イチジクの伝来は1590年として誤りないものと考える」「長崎帰朝後早速長崎の修院か教会に移植したであろう」とした[ 24] 。
しかし白イチジクの品種、ブリゲソテスはスミルナ系もしくはサンペドロ系だった可能性があり、日本にはイチジクコバチがいないため、苗は挿し木で増えたものの、結実しなかったのではないかと考えられ[ 25] 結局、普及せず、後に伝来した受粉を必要としない品種(単為結果性)の蓬莱柿(ほうらいし・中国原産)や桝井ドーフィン(アメリカ原産)に取って代わったのではないかと考えられている。[ 26]
当初は薬樹としてもたらされたというが、やがて果実を生食して甘味を楽しむようになり、挿し木 で容易にふやせることも手伝って、手間のかからない果樹として家庭の庭などにもひろく植えられるに至っている。明治時代に多数の品種が主として米国より導入されたが[ 7] [ 27] 、明治時代 のイチジクは散在果樹の域を出ず[ 7] 、イチジクの経済栽培は大正時代 に入ってからである[ 7] 。イチジクは風味と食味を出すために樹上で完熟させる必要があり、熟果は痛みやすく店持ちが悪く、鮮度も要求されるという特有の性質がある[ 8] 。このためイチジクの経済栽培は消費地に近い都市近郊に限られていた[ 8] 。今日は予冷など鮮度保持技術の開発により、中山間地・遠隔地から大市場への出荷も可能になり、また栽培技術の進歩により生産・流通の形態が多様化し、水田転作 やミカンの園地転換の作目として、また地域おこし の品目として各地でイチジクが見直されている[ 8] 。
利用
庭木や果樹として栽培される。
食用
乾燥イチジク
果実は生食するほかに乾燥イチジク (ドライフィグ)として多く流通する[ 注 5] 。欧米では生食は極めて少なく[ 8] 、大部分は乾果として利用されている[ 7] [ 8] 。果実の赤い部分の食感は、花の部分によるものである。食材としての旬 は8 - 11月とされ、果実がふっくらと丸みがあり、果皮に張りと弾力があるものが商品価値が高い良品とされる。
生果・乾燥品ともに、パン 、ケーキ 、ビスケット などに練りこんだり、ジャム やコンポート にしたり[ 8] 、スープ やソース の材料として、またワイン や酢 の醸造 用など、さまざまな用途をもつ[ 8] 。ほかにペースト、濃縮果汁、パウダー、冷凍品などの中間製品も流通している。日本国内では甘露煮 にする地方もある[ 19] 。特に宮城県では甘露煮を前提に加工用の種が主に栽培されている[ 19] 。また、いちじくの天ぷら もある。
果実には果糖 、ブドウ糖 、蛋白質 、ビタミン 類、カリウム 、カルシウム 、ペクチン などが含まれている。クエン酸 が少量含まれるが、糖分の方が多いので、甘い味がする。食物繊維 は、不溶性と水溶性の両方が豊富に含まれている。
家庭でイチジクジャムをつくるために皮を剥いたところ
家庭でイチジクを鍋で煮てジャムをつくり、空き瓶につめた状態
イチジクジャムをパンに塗ったもの
フランスの有名ジャム製造会社で世界的にその製品が流通している
ボンヌ・ママン (フランス語版 ) 社の黒イチジク
[ 28] のジャム
(フランスの他社の)イチジクジャム
イチジクとナッツのケーキ
家庭で作ったイチジクのロールケーキ
フランス・
トゥーロン 産のブランドいちじく「
Figue de Solliès フィーグ・ドゥ・ソリエス」を使った小さな
タルト
フランスのフィーグ・ドゥ・ソリエスをたっぷりのせたタルトによる一皿(コース料理の「しめ」のデザート)
薬用
熟した果実、葉を乾燥したものは、それぞれ無花果 (ムカカ)、無花果葉 (ムカカヨウ)といい生薬として用いられる。
6 - 7月頃に採取して日干しにした果実(無花果)には、水分約20–30%、転化糖 約20–50%、蛋白質約4–8%、油脂油1-2%、有機酸 、酵素 、ビタミンC 、ミネラル が含まれる。イチジクには果実の持つ緩下作用(下痢・便秘、のどの痛みに対する効果)[ 8] 、整腸作用があり[ 29] 、食物繊維の一種ペクチンは、腸の働きを活性化し、便秘解消に役立つ働きがある[ 7] 。果実に含まれる酵素フィシン は、消化促進作用があり、胃もたれや二日酔い防止によいと言われている。
民間療法 では、果実を干したもの3 – 5個を600ミリリットル の水に入れてとろ火で半分まで煮詰めてかすを取り除いたものまたは、30分ほど煎じたものを1日3回に分けて服用して、便秘の緩下剤 に使われた。生の果実をそのまま1日2 – 3個程度を毎日食べ続けても同様の効果が期待される。便秘のほかにも、滋養に利用されたり、痰の多い咳、のどの痛みや痔にも効能があるとされる。
7 – 9月頃に採取した成熟した葉を日干しさせた無花果葉には、蛋白分解酵素、血圧降下作用があるプレラレエン 、タンニン が含まれる。風呂に入れて浴用に使われ、冷え性、肌荒れ、痔 の出血止め、脱肛、腰痛、神経痛に効能があるとされる。
