サイバーパンクからの派生 (サイバーパンクからのはせい)では、スペキュレイティブ・フィクション におけるサイバーパンク からの派生サブジャンル のうち、別個のサブジャンルとして確立していると認識されているものを解説する。これらの派生サブジャンルはサイバーパンク の中心であるコンピュータなどのIT の進歩とは関係ないものがほとんどで、サイバーパンクの別の面を引き継いでいるものが多い。すなわち、1つの特定のテクノロジーを高度に洗練されたレベルに外挿して世界を構築 したり(ファンタジー的な場合もあるし、レトロフューチャー と呼ばれるアナクロ的な場合もある)、トランスリアリズム 的な都市を描いたり、何らかの社会的主題を描いたりする。
全てではないが、ここで扱うサブジャンルの多くは、“-パンク ”が名称の末尾に付く。これは、サイバーパンク やスチームパンク などと同じかばん語 生成法である。一方、そのような語で単にファンダムを表したり、マーケティング用語として使われる場合もある。
サイバーパンク
「サイバーパンク 」という用語は、アメリカ の作家ブルース・ベスキ が1980年の短編小説 の題名として使ったのが最初であり、情報化時代 特有の洞察に影響を受けたパンク世代を指す用語として提案したものである[ 1] 。この用語がすぐさま、ウィリアム・ギブスン 、ブルース・スターリング 、ジョン・シャーリー 、ルーディ・ラッカー 、マイクル・スワンウィック 、パット・キャディガン 、ルイス・シャイナー 、リチャード・キャドリー (英語版 ) といった作家の作品の総称として使われるようになった。SF作家 でもあり、ファンジン 編集者でもある Lawrence Person はポストサイバーパンク を定義する過程で、サイバーパンクの特徴を次のようにまとめた。
古典的なサイバーパンクの登場人物は時代から取り残され、たいていディストピア 的な未来社会の周辺に住んでいる。その世界は急速なテクノロジーの進歩や、コンピュータ化された情報網の遍在化や人体改造といったものが日常生活に影響を及ぼしている社会である。[ 2]
パンクというサブカルチャーのジャンルとしてサイバーパンクを位置づけることには議論の余地があり、特にサイバーパンクの定義が定まっていないことが問題である。例えば、サイバーゴス というムーブメントはサイバーパンク小説とテーマを共有しつつパンクやゴス などの影響を受けているが、より一般的なサイバーカルチャー は定義がさらに曖昧で、仮想共同体 やサイバースペース といった概念を含み、未来への楽観的期待を含んでいる。それにもかかわらずサイバーパンクは成功したジャンルと見なされており、多くの新たな読者を惹きつけ、ポストモダン文芸評論家が好むようなムーブメントを形成した。さらに作家デイヴィッド・ブリン は、サイバーパンクがSFをより魅力的にし、主流のメディアやビジュアルアート一般でも扱えるような高収益なものにしたと主張している[ 3] 。
ポストサイバーパンク
新たな作家やアーティストがサイバーパンクのアイデアで実験を始め、本来のサイバーパンク小説に浴びせられた批判にも何らかの対処をした新たな分野の小説が生まれてきた。Lawrence Person はスラッシュドット に投稿したエッセイの中で次のように書いている。
1980年代に小説を読んで育った新たな作家が、小説を出版し始めている。彼らにとってサイバーパンクはSFの革命でもSFを侵略する余所者でもなく、単なるSFの一種に過ぎない。1970年代から80年代の作家がニュー・ウェーブ を生み出したイデオロギーを知ることなくその技法を吸収したのと同様、今日の新たな作家はアシモフ の《ファウンデーション 》シリーズやジョン・ブラナー の Stand on Zanzibar やラリー・ニーヴン の『リングワールド 』を読み、続けざまに『ニューロマンサー 』を読んでも不連続性は感じず、むしろ連続性を感じたかもしれない。[ 2]
Person のエッセイは「ポストサイバーパンク (Postcyberpunk)」という言葉をそのような作家の作品を指す用語として提唱したものである。この観点では、ポストサイバーパンクは遍在化したコンピュータネットワークとサイバネティックス 的な人間強化 がやはり登場するが、描かれる社会はディストピア とは限らない。例えば、ニール・スティーヴンスン の『ダイヤモンド・エイジ 』やブルース・スターリング の『ホーリー・ファイヤー』が相当する。テレビアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 』は「今最も興味深いポストサイバーパンクのメディア作品」と評された[ 4] 。2007年、SF作家のジェイムズ・パトリック・ケリー とジョン・ケッセル は Rewired: The Post-Cyberpunk Anthology というアンソロジー を出版した。SFに含まれるとされる他のサブジャンルと同様、ポストサイバーパンクの境界線は流動的で間違った定義をされる可能性がある[ 5] 。
「サイバープレップ (Cyberprep)」は、ポストサイバーパンクとよく似た用語である。これは「サイバネティックス 」と「プレッピー 」を組み合わせたかばん語 で、サイバーパンク のパンク的要素から離れていることを表している(プレッピーは「金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃん」といった意味がある)。サイバープレップの世界では、サイバーパンクで予測されたようなテクノロジーの進歩は全てあるものとして扱うが、よりハッピーな生活が描かれる[ 6] 。レジャーが社会の中心であり、精神転送 は芸術や娯楽の手段として使われ、身体改造 はスポーツや楽しみのために行われている。
テクノロジー別の派生
バイオパンク
