ディレイニーのネビュラ賞受賞作品「然りそしてゴモラ」は、去勢された人間の宇宙飛行士たちを描き、彼らに性的に順応する人々を描いている。新たなジェンダーとその結果生じる性的嗜好を想像することで、読者に距離をおいて現実世界を考察させている。同じくネビュラ賞受賞の「時は準宝石の螺旋のように」もゲイが登場しており、アメリカではそれらの作品が短編集 Aye, and Gomorrah, and other stories にまとめられている[22]。ディレイニーはこれらのトピックを扱ったことで出版流通企業から検閲されそうになったことがある[2]。その後ゲイが中心的テーマとなって論争の的となり[52]、サイエンス・フィクションとゲイ・ポルノの境界線をぼやかすようになった[53]。Return to Neveryon シリーズはディレイニーにとって初めてアメリカで大手出版社から出版された作品で、AIDSの衝撃を扱っている[54]。またディレイニーは長年のゲイ&レズビアン文学への貢献に対してウィリアム・ホワイトヘッド記念賞を授与された[55]。
Samuel Delany, "Introduction" in Uranian worlds.[7]
LGBTテーマを扱った著名なSF作家の作品としては、ロバート・A・ハインラインの『愛に時間を』(1973) がある。この作品では主要登場人物が同性愛が将来自由となることに強い賛意を表明するが、生殖のための性は理想として保持され続けるべきだとしている[2][44]。『異星の客』(1961)では、女性の両性愛が単なる快い刺激として描かれ、男性の同性愛は「間違い」として哀れに描かれている[56]。ハインラインの性の扱い方は、トマス・M・ディッシュの評論 "The Embarrassments of Science Fiction" で論じられている[57]。ディッシュは1968年にゲイであることを公表している。同性愛的傾向は詩によく現れており、長編『歌の翼に』(1979) にもあらわれている。他の作品にも両性愛者が登場する。『334』ではゲイを "republicans" と呼び、異性愛者を "democrats" と呼んでいる。しかしディッシュはゲイ・コミュニティのために作品を書こうとしなかった[58]。
エリザベス・A・リンはレズビアンであることを公表しているサイエンス・フィクションおよびファンタジーの作家で、同性愛者を主人公とした作品をいくつも書いている[59]。《アラン史略》シリーズ (1979–80) は第1作が世界幻想文学大賞を受賞したが、文化的背景の平凡な一部として同性愛を描いた初めてのファンタジー長編であり、同性愛を明確かつ共感的に描いている[60]。また第3部ではレズビアンを特に描いている[59]。SF作品『遥かなる光』(1978) では、2人の男性間の同性愛を描いている[61]。また、その原題 "A Different Light" はLGBT専門の書店チェーンの名前になっている[62][63]。レズビアンの魔法ものの短編「月を愛した女」も世界幻想文学大賞を受賞しており、アメリカでは同性愛を扱ったスペキュレイティブ・フィクションの短編集の表題作となっている[59][64]。
1980年代中ごろに生まれたサイバーパンクは、大部分が異性愛主義的で男性至上主義的だと見られているが、一部評論家によりフェミニストおよび「クィア」の観点からの解釈が討論されている[68][69]。レズビアン作家のメリッサ・スコットはLGBTの登場人物を取り入れたサイバーパンク作品をいくつか書いており、ラムダ文学賞を受賞した Trouble and Her Friends (1994) と Shadow Man (1995) などがある。後者は Gaylactic Spectrum Hall of Fame に入っている[70][71]。評者はスコットの作品を、サイバーパンクの道具立てと政治的テーマを混ぜるには「あまりにも同性愛的」だと評した[66]。スコットの他のSF作品にもLGBTのテーマが含まれている。彼女はSFを使って同性愛のテーマについて書いているのだと語っており、その理由としてSFというジャンルによってLGBTの人々の扱いが現実世界と異なる状況を設定でき、読者が差別的習慣を告発されたように感じずに距離を置いてそのテーマを考察できるからだとしている[66]。
1983年に Eric Garber と Lyn Paleo が編集した Uranian Worlds は、LGBTをテーマとするサイエンス・フィクション文学についての権威的な手引書である。同書は1990年以前に出版されたサイエンス・フィクション文学をカバーしており(第2版が1990年に出版されている)、各作品について簡単なレビューと解説がある[72][73]。
1980年代以降、LGBTをテーマとするサイエンス・フィクションのアンソロジーがいくつか出版されており、その最初の1つが Jeffrey M. Elliot 編集の Kindred Spirits (1984) である。そのようなアンソロジーはLGBTの中でも特定のテーマに集中して編集されており、例えば New Exploits of Lesbians シリーズはファンタジーやホラーにおけるレズビアンの活躍するストーリーばかりを集めている。ニコラ・グリフィスと Stephen Pagel の編集した Bending the Landscape シリーズは全3巻で、巻ごとにそれぞれサイエンス・フィクション、ファンタジー、ホラーの作品を集めている。また、ホラーを集めた Michael Rowe の Queer Fear もある。