また果肉や葉から出る白い乳液 にはゴム に近い樹脂分が含まれるが、民間薬 として、疣 (いぼ)に塗布したり、駆虫薬 として内服した。正常な肌に乳液がつくと、かぶれやかゆみが起こることがある。
その他の利用
またイチジクの樹液 にはフィシン という酵素 が含まれており、日本の既存添加物 名簿に収載され、食品添加物 の原料として使用が認められている。ほかにイチジク葉抽出 物は製造用剤などの用途でかつて同名簿に掲載されていたが、近年販売実績がないため、2005年 に削除された。
栽培
収穫
挿し木で繁殖させ、主に庭や畑で栽培される。浅根性で、夏季の乾燥する時期は潅水を行って水を与える。高温、多湿を好み、寒気、乾燥を嫌う。
アメリカ では並木仕立てにしている場合もある。品種も数多く作出されていて、地中海 沿岸地方やカリフォルニア 地方などでは重要な産物になっている。
品種
桝井ドーフィン (ますいドーフィン) - 広島県 出身の種苗業者・桝井光次郎 がアメリカ から苗木 を持ち帰り、日本で育苗 した品種[ 7] [ 27] [ 31] [ 32] [ 33] [ 34] 。栽培のしやすさと日持ちのよさから全国に広まり[ 32] 、愛知県など日本国内で8割の栽培を占める主流の品種となっている[ 31] [ 32] 。果皮は熟すと濃赤紫色に着色する。夏秋兼用果で、一般に秋果よりも夏果のほうが大きい。甘味はやや少なく[ 33] 、ほのかな酸味がある。
蓬莱柿 (ほうらいし) - 福岡県など西日本で主に栽培される歴史の長い品種で、日本原産なのか[ 7] [ 33] 、日本国外品種なのか[ 7] [ 33] 、江戸時代に中国あるいは南洋から輸入されたという説がありはっきり分かっていない[ 7] [ 32] 。貝原益軒 によれば寛永年間 に輸入されたと記されているという[ 33] 。日本では最も古くから⾧年に渡り栽培されてきたことから「在来種」「日本いちじく」ともよばれる[ 7] [ 32] 。国内で2割を生産する桝井ドーフィンに次ぐ品種[ 32] 。甘味は中程度で酸味がやや多く[ 32] 、小玉で丸く、完熟すると果実の尻の部分が星形に割れる[ 33] 。
ブラックミッション - 果皮が黒色に近い紫色で、皮が薄く味が濃厚。「黒イチジク」の名のドライフルーツもある。
キング - 大振りの西洋種で、果実が熟しても果皮が緑色のままであるが果肉は赤い。甘味が強い。
ホワイトゼノア - 「西洋イチジク」ともよばれる小型の品種で、果実が黄緑色のまま熟する。
とよみつひめ - 福岡県農林業総合試験場豊前分場が育種。果実重80g前後[ 35] 。桝井ドーフィンより白い果肉と高い糖度を誇る。[ 36]
特産地
国際連合食糧農業機関 (FAO) によれば、2022年のイチジク生産量のトップはトルコ(35万トン)、2位はエジプト (18.7万トン)、これにアルジェリア 、モロッコ が続く[ 37] 。地中海 沿岸から南アジアにかけての比較的乾燥した気候の国々が名を連ねる中、11位に米国 が、14位にブラジル が挙がっている[ 37] 。上位の国々は乾燥イチジクの輸出量も多く、とくにトルコ産、イラン産のものは有名である。日本では約1万トンを生産し[ 38] 、世界生産量の18位にランクインしている[ 37] 。
日本
イチジクは農林水産省では「特産果樹」(主要果樹と比較すると重要度は低い果樹)として統計されている。しかしながら、もともと日本の温暖、湿潤な気候に適合していたことから、1960年代あたりから耕作放棄地、休耕田の活用や稲作、他果樹からの転作 が進み、生産が増加した[ 39] 。近年収穫量が増加している品目の一つであり、年間収穫量は約16,000トンと、一部の主要果樹より多くなっている。2022年時点で、県別の生産高を見ると日本一は和歌山県 で、なかでも紀の川市 は県内の8割を生産する特産地である[ 40] 。
もともと高温多湿な西日本 に産地が集中している傾向があり、関西地方に産地が密集する。その一方で、東北南部など比較的寒冷な地域[ 19] でも栽培が行われるようになったことで、冷害による被害なども発生している。
加工用のブルンスウィックは宮城県、福島県、山形県、秋田県の一部で栽培している[ 19] 。
日本における主な特産地を全国地方公共団体コード 順に挙げる(産地は農林水産省資料特産果樹統計より参照し、公式webサイトなどで照合したもの)。
宮城県
福島県 - ホワイトゼノア種の生産が多い[ 41] 。
茨城県 - 稲敷地区に産地があり、ブランド化を目指している[ 42] 。
埼玉県
千葉県 - 収穫量国内7-11位。東日本における主産地の一つで、昭和初期から栽培が始められた[ 44] 。
神奈川県
新潟県
石川県
福井県
岐阜県
静岡県 - 収穫量国内7-11位[ 46] 。
愛知県 - 国内生産の約20%で、日本一の産地。安城市~碧南市に至る西三河地区は全国で最も収穫量が多い[ 47] 。