「バイオパンク (Biopunk)」は1990年代に生まれたサブジャンルで、バイオテクノロジー の革新が21世紀前半に人類に大きな影響を及ぼすという推測の下にそのアンダーグラウンド 的側面を描くものである。全体主義 的政府や巨大企業がバイオテクノロジー を悪用して社会制御や搾取を行っている社会で、個人やグループ(例えば人体実験 で生み出され製品とされた人々)の苦闘を描く。サイバーパンクとは異なり、IT ではなく合成生物学 に基づいて未来を描いている。ポストサイバーパンクと同様、人々は人体改造 や人間強化 を施しているが、それはいわゆるサイバーな機械の埋め込みではなく、遺伝子操作 によるものである。
スチームパンク
サイバーパンクの広がりと共に、テクノロジーとその社会への影響をサイバーパンクとは別の観点で描こうとするSFのサブジャンルが生まれた。スチームパンク はその中でも特に目立った動きである。当初はサイバーパンクをそのまま19世紀に舞台を移したようなもので、古めかしいヴィクトリア朝 のテクノロジーとサイバーパンクの寒々しい「フィルム・ノワール 」的世界観を組み合わせたものだったが、徐々にディストピア的性質は薄れていった。
「スチームパンク」という呼称はサイバーパンクから連想した洒落として1987年に生まれ、ティム・パワーズ 、ジェイムズ・P・ブレイロック 、K・W・ジーター らの作品を指して使われたが、ギブスンとスターリングの『ディファレンス・エンジン』が登場すると、真面目な用語として定着した[ 7] 。アラン・ムーア とケヴィン・オニール の1999年のコミック『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン 』(および2003年の映画版 )はスチームパンクというジャンルを一般に広めるのに貢献し、主流へと押し出すのに一役買った[ 8] 。
スチームパンクのファンのコミュニティはこれをサブカルチャーとして形成し、ファッションや室内装飾や音楽もスチームパンク風を好んで採用する。このムーブメントは(より正確には)「ネオヴィクトリアン (Neo-Victorian)」とも呼ばれ、現代の感覚とテクノロジーをヴィクトリア朝の審美的原則と組み合わせたものである。この傾向は特にファッションによく現れており、パンクとゴスとリベットを合成し、ヴィクトリア朝のフィルターを通したようなスチームパンク風ファッションが生まれた。また、現代の機器を改造して擬似ヴィクトリア朝風のスチームパンク的外見にする職人もいるが、こちらの特徴は様々である[ 9] 。そのような再設計の目標は、(真鍮や鉄や木など)ヴィクトリア朝で一般的だった材質を使い、ヴィクトリア朝風の設計要素と技巧を施すことである[ 10] 。
クロックパンク
「クロックパンク (Clockpunk)」はガープス が生み出した用語である[ 11] 。スチームパンク とよく似た設定の小説を指すこともあるが、使用しているテクノロジーがスチームパンクとは異なる。スチームパンクが名前の通り蒸気機関のある産業革命 時代を舞台とするのに対して、クロックパンクはもっと前のテクノロジーであるゼンマイ を使った時計仕掛け を描く。ジェイ・レイク の Mainspring [ 12] 、S.M. Peters の Whitechapel Gods が例として挙げられる[ 13] 。クロックパンクと呼ばれる小説はスチームパンクとテーマやスタイルを共有しており、スチームパンクのサブジャンルと見なすべきである。
ディーゼルパンク
ディーゼルパンクのイメージ
「ディーゼルパンク (Dieselpunk)」はロールプレイングゲーム Children of the Sun の制作者が提案したサブジャンルで[ 14] 、スチームパンクに似ているが20世紀中葉のパルプ・マガジン の影響を受けており、ディーゼル燃料(軽油 )がエネルギー源として使われている設定で、そういう意味ではスチームパンクよりも現代に近い。なおディーゼルエンジン に限らずガソリンエンジン を含む内燃機関 一般が使われている作品もある。
『ロケッティア 』、『スカイ・クロラシリーズ 』[ 15] 、『マッドマックス 怒りのデス・ロード 』、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》 』、『スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー 』、『Return to Castle Wolfenstein 』などがディーゼルパンク作品とされている[ 16] 。
SF以外での派生
スチームパンクの一般概念に基づいていくつかの枝分かれした用語が存在した。これらは一般に通用したとは言い難く、ユーモアを込めて読者や作者が使ったものがほとんどである。
ロールプレイングゲームのガープス ではこの種の用語を多数生み出しており、ストーンパンク (stonepunk)、ブロンズパンク (bronzpunk)、キャンドルパンク (candlepunk)、トランジスタパンク (transistorpunk)、アトミックパンク (atomicpunk) などがある。これらの用語はガープス以外ではほとんど使われない[ 11] 。
エルフパンク (Elfpunk)
アーバン・ファンタジー (現代の都会を舞台にしたファンタジー )のサブジャンルとして提案されているもので、フェアリー やエルフ を現代の都会に登場させるような物語を指す。2007年の全米図書賞 の授賞式で、審査員の Elizabeth Partridge はエルフパンクとアーバン・ファンタジーの違いについてホリー・ブラック の作品について審査員 Scott Westerfeld が言ったことを引用して説明した。それは、「(ホリー・ブラックの作品は)典型的なエルフパンクだ。既に十分な想像上の生き物がいて、彼女はそれらを使っている。一方で、アーバン・ファンタジーでは全く新たな生き物を作り出すことができる」というものである[ 17] 。