デイヴィッド・ジェロルド(英語版)はゲイであることを公表しているサイエンス・フィクション作家で、LGBTをテーマとする作品をいくつか書いている。The Man Who Folded Himself はタイムトラベル(実際には多世界解釈的なパラレルワールド間の旅行)を通して様々なバージョンの自分自身と愛に陥るというナルシスト的な話で、中には女性版の自分やレズビアン版の自分も登場する(主人公本人はゲイ)[77]。Jumping Off the Planet (2000) にもゲイが登場する。ジェロルドは半自伝的短編 "The Martian Child" (1994) でネビュラ賞を受賞した。ゲイの男性が子どもを養子にする話である。この短編は後に長編化され、映画化 (en) もされたが、映画では主人公がゲイではなくなっており、批判された[78][79][80]。
フレデリック・ワーサムの Seduction of the Innocent は、コミック制作者は子どもに対して暴力と性について悪影響を与えようとしていると主張したもので、その中には潜在的同性愛もあるとしていた。ワーサムは、ワンダーウーマンの強さと自立心は、彼女がレズビアンだからだと主張し[84]、「バットマンのようなストーリーは、子どもの同性愛的空想を刺激するかもしれない」としている[85]。
2002年、マーベル・コミックは Marvel MAX というインプリントで The Rawhide Kid を復活させ[90]、主人公がゲイだと明かしている最初のコミックとなった[91]。Rawhide Kid のゲイとしての物語は Slap Leather と呼ばれている。CNN.com の記事によれば、そのキャラクターの性的嗜好は婉曲表現と駄洒落で間接的に伝えられており、コミックのスタイル全体がゲイっぽさを醸し出しているという[91]。保守的な団体が子どもへの悪影響があると主張したため、コミックのカバーには "Adults only" のラベルが付けられた。
保守的団体の抗議に呼応して、マーベルはゲイのキャラクターが活躍する全シリーズに "Adults Only" のラベルを付けるという方針を打ち出した。しかし2006年、マーベルの編集長 Joe Quesada は、その方針が既に無効になっていると主張した[92]。実際、GLAADメディア賞の Best Comic Book Award を受賞したスーパーヒーロー・コミック Young Avengers にはゲイが登場しているが、"Adults Only" のラベルなしで普通に販売されていた[92][93]。
DC
DCコミックスはマーベルに比べるとLGBTのキャラクターの描写が多いとされているが、そのステレオタイプな描き方には批判もある。1941年に登場したスーパーヒーロー Firebrand は、そのピンクとシースルーのコスチュームから初期のLGBTキャラクターの一例とされることもある[94]。ライターのロイ・トーマスは、Firebrand が仲間の Slugger Dunn と同性愛関係にあることを示唆するフキダシ(セリフではなく登場人物が考えていることとして)を書いたことがあるが[94]、そういったヒントがサブテキスト以上のものになったことはない。より最近の例として Midnighter がある。バットマン風の Midnighter は、スーパーヒーローのチーム The Authority のメンバーだったとき、スーパーマン風の Apollo と同性愛関係にあるとされた[95]。Midnighter と Apollo は後に結婚し、女の子を養子とした。2006年、DCコミックスはバットウーマンのレズビアン版を発表し、注目を集めた[96][97][98]。ただし、レズビアンであると明かされているキャラクターとしては、ゴッサム・シティの警官 Renee Montoya がすでにいる[99][100]。
さらに、有名なスーパーヒーローのコミックでキャラクター同士の同性愛関係を勘繰る者もおり、論争となってきた。特にバットマンとロビンの関係が取り沙汰されているが、制作者は否定している[101]。心理学者フレデリック・ワーサムは Seduction of the Innocent (1954) の中で、「バットマンのストーリーは心理学的には同性愛」だとし、「年上のバットマンとその若い友人であるロビンの冒険に同性愛的な微妙な雰囲気」が見られると主張した[85]。そのため逆に、同性愛を疑われた初の架空のキャラクターとして同性愛者たちに注目されることにもなり、1960年代のテレビシリーズは「ホモの試金石」として注目された[102]。フランク・ミラーはバットマンとジョーカーの関係を「ホモフォビア的悪夢」と評し[103]、バットマンが戦いの中で性欲を昇華させているとした[103]。
バットマンの同性愛的解釈を続ける者もいる。例えば2000年、Christopher York が論文 All in the Family: Homophobia and Batman Comics in the 1950s(ファミリーの全て: 1950年代のホモフォビアとバットマンのコミック)にバットマンの4つのコマの掲載許可を求めたが、DCコミックスはこれを拒絶した[104]。2005年夏、画家 Mark Chamberlain はバットマンとロビンを示唆的かつ性的に露骨なポーズで描いた水彩画をいくつか展示した[105]。DCコミックスは、その作品の販売停止と残っている作品の引渡しおよびそれまでの利益を要求して、画家とギャラリーを法的に訴えると通告した[106]。