三重県
滋賀県
京都府 - 収穫量国内7-11位。城陽は国内有数の歴史を持つ西洋イチジク産地[ 51] 。
大阪府 - 収穫量国内3-5位。2000年代より羽曳野市、河南町を中心に国内有数の産地として発展[ 52] 。 羽曳野市では地元産のイチジクを使ったソースも作られている。[ 53]
兵庫県 - 収穫量国内3-5位。川西市は桝井ドーフィンの国内発祥地。早朝に収穫を行い、その日の昼までに出荷を行う「朝採りいちじく」をブランド化している[ 54] 。
奈良県 - 収穫量国内7-11位。大和郡山市~斑鳩町に至る地区に産地が広がり、養鶏からの転業が進んだ。ハウス栽培も盛んで、いちご農家からの転業も多い[ 56] 。
和歌山県 - 収穫量国内第2位。紀の川市は安城市に次ぐ全国2位の収穫量で、みかん、稲作の転作作物として旧打田町を中心に栽培が奨励された[ 57] 。
鳥取県 - 西伯は古くからの産地として知られた。
島根県 - 多伎は古くからの蓬莱柿産地で、全国に先駆けイチジクを特産品として注力していた。
岡山県 - ※岡山県の収穫量は公表されていない(主産地の笠岡市は広島県福山市にわたって、産地が連続している)。
広島県 - 収穫量国内6位[ 7] 。芸州 は江戸時代からイチジクの著名な産地だったとされ[ 7] [ 8] 、明治期 には当地出身の桝井光次郎 がアメリカ から苗木 を持ち帰り、桝井ドーフィンを全国で広めた[ 27] [ 31] [ 32] [ 34] 。
山口県
徳島県
香川県 - 収穫量国内7-11位。まんのう町羽間(はざま)地区が中心産地として知られる[ 59] 。
高松市、まんのう町(旧満濃町)、坂出市、三豊市(旧高瀬町)
愛媛県
福岡県 - 収穫量国内3-5位。行橋市は古くから蓬莱柿の産地として知られる一方、県が開発した「とよみつひめ」のブランド化を進めている[ 60] 。
長崎県
熊本県
大分県
文化とエピソード
『旧約聖書 』の創世記 (3章7節)に「エデンの園 で禁断の果実 を食べたアダム とイヴ は、自分たちが裸であることに気づいて、いちじくの葉で作った腰ミノを身につけた」と記されている[ 8] 。ゼカリヤ書 (3章)では、「その日にあなたたちは互いに呼びかけて葡萄 とイチジクの木陰に招き合う」という大きな葉の描写がある。列王記 (下20章)でイザヤが「干しイチジクを取ってくるように」と命じ、人々が病気になったヒゼキヤ 王の患部にそれを当てると回復したとある。
また、『新約聖書 』のルカによる福音書 (13章6〜9節)でキリスト は、実がならないイチジクの木を切り倒すのではなく、実るように世話をし肥料 を与えて育てるというたとえ話 を語っている(実のならないいちじくの木のたとえ )。一方でマルコによる福音書 (11章12節〜)では、旅の途中イチジクの木を見つけた空腹のキリストがその木にまだ実がなっていないのに腹を立て、呪いの言葉を述べると翌日その木が枯れていたというエピソードがある。
その他にもイチジクは聖書 の中でイスラエル 、または、再臨 ・終末 のたとえと関連してしばしば登場する。
イチジクはバラモン教 ではヴィシュヌ 神、古代ギリシャ ではディオニュソス への供物であり、ローマ建国神話 のロムルスとレムス はイチジクの木陰で生まれたとされている。他の民族でもイチジクは生命力や知識、自然の再生、豊かさなどの象徴とされている。イチジクを摘むと花柄からラテックス と呼ばれる樹液が滴る。この樹液は母乳や精液になぞらえられ、アフリカの女性の間では不妊治療や乳汁分泌の促進に効果がある塗油として使われてきた[ 62] 。
古代ローマ の政治家大カト は、第一次・第二次ポエニ戦争 を戦った敵であるカルタゴを滅ぼす必要性 を説くため、演説の中でカルタゴ 産のイチジクの実を用いたと伝えられる。イチジクの流通は乾燥品が中心であった当時において、カルタゴから運ばれたイチジクが生食できるほど新鮮であることを示し、カルタゴの脅威が身近にあることをアピールしたのだという。
聖書の創世記のエピソードから転じて、英語などで「イチジクの葉 」(fig leaf )が「隠したいことを覆い隠すもの」という比喩表現として用いられる。また、中世には、彫刻や絵画で性器が露出されている部分をイチジクの葉で覆い隠す「イチジクの葉運動」が行われた。
その他
カリフォルニア では毎年8月に“Fig Fest”というイチジクのフェスティバルが開催されている。
東南アジア には中国語で「無花果」と呼ばれる甘く味付けした菓子もあるが、これはパパイヤ を千切りにして干した物で、イチジクとは関係がない。
イチジクの天然香料は毒性が強いために化粧品などには使用されない。香水 などに用いるイチジク香はグリーン香にココナツ香を加えて再現されている。
脚注
注釈
参照
出典