ミスパンク (Mythpunk)
神話小説 のサブジャンルを意味し、キャサリン・M・ヴァレンテ は「ミスパンク」という言葉を、神話や伝説を起点としてポストモダンのファンタジー技法要素(アーバン・ファンタジー、告白詩、一直線でないストーリー展開、言語的遊び、世界構築、学術的ファンタジーなど)を取り入れた思弁小説と定義した[要出典 ] 。ミスパンク作家と言われている作家としてはヴァレンテの他に、エカテリーナ・セディア 、セオドラ・ゴス 、ソーニャ・ターフェ (英語版 ) らがいる[ 18] [ 19] 。
スプラッタパンク (Splatterpunk)
David J. Schow が1980年代中ごろにプロビデンスで開催されたワールド・ファンタジー・コンベンションで使った用語。ホラー小説 のサブジャンルであり、流血シーンを鮮明に残虐に描くことを特徴とする[ 20] 。ボディホラー と呼ばれるジャンルと重複する。1980年代から1990年代にかけて一部で好んで使われたが、現在ではあまり使われていない用語である[ 21] 。
脚注・出典
^ Bethke, Bruce (1997, 2000). “The Etymology of "Cyberpunk" ”. 2008年4月2日 閲覧。
^ a b Person, Lawrence (1998年). “Notes Toward a Postcyberpunk Manifesto ”. 2008年4月2日 閲覧。
^ Brin, David (2003年). “The Matrix: Tomorrow May Be Different ”. 2008年4月2日 閲覧。
^ Person, Lawrence (2006年1月15日). “Ghost in the Shell: Stand Alone Complex ”. Locus Online. 2008年2月7日 閲覧。
^ Person, Lawrence (1998年). “Notes Towards a Postcyberpunk Manifesto ”. The Cyberpunk Project . 2007年6月18日 閲覧。
^ Blankenship, Loyd. (1995) GURPS Cyberpunk : High-Tech Low-Life Rolepaying Sourcebook . Steve Jackson Games . ISBN 1-55634-168-7
^ Berry, Michael (1987年6月25日). “Wacko Victorian Fantasy Follows 'Cyberpunk' Mold” . The San Francisco Chronicle (Wordspy). http://www.wordspy.com/words/steampunk.asp 2008年4月2日 閲覧。
^ Damon Poeter (2008年7月6日). “Steampunk's subculture revealed ”. 2008年7月15日 閲覧。
^ Braiker, Brian (2007年10月31日). “Steampunking Technology;A subculture hand-tools today's gadgets with Victorian style” . Newsweek . http://www.newsweek.com/id/67352 2008年4月2日 閲覧。
^ Bebergal, Peter (2007年8月26日). “The age of steampunk” . The Boston Globe . http://www.boston.com/news/globe/ideas/articles/2007/08/26/the_age_of_steampunk/ 2008年4月2日 閲覧。
^ a b Stoddard, William H., GURPS Steampunk (2000)
^ Sawicki, Steve (2007年6月12日). “Mainspring by Jay Lake (Review) ”. 2008年8月1日 閲覧。
^ Whitechapel Gods by S.M. Peters (Review) Andrea Johnson
^ Bruno, Mark (2001年11月19日). “Interview: Misguided Games’ Lewis Pollak, on Children” . GamingReport.com . http://gamingreport.com/modules.php?op=modload&name=Sections&file=index&req=viewarticle&artid=29 2008年4月2日 閲覧。
^ 作中にディーゼルエンジンは登場しない
^ Janicz, Krzysztof (2008年). “Chronologia dieselpunku ” (Polish). 2008年8月1日 閲覧。
^ Hogan, Ron (2007年10月15日). “2007 National Book Awards ”. 2007年2月12日 閲覧。
^ Interview with Catherynne M. Valente Fantasy Book Critic、2007年11月2日
^ New women's worlds in fantasy Damien G. Walter、2008年2月14日
^ Carroll, David (1995年). “Splatterpunk ”. Tabula Rasa #6 . 2008年10月10日 閲覧。
^ Remy, J.E. (2007年7月24日). “Types of Horror/All Sorts of Punk ”. Die Wachen . 2008年10月10日 閲覧。
外部リンク