映画でLGBTのキャラクターがよく見られるようになったのは1980年代である[124]。1920年代末から1930年代初めごろの映画には、当時の自由な姿勢を反映して性的なほのめかしや同性愛への言及が見られたが[125]、1930年代から1968年までアメリカの映画業界はイエズス会の聖職者が書いた検閲ガイドラインであるヘイズ・コードに従っていた[126][127]。この規則は一般観衆に見せるものとして道徳的に容認できるのは何かを明確にしたもので、同性愛などの性的な「逸脱」への参照は禁じられた。事実上全てのアメリカ合衆国製の映画がこの規則に従った[128]。他国でも同様の検閲を実施しており、例えばレズビアンの吸血鬼が登場する初の映画『女ドラキュラ』(1936)[129]は、映画『セルロイド・クローゼット』で述べられているように全英映像等級審査機構で同性愛者を「弱い者 (a predatory weakness)」[130]として表現しているとして1935年に上映禁止とされた。同機構は「…『女ドラキュラ』は半ダースほどの言葉でその残忍さを適正に表現することが要求される」と記していた[131]。ホラー作家アン・ライスは『女ドラキュラ』が自身の同性愛的吸血鬼小説の発想の元になっているとし[132]、長編『呪われし者の女王』に出てくるバーの店名を映画の原題である "Dracula's Daughter" としている[133]。そのような検閲下で制作された映画は暗にほのめかす形で同性愛を導入することぐらいしかできず、カルトホラー映画 White Zombie などでそうしたことが若干議論になった程度だった[134][135]。
ヘイズ・コード以後の映画界では規則が緩やかになり、性的描写もよりオープンになって、特に1980年代以降は露骨な性的描写が増えていったが[2]、それは根底にある性的活動を探究するというよりも単に娯楽性を高める方向を目指したものだった。ほとんどのスペキュレイティブ・フィクションの映画におけるセックス描写は単に快い刺激を提供することを意図していた[2]。あるファンタジー映画のレビューによれば、その10%-から15%がソフトコアポルノだとされている[136]。しかしその時点でも、スペキュレイティブ・フィクションの映画で同性愛者が登場することは珍しかった。ホラー映画にセックスシーンはつきもので、軽く不真面目に描写されているため検閲も寛大だった。特に吸血鬼は明らかに性的な暗喩として描写されてきており、結果として1970年代以降レズビアンを暗に陽に示唆する吸血鬼映画が数多く制作された。その根底には初のレズビアン吸血鬼小説「カーミラ」の影響がある[137]。ハリウッドの吸血鬼の元型ともいえるドラキュラ伯爵をあからさまにゲイとして描いたコメディ映画 Does Dracula Suck? (1969) もある[137]。
BBC Threeで2006年に始まった『秘密情報部トーチウッド』はイギリスのサイエンス・フィクションのテレビドラマで、長く続いている『ドクター・フー』シリーズの一部である。物語のテーマはいくつかあり、その中にLGBTが含まれている。様々なキャラクターの性的嗜好が流動的に描かれており、その中で同性愛と両性愛の関係を探究している。キャラクターたちの性的柔軟性はあからさまに論じられていないが、様々な方向性が示されており[154]、サン紙は『トーチウッド』の全登場人物が両性愛者だとしている[155]。制作者のラッセル・T・デイヴィスは単一性のキャラクターを予想する視聴者の先入観を裏切りたいとし、「政治的なものや退屈なものにせず、非常に両性愛的な番組にしようとしている。どのキャラクターがゲイなのかを定義できないように、障壁を取り壊したい。我々は、これはゲイのキャラクターだから男とだけ恋に落ちると考えるのではなく、物事を混合し始める必要がある」と述べた[154]。デイヴィスによれば、ジャック・ハークネスは全性愛者だという。「彼は穴さえあれば何とでも性交するだろう。ジャックは人間を分類しない。彼があなたに好意を持てば、あなたとするだろう」[156]
スタートレックのカノンの中で、テレビシリーズ内で公式にLGBTキャラクターと認識されている登場人物はいない。The International Review of Science Fiction 誌の Gay and Lesbian Science Fiction 特集号で、"Prisoners of Dogma and Prejudice: Why There Are no G/L/B/T Characters in Star Trek: Deep Space 9" という記事が掲載された[158]。しかし、性同一性は「問題」として新たなスタートレック・シリーズで時々扱われており、個人的エピソードとして描かれている。例えば、『スタートレック:ディープ・スペース・ナイン』のエピソード「禁じられた愛の絆」(1995) で女性同士の同性愛が描かれ、キスシーンがあった。その後も同性同士のキスシーンは少なく、あったとしても鏡像世界でのことだったり、身体の自由を奪われた状態だったり、異性愛者のキャラクター同士がふざけてキスしたりといった程度である。2000年、ファンダムのインタビューで脚本家ロナルド・D・ムーアは同性愛者が登場しない理由として、制作上層部の誰かの意向であることを示唆し、ファンやキャストやスタッフが要望を出しても何ら変わらないと述べた[159]。近年、カノンとは見なされないが公式なライセンスを受けた小説やコミックで同性愛関係が真剣に描かれており、カノンにおける脇役が同性愛者として描かれたものもある[160]。
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