^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Ficus carica L. イチジク(標準) ”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList) . 2023年3月20日 閲覧。
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^ 1631年にローマ で出版されたドミニコ会 宣教師のディエゴ・コリャード 編纂『羅西日辞典 』にはイチジクのことを南蛮柿(Nanbangaqi)と書かれている。イチジク:Ficus(ラテン語).higos(スペイン語).Nanbangaqi(日本語).大塚光信 『コリャード 羅西日辞典 』臨川書店、1966年、49頁。天草テレビ ウェブサイト「日本に初めて持ち込まれた西洋イチジク/長崎の宣教師の庭に/実らず、普及、定着しなかった?!」註13
^ Linnaeus, Carolus (1753) (ラテン語). Species Plantarum . Holmia[Stockholm]: Laurentius Salvius. p. 1059. https://www.biodiversitylibrary.org/page/359080
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^ Juan de Ribera (1565-1622)
^ de lo qual todo yo tengo alguna experiencia porque desde Lisbona hasta este Japon he traido una planta de buenos higos brigesotes, de que agora este Japon esta lleno, es verdad, que muchas plantas se me secaron mas fue por infortunios,"ARSI, Japonica-Sinica, 13 II, fls. 348v.Letter from Father Diogo de Mesquita to Father Juan de Ribera, Rector of the Manila College, Nagasaki, 28 October 1599."
^ Correia, Pedro. "Father Diogo de Mesquita (1551-1614) and the cultivation of Western plants in Japan Bulletin of Portuguese - Japanese Studies, núm. 7, december, 2003, pp. 73-91Universidade Nova de Lisboa Lisboa, Portugal. "p81
^ 海老沢有道 『地方切支丹の発掘』柏書房、1976年。49〜50頁。金子寛昭「天草発祥の『南蛮柿』?イチジク伝来の謎を追う 立証困難 地域浮揚には一役」西日本新聞2023年9月19日。
東京本渡会・天草デザインプロジェクト監修・金子寛昭著「検証・イチジクは天草発祥か?」『天草の魅力を探る 自然科学と食文化 ガイドブック』70〜83頁。天草テレビ出版、2024年4月。
また熊本県天草市の本渡商工会議所主催の「天草南蛮柿(イチジク)フェアー」では「天草はイチジク発祥の地」(本渡商工会議所サイト/南蛮柿の歴史)[1] と表記しているが、根拠とするメスキータ神父の書簡には天草に植えたとの記述は一切なく、全く根拠がない。
^ ブリゲソテスのイチジクは白系(casta blanca)「そのお礼にイチジク・ブリゲソテスの苗を送りたい。まだ何らかの形で実を結ぶ可能性があると思われるからだ。白い品種である。」と書かれており、マニラのコレジオ院長、ファン・デ・リベラ神父(Juan de Ribera 、1565-1622)に苗木を送る際、手紙に「まだ何らかの形で実を結ぶ可能性がある」と書いており、日本ではまだ実を結んでいないことがうかがえる。" quiero yo tambien en parte recompensarlo en la misma moneda embiandole una planta de los higos brigesotes,que atra´s digo, porque parece que aun podran en algun modo fructificar, pues los ay de casta blanca. "ARSI, Japonica-Sinica, 13 II, fls. 349.Letter from Father Diogo de Mesquita to Father Juan de Ribera, Rector of the Manila College, Nagasaki, 28 October 1599.
^ 恵泉女学園大(東京)小林幹夫名誉教授天草テレビ ウェブサイト「日本に初めて持ち込まれた西洋イチジク/長崎の宣教師の庭に/実らず、普及、定着しなかった?!」
^ a b c “今月の園芸特産作物:10月 いちじく いちじくの品種 ”. 北陸農政局 . 農林水産省 . 2022年7月8日時点のオリジナル よりアーカイブ。2022年7月8日 閲覧。
^ [2]
^ 『西日本新聞 』(2012年9月25日)「イチジクソース 甘さ絶妙 」[リンク切れ ]
^ a b c 小学館 『デジタル大辞泉 プラス』. “桝井ドーフィン ”. コトバンク . 2022年7月8日 閲覧。
^ a b c d e f g h “プレスリリース (研究成果) 株枯病抵抗性のイチジク台木新品種「励広台(れいこうだい)1号」- 野生種との種間雑種で株枯病に極めて強い - ”. 農業・食品産業技術総合研究機構 (2020年11月15日). 2022年7月8日 閲覧。
^ a b c d e f “18 いちじく (6) いちじく品種特性表 ”. 山口県 . p. 171 (2021–03). 2022年7月8日 閲覧。
^ a b “わかやまのいちじく ”. 和歌山県 (2021–03). 2022年7月8日 閲覧。
^ “イチジク 「とよみつひめ」 ”. 2023年10月3日 閲覧。
^ “Home > 知る > 福岡県農産物カタログ > 福岡の果物 > いちじく ”. 2023年10月3日 閲覧。
^ a b c “世界のイチジク生産量 国別ランキング・推移 ”. GLOBAL NOTE. 2024年7月28日 閲覧。
^ “【都道府県】イチジクの産地・生産量ランキング ”. 食品データ館 . About Us. 2024年7月28日 閲覧。
^ JAあいち中央 イチジク
^ “イチジク 紀の川市 生産量全国1位、芳醇な香り ”. 朝日新聞DIGITAL . 朝日新聞 (2022年9月19日). 2024年7月28日 閲覧。
^ JAふくしま未来 加工用いちじく収穫最盛期
^ 茨城県農業総合センター 「稲敷のいちじく」ブランド化を目指す
^ 彩の国埼玉県 北埼玉の農産物 - 騎西のいちじく
^ 千葉県公式 教えてちばの恵み いちじく
^ 宝達志水の農産物 県内一の生産地 デリケートな実を愛情で育む いちじく
^ 静岡県公式ページふじのくに ふじのくに農芸品 - いちじく
^ 三浦耕喜 (2016年10月1日). “食卓ものがたり イチジク(愛知県) 秋と一緒に深まる甘み”. 中日新聞 (中日新聞社): p. 朝刊 28
^ かにえ白いちじく街道
^ 高島イチジク
^ https://i-koka.jp/749/
^ 京都新聞2016年8月31日記事 イチジク甘く熟す 京都・城陽で収穫ピーク
^ 大阪府 なにわ特産品 - 大阪いちじく
^ 大阪のいちじく名産地から生まれた『ツヅミいちじくソース』は粉もん以外にも大いに使える名ソース!
^ 川西市 川西のいちじくについての情報 無花果(いちじく)
^ [3]
^ 近畿農政局 奈良産地一覧(奈良北部地域)いちじく
^ 和歌山県 那賀振興局 農林水産振興部 農業水産振興課 イチジク
^ “尾道ブランド第1号に「蓬莱柿」” . 中国新聞 (中国新聞社 ). (2015年10月6日). http://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=190440&comment_sub_id=0&category_id=112 2015年10月11日 閲覧。 [リンク切れ ]
^ 香川県 農政 イチジク
^ ゆくゆくゆくはし 旬を迎える、行橋特産の「いちじく」
^ マグロンヌ・トゥーサン=サマ 著、玉村豊男 訳『世界食物百科』原書房、1998年。ISBN 4562030534 。 pp.699-700
参考文献
関連項目
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外部リンク